食品に混入された有機リン農薬「マラチオン」の"毒性"について自ら調べないマスコミ

クリームコロッケなどの冷凍食品に農薬が混入されていた事件。警察による捜査で工場での製造過程で農薬が混入する可能性は低くなり、工場内に出入りできる何者かが混入させた疑いが強まっている。犯人は誰なのか。目的は何だったのか。どうやって混入させたのか。それらは今後の捜査の進展を待つより他はない。それよりも、ここまでのテレビや新聞の一連の報道を見てきて気になったことがある。

クリームコロッケなどの冷凍食品に農薬が混入されていた事件。

警察による捜査で工場での製造過程で農薬が混入する可能性は低くなり、工場内に出入りできる何者かが混入させた疑いが強まっている。

犯人は誰なのか。目的は何だったのか。どうやって混入させたのか。

それらは今後の捜査の進展を待つより他はない。

それよりも、ここまでのテレビや新聞の一連の報道を見てきて気になったことがある。

混入された有機リン農薬「マラチオン」の毒性に関する報道があまり詳しくないのだ。

流通している食品がどこまで危険なものなのかは、読者・視聴者が真っ先に知りたい情報のはずなのに、「会社側の発表」を垂れ流したような報道が目立つ。

私も以前、農薬の毒性に関するドキュメンタリーを取材したことがあるが、「マラチオン」などの有機リン農薬は、毒ガスのサリンとのいわば親戚のようなもので、生物の神経細胞に大きな影響を与える。

もちろん「急性」の毒性もあるが、「慢性」の毒性も見逃せない。

私が取材した有機リン農薬による慢性中毒の患者は「化学物質過敏症」を発症して、日常生活をとても制約された生活を送っていた。

そうした問題も見通して、この事件の報道が行われているとはとても言えない。

報道を振り返ってみよう。

■マルハニチロ、回収は630万パック 冷凍食品から農薬

2013年12月30日00時11分 マルハニチロホールディングス(本社・東京)は29日、子会社の「アクリフーズ」の群馬工場(群馬県大泉町)で作られた冷凍食品から農薬「マラチオン」が検出されたと発表した。マルハは同工場で製造した全商品を自主回収し、農薬が混入した原因を調べる。報告を受けた群馬県は30日、状況を確認するため食品衛生法に基づいて同工場を立ち入り検査する。

マルハによると、11月半ばから今月末にかけて、3品目計20パックについて「異臭がする」などの苦情が特定の地域ではなく、各地から寄せられた。「ミックスピザ3枚入り」などのピザ11パック、「鶏マヨ!」などのフライ8パック、「とろーりコーンクリームコロッケ」1パック。ミックスピザを食べた子ども1人が、口に入れた直後にはき出した。健康被害の情報は寄せられていないという。

同社は「工場内の薬剤や原材料を調べたが農薬は検出されなかった。通常の製造過程とは別に、外部からの混入も含めて調べる」と説明。群馬県警に相談しているという。

苦情が寄せられた3品目の11パックの商品を外部の調査機関に依頼して調べたところ、各品目の計4パックの商品から農薬用の有機リン系殺虫剤「マラチオン」が検出された。低毒性で急性の毒性や発がん性などはないという。調べた袋には外部から針などで刺した跡は確認されなかった。

同社は今月27日、同工場でつくる市販用42商品と総菜や学校給食などで利用される業務用46商品の製造を中止。回収の対象になるのは、現在流通している在庫品約630万パックになるという。同工場は市販用、業務用を年間計約8千万パック生産している。

同工場で製造された商品は返金に応じる。問い合わせはアクリフーズ(0120・690149)へ。

出典:朝日新聞デジタル

朝日新聞のこの記事など、「低毒性で急性の毒性や発がん性などはないという」と記しているが、朝日新聞の記者が専門家にあたって検証した感じではない書きっぷりだ。

混入されたマラチオンは本当に毒性が低いのか、読者がもっとも気にする点について、あまりに粗雑な書き方ではないか。

■マルハニチロの冷凍食品から農薬 630万袋回収、外部混入の可能性も

2013.12.29 18 (中略) 同社によると、11月13日にミックスピザを食べた客から「石油のようなにおいがする」と連絡があった。それ以降今月29日までに、子供が悪臭で吐き出すなど約20件の苦情があった。 同社は外部機関に検査を依頼。「マラチオン」と呼ばれる有機リン系の殺虫剤が、コーンクリームコロッケに基準値を上回るレベルで含まれていることが分かった。子供(体重20キロ)が1度に60個のコロッケを食べないと毒性が発症しないレベルという。

出典:MSN産経ニュース

この産経新聞の記事も「(体重20キロ)が1度に60個のコロッケを食べないと毒性が発症しないレベルという」として、会社側の発表をそのまま載せている。

マルハニチロの子会社の工場で製造された冷凍食品に混入していた農薬「マラチオン」は、有機リン系の殺虫剤の一種だった。 「マラソン」と呼ばれることもあり、見た目は臭みのある黄色っぽい液体。誤って飲み込んだ場合、すぐに尿などから排出されるが、頭痛や下痢、吐き気などを引き起こすことがある。発がん性は確認されていないという。 農林水産消費安全技術センターによると、国内では昭和28年以降、ダニやアブラムシなどの害虫を駆除するための農薬として使われ始めた。海外から収穫後の穀物を船で輸送する際などに使われるケースが多く、輸入することが多いトウモロコシや小麦などから少量が検出される傾向がある。 水に溶けにくく、熱で分解しやすい。人が1日に摂取してもよいとされる量は体重1キログラム当たり0・02ミリグラム。

出典:ヤフーニュース(産経新聞)

同じ産経新聞の記事でこんな解説もある。

今回は子供が吐き気を催した例が報告されたが、マラチオンという農薬はどれだけの毒性があるのか。 立川涼・愛媛大名誉教授(環境化学)は「比較的安全な農薬といわれるが、神経毒があるので、大量に摂取したら身体のしびれやまひが出てくる。最悪の場合、死に至る可能性もあるが、今回の農薬の濃度では、大量に摂取する可能性は低い」と説明する。 マラチオンは低毒性の有機リン系の殺虫剤で、イネや野菜、花など害虫駆除に幅広く使用されている。見た目は黄色っぽい色をしており、水にほとんど溶けない。酸やアルカリで加水分解されるほか、熱を加えることでも分解される。マルハニチロは毒性の発生レベルを「子供(体重20キロ)でもコロッケ(22グラム)を一度に60個食べないと発症しない」としている。 今回は基準値に比べて150万倍という高濃度の数値が検出されたが、矢野俊博・石川県立大教授(食品管理学)は「日本の残留農薬基準はかなり厳しく設定されており、150万倍といっても命にかかわる量ではない。しかし、仮に食べて気分が悪くなったら、病院で治療を受けた方がよい」と勧めている。

出典:MSN 産経ニュース

マルハニチロの説明を受けて、専門家や専門機関にも問い合わせてみたものの「命にかかわる量ではない」ということが強調されている。

ところがマルハニチロの説明が「過小評価」だと分かる。

■農薬混入 回収94品目640万袋に マルハニチロ 毒性を過小評価

産経新聞 1月1日(水)4時0分配信 マルハニチロホールディングスの子会社「アクリフーズ」が製造した冷凍食品から農薬「マラチオン」が検出された問題で、最も高い濃度の農薬が検出されたコロッケは、子供が8分の1個食べると吐き気などの健康被害を起こす可能性があることが31日、分かった。アクリ社は「子供が一度に60個のコロッケを食べないと毒性が発症しない」と説明していたが、アクリ社とマルハニチロHDが同日未明に記者会見し、毒性を過小評価していたことを明らかにした。

また、回収対象となる商品が市販用で新たに4品目あり、業務用と合わせて計94品目、少なくとも640万袋になると訂正した。 検出されたマラチオンの最大値はコーンクリームコロッケの1万5千ppmで、国が定めた残留基準値(0・01ppm)の150万倍。会見で、両社は当初、健康被害に関する基準として「動物実験でおよそ半数が死亡する値」を基に算定していたと説明。厚生労働省の指摘を受け「健康に影響がないと推定される1日あたりの限度量」を基準にすると、体重20キロの子供が約2・7グラム(コロッケ8分の1個)を食べれば、吐き気や腹痛などの症状が出る可能性があったという。公表すべき健康被害の基準について、両社は厚労省や保健所に事前に確認しておらず、「知識を持ち合わせていなかった」などと釈明した。 消費者から「異臭がする」と苦情があった20件(13都府県)の各商品は計3つの製造ラインで作られたことも判明した。このうちマラチオンが検出された7商品9件は10月4日~11月5日のそれぞれ別の日に製造されていた。

出典:ヤフーニュース(産経新聞)

日本経済新聞も以下のように書く。

■コロッケ少量で健康被害も マルハ側は過小評価 厚労省が注意喚起

マルハニチロホールディングス(HD)のグループ会社アクリフーズが群馬工場(群馬県大泉町)で製造した冷凍食品から農薬「マラチオン」が検出された問題で、両社は31日未明、毒性を誤って過小評価していたと発表した。厚生労働省から不適切と指導を受け、中毒症状が出る摂取量を訂正。検出濃度が最も高かったコロッケの場合、子供が1個の8分の1を食べると吐き気や腹痛を起こす恐れがあるとした。

マルハ側は農薬の検出を発表した12月29日の記者会見で、農薬の濃度が1万5千PPMと最も高かった「とろ~りコーンクリームコロッケ」について「体重20キログラムの子供が60個食べないと(中毒症状は)発症しない」と説明。「実験で投与した動物の半数が死ぬ量」を基準とし、体重1キロ当たり1グラムで計算していた。

しかし、厚労省は30日夜、マルハ側を呼び、この基準を使うのは不適切だと指導。健康に悪影響を及ぼさないと推定される限度量(急性参照用量)を基準とするよう求めた。体重1キロ当たり2ミリグラムで計算される。

新たな基準では、体重60キログラムの大人がこのコロッケを3分の1個食べると限度量を超え、吐き気や腹痛などを起こす恐れがある。また、ピザでは最高濃度の2200PPMの場合、大人が半分を食べると同様の症状が出る可能性がある。

同省の指導を受けてマルハ側は評価をやり直し、31日未明に記者会見。最も濃度が高いコロッケは子供が8分の1個を食べると症状が出る可能性があると訂正した。マルハニチロHDの久代敏男社長は「毒性に対する判断基準が甘かった。消費者の皆様に大きな誤解を与えたことを深くおわびする」と陳謝した。

同社の佐藤信行品質保証部長は「急性参照用量の知識がなかった。事前に厚労省や県にも相談していない。完全に失念していた」と説明した。

厚労省は各自治体に対し、マルハ側が自主回収している一般消費者向け49商品と、業務用45商品のリストを提供。自主回収が迅速に進むよう小売店などに指導するよう30日付で通知した。リストは同省のホームページにも掲載し、対象商品は食べずに返品するよう呼びかけている。

出典:日本経済新聞 WeB刊

この記事にあるようにマルハニチロの訂正会見を受けて「最も濃度が高いコロッケは子供が8分の1個を食べると症状が出る可能性がある」というのが1月2日現在のマスコミ各社による「マラチオンの毒性」に関する説明だ。

しかし、それだけなのだろうか?

以前、農薬の毒性について取材した経験でいうと、あくまでそれは「急性中毒」に関するものでしかない。

「化学物質過敏症」を含む「慢性中毒」に関する説明ではない。

私の取材した経験では、母親の体内にいる時に空中散布された有機リン殺虫剤で、重症の化学物質過敏症になった小学生が、

学校の近隣の梅林で撒かれた有機リン殺虫剤が風に乗ってきたために目の前で倒れてしまったことがあった。

呼吸も困難だったが、有機リン中毒で点滴を受けて回復した。

ただし、この子どもが化学物質過敏症だったために、ごく微量の有機リン農薬にも反応したのだった。

その他のほとんどの子どもは近隣で殺虫剤が撒かれたことさえ、気がつかなかった。

それほど、有機リン殺虫剤による症例は個人差がある。

しかし、現実にひどく反応する子どもたちは存在するのだ。

実は、農薬の毒性に関しては、専門家といわれる大学教授や医師などの間でも意見は分かれる。

特に慢性毒性については学者の間でもどちらかといえば「過小」に評価する専門家と「過大」に評価する専門家がいる。

前者は農薬メーカー寄りの専門家たちに多い。

後者は化学物質過敏症の研究をしている医師などに多い。

前者について言えば、放射能による健康影響に関して少なく評価しがちな人たちが原発メーカー寄りなのと同じような構図がある。

「原子力ムラ」と同じように、「農薬ムラ」もこの国には存在する。

このことを踏まえて、専門家だからとコメントを取って良し、とするだけなら、取材として不十分だ。

有機リン農薬「マラチオン」による子どもの神経に対する毒性については、北里大学の石川哲名誉教授による研究が有名だ。

石川名誉教授は「マラチオン」が空中散布されていた長野県佐久市の子どもたちの症例などを研究し、有機リン殺虫剤が子どもの神経に症状を引き起こすことを証明し、遠山椿吉記念 第3回 食と環境の科学賞 功労賞 を受けている。

■有機リン農薬は、特に赤ん坊や幼い子どもの神経の発達に悪影響を与えることが分かっている。

当時、佐久市のヘリの空中散布が行われた地区の小児達に神経系に異常を持つ児童が約75名以上発生した。これが、有機リン剤の人体毒性研究の発端となった。当時は、微量摂取による慢性中毒の知識、診断基準は全く無く全力を挙げて中毒患者の診断、治療、予防、疫学研究を行った。最終的に本症の原因はマラチオン空中散布接触による自律神経、視覚中枢路障害であった。Malathion ヘリ散布の中止を要請し、脱リン剤PAM, Atoropin投与、水、食の改善によりその後数年で患者発生は無くなった。この原著はNeurotoxicity of the Visual System また、後述する化学物質過敏症の約30%以上は有機リン剤(主に殺虫剤)による慢性中毒である事も明らかになってきた。

出典:第3回食と環境の科学賞 功労賞受賞者

マスコミは犯人を追及することをも大事だが、被害の広がりが本当にないのかを検証する責任もある。

3・11以降の原発報道に関してもマスコミの課題になった、政府や会社側の発表を鵜呑みにせず、自らの力で調査する「調査報道」がこうした事件の報道でも求められている。

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