ゲリラ戦法をドワンゴの川上会長から学ぶ意味

先日、日本のIT/電気企業の現状を肌で感じてみようと思い、CEATEC(IT&エレクトロニクス産業の日本最大の展示会 )に出かけてみた。だが、ある程度予想していたことだが、大半は昨年とほとんど変わらないコンセプトに、多少新しげなしつらいをかぶせただけのもので、正直興ざめしてしまった。

■残念な日本企業

先日、日本のIT/電気企業の現状を肌で感じてみようと思い、CEATEC(IT&エレクトロニクス産業の日本最大の展示会 )に出かけてみた。だが、ある程度予想していたことだが、大半は昨年とほとんど変わらないコンセプトに、多少新しげなしつらいをかぶせただけのもので、正直興ざめしてしまった。結局、Google、アップル、Amazonを中心としたメガ・プラットフォーマー(昨今では米国IT御三家と呼ぶ人もいる)が市場を席巻しつつある構図をまさに身を以て感じることになってしまった。

■隆盛なGoogle

その米国IT御三家、中でも今や筆頭とも言うべきGoogleの勢いたるやものすごい。最近では自動運転車の実現にかける意気込みが熱気と共に伝わってくる。わずか4年後には市場投入するとの宣言も出ているようだ。Googleはアップルと共にスマホのOSをほぼ制圧し、日本の電機メーカーの製品を次々と市場から駆逐してきているわけだが、今度は日本の製造業の最後の砦とも言うべき、自動車産業が同様の憂き目にあう近未来が現実のものとなろうとしている。自動運転車が実現するということは、自動車の動作部分が益々ソフトウェアに左右される比率が高くなることを意味する。スマホのOS をアンドロイドが制覇したのと同様、自動車のOSをGoogleが支配する未来はもうすぐそこまで来ていると言わざるをえない。日本の強さを象徴する存在に祭り上げられたトヨタとて、ハードからソフトへと市場の競争力の軸がシフトする時代の変化の前には、なすすべがないように見える。

■Googleに負けないニコニコ動画

だが、この強大なGoogleの動画サービスである、YouTubeが日本市場を席巻して尚、堂々と立っている日本の動画サービスがある。言うまでもなく、(株)ドワンゴが提供する、『ニコニコ動画』だ。会員数は3000万人を突破し、YouTube と人気を二分する。しかも、この個性的なサービスは、この先Google以外の米国IT御三家だろうが、他のどんな勢いのある外資の攻勢があろうが、揺らぐようは思えない。外資が強大な力をふるっても飄々としているニコニコ動画、このサービスを提供するドワンゴという会社、この会社をつくり、経営する川上会長について、理解を深めておくことが益々重要になってきていることを私は以前から力説してきた。

■ドワンゴの川上会長の人物像

ただ、その川上会長という人は、私のようにかなり早い時期から注目している者にとっても難解な個性の持ち主で、個々の発言もさることながら、その全体像やよって立つ思想を理解することは容易ではない。だが、今回、『4Gamer.net』というインターネット専門のニュースサイトで掲載されていた連載記事をまとめて一冊の本として出版された、『ルールを変える思考法』という本は、その謎を解く上で大変参考になるように思う。個別の記事は掲載される毎にそれなりに読んでいたのだが、やはりまとまって全体を読んでみないとわからないことはあるものだ。

■ニコニコ動画成功の理由

川上会長によれば、YouTubeに対抗して、ニコニコ動画が成功した理由は主に次の4点ということになりそうだ。

(1)日本のユーザーは課金への抵抗が薄いこと

一般には『日本人はサービスにお金を払わない』と言われることも多く、これが先入観となっているせいか若干違和感はあるが、川上会長は『かたちのないものにこれだけお金を払う国民は、ほかになかなか見つかりません』と語る。何にでもということではなく、おそらくは『ツボにハマれば』という条件つきなのだと思が、少なくとも、ニコニコ動画は日本のユーザーの心の金鉱を掘り当てたと言える。

(2)『にしむらひろゆき』というネット界の希代のスターの協力を得られたこと

当初、ニコニコ動画はYouTubeの動画にユーザーが字幕を入れるサービスとして立ち上がったわけだが、ひろゆき氏は、企画段階で、『日本のユーザーは動画自体より、動画をネタに皆で盛り上がることをより楽しんでいる(ネタ消費)』と述べたと言われている。これこそまさに『コロンブスの卵』で、今では誰もが当たり前と思うことも最初に言い当てることはものすごく難しい。そして、『天才ひろゆき』もすごいが、その天才の直感を感じ取り、解釈できる川上会長もまたすごい。

(3)日本には字幕文化が根付いていたこと

『バラエティ番組などでもテロップがツッコミの役割を果たす形態があり、ユーザーが馴染んでいた』と川上会長が語るとおり、ニコニコ動画のテロップには、前例があって、しかもそれがユーザーにウケることもある程度わかっていた、ということになる。

(4)日本人がもともとUGCを成熟させていくのに優れた能力と特性を持っていたこと(注:UGC=User Generated Contents。プロではなく一般ユーザーによってつくられたコンテンツ)

世界最大規模を誇る、日本のコミケ(コミックマーケット:世界最大の同人誌即売会)は、膨大な二次創作によって成り立っているわけだが、そもそも『クールジャパパン』と総称される日本文化は二次創作なしには語れない。日本人/日本文化再発見と言っても過言ではない。

総じて、ニコニコ動画は、日本ならではのメリットを最大限に生かして成功したことがあらためてよくわかる。川上会長は次のように語る。

それは、『日本で使われる言語が日本語であり、日本の文化は特殊性がひじょうに強い』ということ。そのため、海外企業の参入が難しく、日本独自のサービスがつくりやすいというメリットがあります。

同掲書 P81

ニコニコ動画がYouTubeにそう簡単には負けない理由がここにある。

■お金では買えない独自性

サービスに独自性は不可欠だが、如何に最初は独自性があっても、他社の追随をかわすことは非常に骨が折れるものだ。特に、『その独自性が他社が資本を投下することで簡単に追随できること』であれば意味がない、そう川上会長は断言する。そして、動画共有サイトで高画質を売りにして人気になったサービスが、すぐにYouTubeに追いつかれ、駆逐された例を挙げる。なんだか、日本のテレビメーカーを始めとするする製造業の事例を思い出して冷や汗が出てきそうだ。

類似のサービスの山をかき分けて勝ち組になるには、通常、膨大な資金、人的資源、巨大な組織等による『消耗戦』『耐久力戦』になる。川上会長は、『そんな競争には、ゲームとしての面白みはまったくないし、その部分において僕らは大手や先行者に太刀打ちできないことが多いからです。とくに世界的に成功している海外のネット企業と総合力で競争するのは非常に大変な戦いになるのです。』というが、ここに経営者としての川上会長の特徴がはっきり現れていると言える。そのあたりは、『そんな競争』を勝ち抜こうとする、ソフトバンクの孫正義社長と好対照だ。

■特異な経営者

そもそも川上会長が経営を行う目的、意図は何なのか。単純に事業規模を大きくするとか、世界規模のビジネスをやるとかいったことそのもには、あまり興味がないという。本書から関連した発言をいくつか拾ってみると彼の経営観と人間性の輪郭がおぼろげながらわかってくる。

経営というゲームを最大限楽しみたい。

世の中を変えられるようなものをつくってみたい。

ビジネスを格好いい物語にしたい。

社会や業界にどんな役割りを持っているか、歴史的に見てどういう意義が見出せるかを考える。

機械文明に立ち向かう『人間文明の最後の砦』として華々しく散っていきたい。

建前でこのようなことを語る経営者は少なくないが、川上会長の場合、本気度が違う。それは本書を読んだだけでもはっきりと伝わってくる。ドワンゴの会長でありながら、ジブリの鈴木敏夫氏に弟子入りして、ジブリの一平社員になるのもそうだし、経営者になったことを(オンラインゲームをやる時間がなくなったという理由で)痛烈に後悔することがあると語ることもそうだし、ネットビジネスの勝ち組でありながら、ネットの発達による未来をユートピアではなく、その反対のディストピアに向かっていると悲観的なのも、およそ『普通の』経営者像と比べると、まったく異質と言わざるをえない。

このような川上会長をお手本として経営者を目指すのは、正直かなり難しそうだ。それに、私自身、彼の意見をすべて理解し、すべて賛同できるわけではない。特に、『コンテンツとは何か』に関わる考え方は、まだツッコミどころ満載という感じだし、未成熟にも思える。だが、この『発展途上』であることを、包み隠すでもなく表に出す率直さは、今後の成長余力もまた非常に大きいことが感じられてむしろ好印象だったりする。いずれにしても、川上会長をお手本とするには、単純に真似をするのではなく、彼の思考を自分の思考として追体験しながら、共に考え抜くことが不可欠だ。

■組織より個人の時代の経営

今、ソフトやコンテンツビジネスは、旧来の大きな組織より、クリエイティブな個人が勝つ時代になろうとしている。しかもこのトレンドは他の業界にも広がりつつある。魅力的な個人はその思想や個性をSNS等を通じて発信することで、多くの賛同者を動員し(中には熱狂的な信者をつくり)、資金を集め、ネットにあるモジュールを組み上げ、クラウドサービス等を利用して、相当な規模のビジネスを展開できる時代になった。3Dプリンターの発展は、このトレンドが遠からず、重厚長大な製造業にさえ及ぶことを予感させる。このような時代であればこそ、川上会長の経営観は如何にわかりにくくても、研究のしがいがある。

こういうと、ニコニコ動画は所詮は日本のローカルなガラパゴスで、はじめから世界市場を目指す覚悟とスケールが足りない、と批判する人が必ず出てくる。だが、米国IT御三家が市場に寡占構造を構築しつつある現在、正攻法は日本の大企業とて有効な策とは言えなくなっている。まして、Googleのように多数のビジネスの集合体、いわゆる『カテゴリーキラー』相手では一層勝ち味が薄い。日本企業はゲリラ戦を余儀無くされてしまっているのが実状だ。そして、ゲリラ戦の巧者という意味なら、川上会長の右に出る経営者はそうはいない。

しかも、最近では、スタンプというアジア発の武器で世界を制する勢いのLINEというもう一つの好例もある。日本の文化は海外で受け入れられにくいかもしれないが、その中の普遍的な何かを見つけることができれば、他の追随を許さない世界企業ができあがるチャンスは必ずあるはずだ。道は狭いが開けている。そう信じたい。

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