「プーチン4選」首相・外相交代だとどうなる「日露関係」--名越健郎

首相の人選、後継者選びなど、選挙後の人事も注目点だ。
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3月18日投票のロシア大統領選挙は、現職・ウラジーミル・プーチン大統領(65)の圧勝が確実で、盛り上がりに欠ける無風選挙となろう。反政府活動家のアレクセイ・ナバリヌイ氏は選挙ボイコットを呼び掛けており、投票率が焦点になりそうだ。2012年からの3期目にウクライナ領クリミア併合やシリア空爆など地政学的冒険主義を展開したプーチン大統領は、4期目は一転して内政課題をテーマに掲げており、「内向き」となる可能性がある。首相の人選、後継者選びなど、選挙後の人事も注目点だ。

8人が立候補

中央選管が出馬を認めた候補者は、プーチン氏のほか、共産党公認で農場経営者のパーヴェル・グルジニン氏(57)、極右・自民党のウラジーミル・ジリノフスキー党首(71)、紅一点のリベラル派、クセニア・サプチャク氏(36)、改革派政党・ヤブロコのグリゴリー・ヤブリンスキー党首(65)、化学・肥料工場の経営者を務めたボリス・チトフ氏(57)、ソ連再興を訴えていた保守派のセルゲイ・バブーリン元下院副議長(59)、共産党分党グループから出馬したマクシム・スライキン氏(39)の8人。

最大野党・共産党のグルジニン氏は、「私の年収は2000万ルーブル(約4000万円)」と豪語するブルジョア共産党員。「ロシアが戦争に勝ったドイツより生活水準が低いのはおかしい」「今度社会主義政権が誕生したら、ソ連式は避け、中国方式を導入する」と主張。プーチン長期政権を批判し、憲法を改正して生涯2期を限度とするよう訴える。

台風の目は、テレビ司会者で、奔放な言動、奇抜なスタイルが売り物のサプチャク氏だ。「クリミア併合は国際法違反」「米大統領選へのサイバー攻撃が事実なら謝罪すべきだ」「ミサイル製造より大学教育改革を」などと大統領の世界戦略をことごとく否定。LGBT(性的少数派)の権利を擁護するリベラルな政策を掲げる。

一方で、同氏の父、アナトリー・サプチャク元サンクトペテルブルク市長はプーチン大統領の恩師であり、政治の師。「サンクト派」の両者は裏でつながっており、サプチャク氏はクレムリンの操り人形とする憶測もある。反プーチン・親欧米の女性候補がいれば、欧米の官製選挙批判をかわすこともできる。

絶対に排除したい「危険分子」

とはいえ、『ロシア世論研究センター』が2月8日に公表した調査では、プーチン大統領に投票すると答えたのは71.4%で、圧勝の勢い。2位が共産党のグルジニン氏(6.9%)、3位がジリノフスキー党首(5.7%)で、サプチャク氏は1.3%にすぎなかった。同氏のリベラルな主張は反愛国的とみなされ、保守的なロシア社会には受け入れられないようだ。他の4候補はいずれも1%以下。

政権はプーチン体制が磐石であることを誇示するため、「投票率70%、得票率70%」を目指すが、得票率は反プーチン・デモが吹き荒れ、逆風だった2012年の63.60%を上回りそうだ。しかし、投票率は前回も65%で、70%は容易ではない。

選挙から締め出されたナバリヌイ氏は選挙ボイコットという「有権者のストライキ」を呼びかけている。クレムリンにとって、ナバリヌイ氏は絶対に排除したい危険分子だ。大衆動員力、政権への危険性という点で、サプチャク氏とは異なる。選挙に出馬できるのは、あくまでプーチン大統領が容認した「体制内野党」だけだ。

天才的ブロガーの同氏はロシア各地に若者のネットワークを持つだけに、選挙ボイコット運動がどこまで波及するかが注目点だ。クレムリンが投票率にこだわるのは、「内外へのアピールというより、モスクワで利権を争うエリートに、大統領が利益の最終調停者であることを示す狙いが大きい」(『フィナンシャル・タイムズ』1月31日)とされる。

「欧米との融和」に向かうか

プーチン大統領の選挙運動は今回、鈍いと言わざるを得ない。前回の大統領選では、2011年9月に出馬表明し、12年に入ると、内外政策に関する7本の論文を発表。反プーチン運動に対抗して保守主義や愛国主義で正面突破する方針を示した。今回は昨年末にやっと出馬を表明。通常は年末に行う議会での年次教書演説も3月に先送りした。これは、4期目に向けた内外戦略がまだ固まっていないためだろう。

プーチン大統領の迷いは12月14日の記者会見でも目に付いた。「何のために選挙に立候補するのか」との質問に、大統領は「ロシアは将来、近代的な国家になる必要がある。ハイテクを基礎にした経済改革を進め、生産性向上を図る。社会保障の分野により注意を払い、国民の収入を上げたい」などと抽象的な回答に終始した。4時間近くに及んだ会見で、内外政策のビジョンは示されず、新味はなかった。

プーチン大統領にとって次の6年が内憂外患の時代になるのは間違いない。経済は長期低成長時代に入り、不況の中、給与や消費は低下している。若者を中心に長期政権への閉塞感が高まり、優秀な人材の海外流出が止まらない。次の任期中に、財政赤字補填のための増税や年金支給年齢引き上げなど、不人気な政策に着手することは記者会見で認めた。

プーチン体制が続く限り、欧米の経済制裁が解除されることはあり得ない。3期目は米国に対抗する世界戦略を推進し、ウクライナとシリアで「2つの戦争」を展開、北極海や極東、南部、西部でも軍近代化に着手した。国防予算は毎年30%増という伸びを示したが、財政赤字の中でさすがに2017年から減少に転じた。

政治評論家のウラジーミル・フロロフ氏は「ロシア経済はクレムリンの地政学的野望をもはや支えられない。世界で影響力を拡大するクレムリンの戦略はコストがかかる」と述べ、4期目の外交戦略が欧米との融和の方向に修正されるかもしれないと予測した。

新首相候補!?

実際、ロシアの独立系世論調査機関『レバダ・センター』の最近の調査では、「ロシアの予算をクリミア支援に使うのは誤りだ」と答えた人は55%に上った。59%は「平和的な外交政策の推進」を支持し、プーチン流世界戦略を暗に批判。65%は「ロシアは旧ソ連構成国を支配すべきでない」と答えた。長引く不況や生活苦が、対外拡張路線の足かせとなりつつあるようだ。

プーチン陣営も、選挙では医療改革、教育、汚職対策、収入増、年金改革、出生率向上など内政課題を主要テーマに掲げている。国民意識を察知することにたけた大統領は、3期目の対外膨張路線から、4期目は内政重視や一定の対外融和路線に転換するかもしれない。

その場合、反米外交を推進し、14年間在位を続けるラブロフ外相の処遇が焦点となる。内政では、ドミトリー・メドベージェフ首相の交代が焦点になる。ナバリヌイ氏によって汚職・腐敗を動画で告発された同首相の支持率は低く、大統領は政権刷新を図るため、新しい首相を起用するとの見方が有力。大統領は年次教書演説の準備作業に、首相と犬猿の仲でリベラルな経済政策を主張するアレクセイ・クドリン元財務相を招いており、首相交代の布石の可能性がある。

北方領土問題で日本に強硬姿勢で臨んだメドベージェフ首相やラブロフ外相が交代すれば、日露関係にはプラスだろう。一方で、プーチン大統領は権力バランスを重視し、解決を先送りする傾向もある。選挙前後の主要人事が路線転換を占うかぎとなる。(名越健郎)

名越健郎 1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

(2018年3月1日
より転載)
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