映画「祭の馬」レビュー、震災によって生きる運命を背負った馬の話

「ワケあっておチンチンがハレちゃった或る馬の数奇な運命」という、非常に奇抜なキャッチコピーのついたこの作品。そのコピーだけ聞くと、コメディ作品かと思う人もいるかもしれませんが、これは震災被害にあった南相馬の馬を追ったドキュメンタリーです。

「ワケあっておチンチンがハレちゃった或る馬の数奇な運命」という、非常に奇抜なキャッチコピーのついたこの作品。そのコピーだけ聞くと、コメディ作品かと思う人もいるかもしれませんが、これは震災被害にあった南相馬の馬を追ったドキュメンタリーです。

本作の主人公は人間ではなく、馬。競走馬としてデビューするも、全く勝てず、南相馬の馬主に売られ、馬肉となるはずだった馬が3.11で被災。津波で負った傷のせいでばい菌が入り、チンチンが腫れてしまい、さらには立ち入り禁止区域内にとどめ置かれたことで、食用となって死ぬ運命だったはずが、震災によって生きのびることになった馬を描いています。

国から殺処分を命じられたものの、オーナーの好意で生き延び、北海道に移送され、夏には相馬の伝統行事「野馬追」に参加。しかし、汚染馬としてのレッテルを示す焼き印をつけられる。

3.11は多くの人命を奪い、数えきれないほどの悲劇をもたらした大きな出来事ですが、そんな大きな出来事だからこそ、その体験には様々なレイヤーがあるのだということを如実に示す作品です。死ぬ運命もあれば、その反対に生きる運命をこの大災害によって与えられた馬もいる。そんな一筋縄ではいかない世の中の多様性を静かな筆致で伝える作品です。

冒頭、当時は立ち入り禁止区域内だった場所に転がる馬の死骸の静止画が多く挿入される。ほとんどの馬が餓死で、路上や馬小屋で腐ってしまっている。この映画の監督、松林要樹監督はこの立ち入り禁止区域内に取材で同行した際、馬に上手に餌をあげることができなかったそうです。その馬がその後の再取材の時に、死んでしまっていることにショックを受けたのがこの映画の制作のきっかけとなっていると東京フィルメックスの上映時に語っていました。

取材活動の中で出会った馬がこの映画の主人公「ミラーズクエスト」。立派な名前を持つこの馬は元競走馬。2010年に中山競馬場でデビューしたものの、戦績は4戦0勝。賞金獲得総額は0円。競走馬としては全く活躍できず、南相馬の馬主に食肉用の馬として買われた馬です。何事もなければ2011年には馬肉となる予定だったミラーズクエストは、福島第一原発から20キロ圏内の牧場にいたため、避難はできず、そこに留め置かれましたが、餓死せずになんとか生き延びていました。しかし、細菌の感染によってペニスが大きくはれ上がり、無様にだらんと垂れ下がっています。行政からは殺処分するよう言われるも、せっかく生き延びた命を奪うのは忍びないと馬主は殺処分に応じません。

特例で避難することが可能となり、ミラーズクエストも避難所生活が始まります。3.11で馬肉となる運命を逃れ、馬主によって殺処分の運命を逃れた幸運。死ぬために南相馬にやってきた馬は被災することで、生き延びる運命を手にしました。

震災で死ぬ者があれば、生きる者もまたある。これは馬の話ではありますが、あの未曾有の災害を巡っては単一の印象では語りつくせない悲喜こもごもがあったのだと強く思わせます。そういう側面を見せることができるのが、報道ではない映画としての可能性の1つですね。

映画は前半と後半で大きくそのスタイルが異なります。前半は馬主や避難所の馬小屋の人々を中心に描き、役所の理不尽さなども描かれますが、後半からは人は遠景に退き、馬の美しさを写すようなカットが大半を占めるようになります。年が明け2012年の夏、相馬の伝統行事「野馬追」にミラーズクエストも参加することになります。食肉として殺されるはずだったミラーズクエストにそんな晴れ舞台が用意されるとは、この馬が南相馬にやって来たときには誰が思ったでしょう。世の中は本当に不思議なものです。

かつて野馬追に参加した馬には神事に奉納されるために焼印が押される風習があったそうです。奉納用の神聖な印であったそうですが、ミラーズクエストたちに代わりに押された焼印は、原発から20キロ圏内に生息していたため、食用として出回ることのないように記された目印でした。

神社に奉納されるのが神聖というのは人間の理屈。馬にはおよそ関係ない話でしょう。食用として出回ることがないようにというのも人間の理屈。

思えば馬肉用に南相馬にやってきたのも人間の理屈で、その後殺処分されることがなかったのも人間の決定。そもそも命とはなんなのだろうということに思いを馳せさせるこの映画は、3.11をきっかけとしているけれども「震災映画」というくくりでは捉えきれない大きな問いを投げかける作品になっています。

3.11と原発事故は、日本人に命や生きる意味について深く問いかける事故でしたが、この映画はさらに深く命に考えさせる作品です。命は理不尽に奪われるもので、生きるとは他を殺すことに他ならないという当たり前の事実を強烈に突きつけます。津波は理不尽に人の命を奪う。原発事故は理不尽に故郷を奪う。人は理不尽に馬の命を奪う。

ただそれだけのこと。

松林監督の前作「相馬看花 奪われた土地の記憶」も大変素晴らしく、見ごたえある作品なので興味を持たれた方は一緒に見ることをお勧めします。

「祭の馬」は渋谷シアターイメージフォーラムで12/14から公開です。上映劇場は限られますが、映画の書籍版もありますので、映画を見ることができそうにない方はこちらの本を読まれるといいかもしれません。

(この記事は、12月9日のFilm Goes With Net「映画『祭の馬』レビュー、震災によって生きる運命を背負った馬の話」から転載しました)

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