コラム・オピニオン
2020年02月18日 08時02分 JST

科学者がどんなに「事実」を並べても、"反ワクチン"が強く支持される理由

多くの知性派は世界を憂いている。  一体なぜ、ここまで事実が積み上がっているのに、あるいは事実は確固としてあるのに、彼らの意見は変わらないままなのだろうか、と。

アメリカ大統領選の討論で交わされた印象的なシーンがある。当時、まだ共和党の一候補だったトランプと、党内の対抗馬で小児神経外科医のベン・カーソンの討論だ。

トランプは子供のMMRワクチン接種と自閉症に関連があるという、有名な”疑似科学”を自説として展開し、このように語った。

「実例ならたくさんありますよ。私どもの従業員の話ですが、つい先日2歳の子が、2歳半の可愛らしい子供が、ワクチンを受けに行った一週間後に高熱を出しました。その後ひどく悪い病気になり、今では自閉症です」

カーソンはいくつもの研究論文があり、トランプが主張しているような事実はないと反論した。たとえトランプのエピソードが事実だったとしても、ワクチン接種と関係していることにはならない。他に考えられる要因があるからだ。

この討論を100人の科学者がジャッジメントしたら、100対0でカーソンが勝利する。しかし、民意は……

Leah Millis / Reuters
トランプ大統領

 

なぜ科学的な事実で、人の意見は変わらないのか?

多くの知性派は世界を憂いている。

 一体なぜ、ここまで事実が積み上がっているのに、あるいは事実は確固としてあるのに、彼らの意見は変わらないままなのだろうか、と。

反ワクチン運動、トランプ支持、イギリスのEU離脱、世界の潮流となっているポピュリズムの嵐、彼らを駆り立てる反エリート主義、そしてフェイクニュース……。その度に、こう嘆きたくなる人は決して少なくないはずだ。 

そうした疑問に科学的に答えた一冊がある。

イギリスの若き認知神経科学者、ターリ・シャーロットは『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』(白揚社、2019年)だ。彼女が示すのは、科学的に積み上がったエビデンスが示しているのは、科学的な事実をいくら突きつけたところで、人の意見を変えることは難しいということだ。

SNS でよく見られるように、疑似科学には「〜〜は間違っている。エビデンスはこれ」といった指摘をすればいいという意見、報道機関のファクトチェックによってフェイクニュースに対抗できるという発想は、それそのものが危うい。

科学者としてはNO。でも母親としては…

実は冒頭に記したトランプの言葉は、シャーロットが本の中で記述した一場面だ。

繰り返しになるが、トランプの主張は科学者なら誰しも否定する事実無根のものだ。科学者であり、二児の母親でもある彼女は、関連する論文を読み、当然ながらワクチン接種と自閉症は何ら関連がないことを知っている。

しかし、シャーロットはここで困惑する自らの姿に気がつく。トランプの発言を聞きながら「どうしよう、MMRワクチンを接種したうちの子供が自閉症になったら……」と思ってしまう。彼女はトランプの偏見と直感だらけの発言に、不安を掻き立てられてしまった。

Erik McGregor via Getty Images
反ワクチン運動に参加し、チラシを配る子どもたち(2019年12月5日=ニューヨーク)

 

事実よりも感情?

その要因は、どこにあるのか。彼女は冷静になって、考えてみる。

答えは出た。カーソンは「知性」にのみ訴えたが、トランプはそれ以外のすべてに訴えかけていた。

あらゆるファクトが示すのは、トランプが間違っているという事実だ。しかし、現実にはトランプの訴えのほうが人々の心に突き刺さり、シャーロットのような極めて高い知性の持ち主の心も動かす。

ここに時代の真理がある。

事実はかくも弱く、事実を明示したところで、真逆の信念を持つ人を説得することはできない。

それどころか、知性に寄りかかり、事実を示すだけでは、偏見と直感に負ける。事実よりも偏見まみれの言葉のほうが人々の感情を突き動かす。

これでは、事態の改善は絶望的である。

事実をいくら積み重ねても人は説得されず、それどころか感情に訴えたほうが効率よく人を動かすことができるのだから。

AFP=時事
風疹などが入ったワクチン

ではどうすれば対話できるのか?

シャーロットはそれだけで話を終わらせることはしない。

説得されない相手と、どう対話できるのか。

人はあらかじめ持っている信念、感情、インセンティブ、主体性などのいくつかの要素で物事を判断する。

ワクチン接種も同じだ。反対する人々はワクチンには「ネガティブな副作用」があるはずだ、という信念を持っている。

これらをいくら否定し、その信念を変えようとしたところでかえって意固地にしてしまう。そこで、カリフォルニア大学ロサンゼルス校などの研究チームが試みたのは、「MMRワクチンで自閉症を引き起こさない」と説得する代わりに、このワクチンが子供を死に至らしめる多くの病気を防ぐという事実を強調する方法をとった。

getty
写真はワクチン接種のイメージ

 

対立ポイントよりも共通点を見つける 

これが力を持った。理由もはっきりとわかった。

彼らの方法の最大のポイントは、ワクチンを巡って見解が対立する部分に着目するのではなく、共通の利益=子供の健康に着目したことだ。医師も両親も子供が不健康であればいいとは思わない。

副作用の不安を払拭しようと、それに反対するエビデンスで説得するのは逆効果だが、子供たちを「重病から守るワクチンの力」を強調したほうが抵抗は少なく、最大の目的に近づく。

エビデンスを固めて説得するよりも、迂遠なようだが共通点を見出し、別のファクトを強調したほうがうまくいくかもしれない。

 

Erik McGregor via Getty Images
反ワクチン運動に参加し、チラシを配る子どもたち(2019年12月5日=ニューヨーク)

 

恐怖や不安で説得しようとしていないか?

もう一つのヒントがある。人を説得するときに「恐怖や不安」を強調するのも逆効果になる場合がある。恐怖や不安は、かえって望ましい行動を抑制してしまうという。その代わりに、人はインセンティブとして別の報酬を設定すると、進んで望ましい行動をとる。

対立する相手の行動を変えてほしい、とメッセージを発信するとき、どこかで恐怖や不安をつかっていないだろうか。望ましくない未来がやってくるぞ、と発信していないだろうか。

事実だけで人は説得できない。だが、事実を元にした人を説得するための回路は開かれている。それは、インターネット時代の課題として突きつけられている、分断を乗り越える回路になるかもしれない。