早く食べログ時代を卒業したい【これでいいの20代?】

ミシュラン一つ星レストランに行ったからと言って別に何の満足感も感じない。
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私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話。この連載で紹介する話はすべて実話にもとづいている。

個人が特定されるのを避けるため、小説として書いた。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女性の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

◇◇◇

「東京生活はどうですか?」と30代イギリス人女性に聞いたときの答えを一生忘れない。

「仕事の後に食べること以外にやることはない」

そのとき、彼女は東京に引っ越したばかりで、私の会社の取引先に勤めていた。10年以上ロンドンに住んでいた彼女曰く、イギリス人たちのアフターファイブの方がはるかに豊かだった。仕事が終わったらみんな演劇を見に行ったり美術館に行ったりする。そのあと、食事しながらアートや政治について話す。東京の20代、30代で働いていてそこそこ稼いでいる人たちが仕事後に交流するとき、「美味しいレストランでみんなと一緒に食事する」という選択肢しかない。

言われてみればそうかも。東京の人たちは仕事の終わりが遅いからコンサートや他のイベントに行く時間がない。さらに、イベントだと好き嫌いが分かれるが、食べることは誰もが好きだ。そして、日本人はモノをそんなに欲しがらない。ブランド品や車を持っているより、最も美味しいレストランを知っている、もしくはそこに通っているのが私の世代にとって最大のステータスになっているかもしれない。

私もそのプレッシャーを感じる。シェアメイトとショッピングをしているとき、小腹が空くことがよくある。「なんか食べようー」。どこのお店に入ってもいいのに、わざわざ食べログを出して安くて点数の高いお店を探す。友達に「こんな美味しいお店に行ったよー知らないでしょー」と自慢したいから。

とイギリス人に説明したら彼女が私を疑っているような表情で見た。

「つまんないなー」

そのイギリス人の話を聞いた後、色々反省した。

前から確かに違和感を覚えていた。友達と食事をするのはいいけど、外食ばかりだと美味しさに区別がつかなくなる。胃袋が疲れるし財布も疲れる。それでも周りの人たちは永遠に鯨飲馬食できるようなノリで食事をしながら次の食事を計画している。食べるためにしか出かけないので食べる以外話題がない。

よく考えたら、私は周りの人たちと違って、もしかして食べることがそこまで好きではないのかもしれない。ミシュラン一つ星レストランに行ったからと言って別に何の満足感も感じない。

結局私にとって食事の味より雰囲気や誰と一緒に食べるかの方が大事なんだってのがわかった。一人のときは大体夕飯を食べないか、有楽町の線路下のうどん屋さんに行く。あそこのうどんは特別に美味しくないけど、ずっとラジオをかけているお店のおじさんが好きだから行く。味より雰囲気。味より人間。

そしてある日、上司の代わりに会社の重要取引先の役員との会食に参加することになった。この役員は週刊誌のネタにされるぐらい偉い人物だったので、緊張しながらレストランに向かった。

主催者の偉いおじさん以外、6人ぐらい、おじさん、おばさんと若い女性も来ていた。女性たちはみんなすごく綺麗で、姿勢もよくて、上品に振る舞っていた。ジュエリーのデザイナー、作家、ソムリエなど、クリエティブで面白い仕事をしていた。おじさんたちは面白い会社の役員で、二人とも某ネットメディアで人気のコラムを書いていた。主催者のおじさんはなんとバイオリンコンサートに行ってから会食に来た。

役員と仕事の話をする機会を得られるかな、と期待していたけど、彼は仕事の話をしなかった。みんなはアート、経済、時事問題や歴史の話をした。しかもその場で面白い会話ができるように、みんながちゃんと日々ニュースを見たり、雑誌を読んだりしていた。食事より会話がメインだった。

その日から、2カ月に1回ぐらい、そのグループの食事会に参加することになって、違うアフターファイブの楽しみ方を覚えた。

その食事会では、レストランが大体決まっていた。

「〇〇さんはいつも決まったレストランにしか行かないね」とインテリアデザイナーをしているおばさんが私に囁いた。

確かにそのおじさんは毎回同じワインを頼んで、同じメニューを食べていた。

私もいつもそう思っていたけど、本人に言えなかった。

でもこのおじさんはいつもとっても楽しそうだった。食事を、いやみんなとの会話や過ごす時間を本当に楽しんでいた。

このお金持ちで社会的地位のあるおじさんはそんなに食べ物に興味なかったのかもしれない。他の人から聞いたけど、彼は元々田舎出身で子供のときは高級料理を食べる機会がなかっただろう。

私と同じように、彼にとって高級食事は、この輝いている人たち、素敵な音楽、楽しい会話の「伴奏」でしかない。

もちろん美味しい食事は楽しいけれど、食べログや穴場レストランでマウンティングをするより、こういう生き方をしたい。