表現のこれから
2019年11月04日 12時31分 JST

45年前も「情報爆発の時代」と言われていた。ネットの登場前から変わらないものは何か?

変化していくものは表層であり、その下にある変化していないものを見極めることがニュースの仕事では大事なのではないか。

時事通信社
北朝鮮/米朝首脳会談を報じる号外

1975年の情報爆発

1975年に出版された『取材学』(中公新書。筆者は加藤秀俊。当時、大人気だった社会学者だ)という本がある。初めて読んだ時、ある記述に驚いた。

この時代も「情報爆発時代」だと書かれていたことだ。

インターネットもなく、カラーテレビの普及率がうなぎ上りとなり、ようやく90%に達しようという時代のことだ。

各家庭にやっとテレビが行き渡ったという時代にあって、すでに情報は爆発しており、情報はあふれていると、一線の学者が考えていたというところに関心があった。 

加藤は、普通の人が情報を集めるのが難しい時代は終わり、今なら普通の人も情報を手に入れることができる。だから、情報の使い方を学ぼうということで『取材学』という本を書いたと冒頭に記している。

この部分を抜き出し、「これ『今』書かれたものだよ」と言っても多くの人は納得するだろう。おそらく「今」が1995年でも、2015年でも、2025年でも同じではないか。

1975年から45年近くたった「今」、加藤さんの時代とは比較にならないくらい情報はあふれている。情報量は常に爆発し、膨張を続けている。この傾向は変わることはないだろう。

「何が変わるか」より「何が変わらないか」

そうした永遠の「情報爆発時代」において、メディアにかかわる仕事をする人間として、ひとつ確実に言えることがある。

メディアの仕事や機能を語るとき、紙やインターネットというメディアの「変化」にだけ注目するのは間違いで、紙でもインターネットでも「変化しないもの」こそが大事だということだ。

 「ニュース」に関わる人材育成も同様である。「変化しないもの」をつかめているのかが最も大事になるのではないか。

“1975年の情報爆発”が逆説的に教えてくれるように、未来も情報量は増え続け、その度に人は「かつてないほど情報が手に入る時代」を論じることになる。だからこそ、変化していくものは表層であり、その下にある変化していないものを見極めることがニュースの仕事では大事である。そんな話を、私は方々で書いてきた。

新聞記事は「つまらない」

では、情報を伝える仕事における「変わらないこと」とはなにか?

少し遠回りになったが、本題にはいろう。私が、毎日新聞で記者生活を初めて2年目から3年間、岡山支局でデスクを務めてくれたYという上司がいる。

彼は現場に強い事件記者で、社会部のエースが担当する東京地検特捜などを担当しただけでなく、『サンデー毎日』という週刊誌にもいたというユニークなキャリアを持つデスクだった。

驚かされたのは、着任早々に「新聞記事はつまらない。読者に読ませようという気がないものが多すぎる」とみんなの前で断言したことだ。

彼はこう続けた。「週刊誌に比べて、これだけ記者がいるのに、つまらないのはもったいないことだ。これまでの記事の書き方にとらわれる必要はないので、読み手がおもしろいと思える記事をどんどん書いてほしい」

新聞がいかに素晴らしいか、新聞記者がいかに使命のある仕事なのかを説く上司は珍しくないというか、いくらでもいるのだが、ここまではっきりと「つまらない」と言い切る人は珍しく、私にはそれが面白かった。

地方支局のデスクというのは、文字通り机に座って記者が出してくる原稿を読んで、直しを入れたり、取材が足りないと感じれば追加取材を指示したりする「最初の読者」兼「指導役」である。

彼との仕事を通じて、私はニュースの仕事の基本を学ぶことになった。一番の収穫は何かと問われれば、「型」を身につけたこと。これに尽きる。

 ニュースを書くためには天才でもないかぎり、型を身につけないといけない。これは何事にも共通していえることだ。

ニュースを書くための3つの「型」

例えばギターのような楽器を自由に弾きこなすためにも、楽譜が読めたり、コードを覚えたりといった練習が必要だ。語学を習得するには、単語や文法で規則を学ばなければいけない。スポーツだって基礎的な筋力、技術を身につけるトレーニングがある。「型」を身につけることは、不自由になることではなく、自由に書くための最初のステップになる。

ある日、彼はおもむろにこんな話を切り出した。 

「新聞記者は取材にはこだわるけど、読まれるとか読ませるって本当に意識しないんだよな。だから、どんどん記事がつまらなくなる」

では、どんな記事を書いたらいいですか、と間髪入れずに尋ねた私に彼はこう答えた。

「読まれる記事を意識しろ。それは3つある。どこよりも早く書く特ダネ、視点や切り口を変えた記事、事象を深掘りする、そのいずれかだ。俺は他紙に載っていなければ全部特ダネだと思って掲載するけど、読まれない記事は認めない。その代わり、おもしろいと思わせる記事だったら新聞っぽくない記事でも載せる」

この日から今まで、彼の言葉が私の指針になった。新聞業界を離れたいまも、ニュースの世界で私が生きているのは、ここで言われた基本に忠実であるからだと思う。

この一言のどこがすごいのか。

彼が語っている「読まれる記事」のシンプルな方法論がそのまま、いつの時代も変わらないニュースの基本型を示していることだ。基本型とは、すなわち、どこよりも早い特ダネ=速報、視点や切り口を変えた記事=分析、事象を深掘りする=物語だ。この分類については、以前にも記事で書いたので繰り返さない。

インターネットメディアの世界には、ニュースの基本をきちんと教えられる人材も、基本を体現できる人材も少ない。ディスプレイだけを見ていても、ニュースを作ることはできる。数字を取ることもできる。だが、それだけでは幅が広がらない。

変わりゆくものだけでなく「変わらないものが何か」に着目し、実践し続ける。

基本型の掛け合わせと積み上げが、メディアも個人も強くする。

表現のこれから

「 #表現のこれから 」を考えます

「伝える」が、バズるに負けている。ネットが広まって20年。丁寧な意見より、大量に拡散される「バズ」が力を持ちすぎている。 

あいちトリエンナーレ2019の「電凸」も、文化庁の補助金のとりやめも、気軽なリツイートのように、あっけなく行われた。

「伝える」は誰かを傷つけ、「ヘイト」にもなり得る。どうすれば表現はより自由になるのか。

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