目先のクリックを稼ぐことは、本当に「合理的」か? 2020年、メディアの競争は激化する

喜怒哀楽を刺激するニュースは、そこそこのページビューと引き換えに、二項対立で問題を単純化することによって分断を促す、という問題点があることが科学的にも示されている。
Stevica Mrdja / EyeEm via Getty Images

2020年、ニュースメディアは「良いニュース」をますます競い合う時代に突入するだろう。 日々新たなネットメディアが生まれては消えていくような状況で、「良いニュース」を継続的に、なるべく多く報じるところが勝つ。

では「良いニュース」とは一体何か?

私が普段から意識している五大要素を示すとともに、“目先の数字稼ぎ”に陥らず、健全な競争市場が育つためのヒントとなる、示唆的な研究結果を紹介したい。

良いニュースの五大要素

私は良いニュースについて「事実に基づき、社会的なイシュー(論点、争点)について、読んだ人に新しい気づきを与え、かつ読まれるものである」と定義した。(詳しくは過去の記事を見て欲しい)

さらに、良いニュースを分解すると5つの大事な要素がある。これを私は「良いニュースの五大要素」と呼んで、非常勤講師を務めている東京大学の学生たちと議論してきた。

良いニュースの五大要素

要素①:良いニュースには「謎」がある。

要素②:良いニュースには「驚き」がある。

要素③:良いニュースには「批評」がある。

要素④:良いニュースには書き手の「個性」がある。

要素⑤:良いニュースには「思考」がある。

謎、驚き、批評、個性、思考――。これこそが、ただのニュースか良いニュースかを分けるキーワードだ。

私が2019年に手がけた仕事、例えばニューズウィーク日本版でのルポルタージュ(沖縄県民投票、百田尚樹現象、ヤフーと排外主義)はすべて、達成できているかどうかは別にして、五大要素を意識してつくった。

それぞれの要素について解説する。

【要素①=謎】良いニュースはミステリーだ

良いニュースは社会の謎を解く。良いニュースであれば、優れたミステリー小説と同じように、謎解きの過程がスリリングなコンテンツになる。

謎を解き明かすのに重要になるのが、何が謎なのかを提示する力、すなわち問いを立てる力だ。

なぜ百田尚樹はあれだけ問題発言を繰り返しながら読者を獲得できるのか? なぜヤフーは、ヤフコメの上位に表示され続ける差別的な言説を「コンテンツ」だと主張しながら、批判されないのか?

良いニュースとは、社会にたくさんある「なぜ」に迫っていく。冒頭に謎を提示し、解き明かしていくのはミステリーの王道手法だが、スクープも含めて良いニュースはまさにミステリーそのものだ。

【要素②=驚き】?を!に

良いニュースは、読者の頭に中にビックリマークを灯す。謎によって「?」を提示し、解き明かすことで驚きに変わる。これが良いニュースの黄金パターンだ。

驚きの種類は様々だ。「えっ、この人が!」「知らなかった!」「実はこうなっていたのか!」……。解き明かすことができなかったとしても「それだけ壮大な謎だったか!」といった驚きもありえる。

ここで注意しなくてはならないのは「釣り」と呼ばれるテクニックだ。驚かせるだけなら大仰な見出しを立てる、突拍子もない解釈をいれる、もしくは「〜〜か?」とつけるだけで十分だが、読者が「タイトルではびっくりしたけど、読んでみたら大したことがない」と思ったとしたら、その読者は二度と戻ってこない。

メディアとしての信頼を保ちたければ、驚きは「納得とともに」が鉄則になる。

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【要素③=批評】提灯記事がダメな理由

ここでいう批評とは「事物の善悪・是非・美醜などを評価し論じること。長所・短所などを指摘して価値を決めること」(日本国語大辞典)だ。独自の価値観をもち、単なる提灯記事ではなく、自律したスタンスで作られた記事であることを意味する。

物事の価値を決めるのはニュースの書き手の仕事である。

何かをすごいという時、何がすごいのか、なぜ取り上げる意味があるのかを明らかにしないといけない。書き手はファンでも、問題の当事者の代弁者でもないからだ。自分がどういう立ち位置から何を報じるのか。批評というのは常に書き手自身にも向けられることを忘れてはならない。

【要素④=個性】自分にしか書けないものを

「個性」とは、この人じゃないと書けない、と読者に思ってもらえるようなニュースを出すということに尽きる。これは詳細に語ることもないだろう。

【要素⑤=思考】ノーベル賞にヒントあり

⑤の「思考」を考える上でヒントになるのが、ノーベル経済学賞を受賞した「心理学者」ダニエル・カーネマンの理論である。彼が心理学者でありながら経済学で高く評価されたのは、経済に不可欠な人間の行動や認知についての理論を確立したことにある。

二重過程理論と呼ばれる彼の理論が「良いニュース」を考える上で補助線になる。著書『ファスト&スロー』を参考に簡単に説明していこう。

カーネマンは人間の認知には2つのシステムがあると主張する。ファストは文字通り早く反応するシステム1、スローは文字通り遅く反応するシステム2だ。

システム1は思考の負荷がかかりにくい感情、直感と呼ばれる。システム1は高速で作動する分、錯覚や人間が抱えているバイアスの影響を受けやすい。

一方のシステム2は平たく言うと論理的な思考のことだ。論理的で複雑な考えができるシステムは起動が遅い。

ネットには、直感があふれすぎていないか?

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いまインターネットにあふれているのは、システム1を刺激させるニュースでだ。喜怒哀楽といった感情を刺激するニュースが日々報じられる。

どのような言葉を使えば感情を刺激するのかという点についてはかなりの研究が積み上がっているが、私は、感情を刺激するファストなニュースは、感情というシステムの起動が早い分、忘れることも早いと考えている。

もちろん、システム1は大事だ。感情から人間は逃れることはできないし、感情から突き動かされることもある。それを利用して、単に数字だけを狙うなら感情を効率よく刺激した方が合理的であるのかもしれない。

だが、スローであるけれど、論理的で複雑な思考ができる人間のシステム2を信じるニュースもまた重要だろう。

感情を刺激するニュースは、すでに科学的なアプローチで解明されているように、そこそこの数字と引き換えに、二項対立で問題を単純化し、分断を促してしまうという難点があるからだ。

日経サイエンス2017年7月号に掲載されたイタリア・IMTルッカ高等研究所のウォルター・クアトロチョッキ「ネットの共鳴箱効果」がそれを証明する。

クアトロチョッキによると、ソーシャルメディアのユーザーは自分の見解を裏付ける情報はたとえ誤情報であっても受け入れてシェアするものの、それとは違う情報は受け付けない。

二項対立軸を作っても、対立する意見の人たちに届くことはなく、自分たちの信念に合致するグループ内でシェアされて終わってしまうということが示唆されている。

合理性とはなにか?

そこでこんな問いを立ててみよう。合理性とは何か? 記事と同じ意見を持つ人々のあいだだけでシェアされ、クリックされ、喜ばれる。そして1ヶ月後には読んだことさえ忘れられていく。

これでは目先の短期的な競争に勝てたとしても、単に同じ意見の人ばかりが集まっただけで、閉じているメディアになるだけだ。2020年以降も厳しい戦いが待っている、ニュースメディア市場でこうした戦略は、長期的に広がりを欠き、メディア自体が縮小していくだけだ。これが合理的と言えるだろうか。

一時の感情を満たして終わるのではなく、スローで良いから複雑な思考に耐えられるものを目指したい。そのための機能も人間には備わっているのだから。

五大要素を満たしたニュースメディアの競争が加速した先に、ニュースの未来はある。

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