“★の数”で測れない「信用」とは? 香港のアングラ経済で出会ったシェアの形

「困っていれば知らない人でも助ける。でも、余裕がない時は爽やかにスルーする」。香港で暮らすタンザニア人を研究する小川さやかさんは、そんな不確実な関係に新たな経済や社会の可能性を感じるという。
小川さやかさん
小川さやかさん
TAKEHITO SATO

誰かに与えた恩が、その誰かから返ってこなくてもまったく気にせず、困っていれば全然知らない人まで助けてしまうーー。立命館大学大学院教授の小川さやかさんは、そんな香港で暮らすタンザニア人たちの生き方を「チョンキンマンション(重慶大厦)」と呼ばれる交易拠点を舞台に研究した。7月末、東京・六本木で開かれたイベントで語った。

■「チョンキンマンションのボスは知っている」

大学院生時代から東アフリカのタンザニアに住む路上商人「マチンガ」の研究をしてきた小川さん。互いにだまし、だまされながら助け合う独自の商習慣を、現地でのフィールドワークなどを交えながら研究してきた。

そんな小川さんが近著「チョンキンマンションのボスは知っている:アングラ経済の人類学」(春秋社)で描いたのが、香港で中古の携帯電話や車を仕入れて輸出し、生計を立てているタンザニア人たち。

「チョンキンマンション」とは、一獲千金を夢見るタンザニア人たちが集う、香港の交易拠点のことだ。

小川さやかさん講演資料
小川さやかさん講演資料

そこで小川さんが出会ったタンザニア人は、約束は破るし、遅刻ばかり。複数台のスマホを使い、頻繁に写真を撮ってはSNSに投稿している。無計画で、中国語や広東語はもちろん、英語を話すことも危うくてーー。

インタビューをしていたら、『一文無しになった』『だまされた』と言う人がいっぱいいるんですよ。でも自信満々に『大丈夫だ』と言う。タンザニア人同士だからお互いに助け合うのかな? と思いきや、そう単純でもない。彼らは『日本人だから助け合うべき』『タンザニア人だから助け合うべきだ』という社会規範ではなく、うまい具合にシェアの仕組みを作っていたんです」

小川さんが調査対象とした「ブローカー」は、香港で仕入れた中古車などをアフリカ系の顧客に売ったり取引を仲介したりして生計を立てる。香港の商習慣に不慣れなアフリカ系顧客と、アフリカ系顧客が信頼できるかどうかを見極めたい業者との間にたち、つなぐことで、手数料やマージンをとる商売だ。

中には難民認定をされた人や不法滞在者もいて、必ずしも楽観的でいられるような暮らし向きではない。

■信用が鍵になる関係性

では、小川さんの指摘する「うまいシェアの仕組み」とは何なのか?

彼らの商売で鍵となるのが、WhatsAppやFacebookなどのSNS上のグループページ。ここに、通称「TRUST」と呼ばれるオークションに似た仕組みが自発的に出来上がっている。

小川さやかさん講演資料
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取引をSNS上で行うのは、全てのやりとりを可視化された状態で記録するため電話のように「偽物が届いた」、「故障した物が届いた」などのトラブルを防ぎやすいという。

小川さん講演資料
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一方で、香港とアフリカ諸国の間の取引という不安定な市場の中では、過去の取引実績が必ずしも信用を担保する根拠にはならないという。

「1カ月前に良いパフォーマンスをしていた人が、1カ月後にまた良いパフォーマンスをしてくれるかはわからない」。

「一般的なネットオークション市場では、それぞれがお互いを評価し、信頼度をはかる仕組みを使っていますよね。例えば、出品者の星印の数や点数によって『あの人は信用できる』とみんなが判断する。でも、ここでは、オークションの市場がFacebookなどのSNSです。みんな友人なので、友人を格付けはしにくいですよね」。

商売のために「評価」はされたいが、お互いを格付けしあうのは難しい。では一体どうするか?

「タンザニア人たちは休日になると近くのブランド洋服店に行き、最新のファッションをまとって写真を撮り、SNSに投稿する。要は信頼を勝ち取るためのセルフブランディングをするんですね。店員には『クレジットカードを忘れた』などと言って何も買わずに帰るんですが、イケイケの写真を見て『アイツは羽振りが良い』と思った人が注文してくるわけですね」

小川さん講演資料
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■「まやかしの信頼」。だが、人間的な指標でもある

星印や点数とは違った、もっと主観的で人間的な評価によって築かれる一時的な信頼。これを小川さんは、「まやかしの信頼」としながらも、「(グレーゾーンで暮らす人たちが)ともに生きるセーフティネットになっている」と評価する。

そこには、一時的な信頼をなるべくいつでも得やすいように、チャンスがあれば誰かを助けておく、という力学が働いている。これを小川さんは「投てき(=投げる)的コミュニケーション」と解説する。

香港に住むタンザニア人たちは、ときには犯罪者も含め、知らない人だとしても困っている人がいれば助ける。一般的な常識から見れば、少し不思議な行動にも見えるが、これも投てき的コミュニケーションの実践だ。

「案内してほしい場所が、目的地の通り道なら案内してくれるし、知っていることは何でも教えてくれる。でも、懐に余裕がなければ爽やかにスルーする。彼らは、SNSにSOSを投げておけば、『ついで』で助けてくれるやつはたくさんいる、と言うわけです」

小川さん講演資料
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「私たちは一般的に、キャッチボール型のコミュニケーションやコミュニティーをつくり、みんなで順番に、均等に貢献しあうことを大事にします。しかし彼らは、そういうコミュニティーをつくらず、SNSにアイデアを投げ、あとは待つだけ」

「キャッチボール型は強い絆や信頼を築きやすいけれども、期待に応えられないと負い目が生じたり、『私だけ損している』『あいつだけ得している』と不満が広がったりすることもある。そのため、比較的同じような能力や価値観の同質的で固定的なメンバー同士の方がうまくいく」

対してタンザニア人たちは、弱い絆しか築けず不確実ですが、その時々で応答できなくても、気楽なわけです。スルーされても気にならない。大事なのは、誰かが『ついで』で助けてくれる可能性を高めること。鍵になるのは、ネットワークにおける異質性や多様性です。だから、『よそ者』を入れて異質な人たちを囲っていくんですね。

■「互酬性を開いていく」という考え方

小川さやかさん
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TAKEHITO SATO

小川さんは、こうしたタンザニア人たちの「あえて完璧な信用システムや固定的なメンバーシップを構築しないこと」に可能性を感じるという。

「異質な他者とつきあうことの『不確実性』を削減するよりも、『未知なる可能性』として受け入れることに、市場交換と相互支援、経済と生活保障、遊びと仕事の独自の接続のしかたがあると感じさせてくれる」と小川さんは解説する。

「自分が誰かを助けたら、そのぶん自分に返ってくるはずだ」という考えを人類学では「互酬性」と呼ぶ。

「困ったときには助け合う関係がうまく回っていればよいけど、ちょっと間違えると、『あいつは私が困っているときに助けてくれなかった』『だったら私も助けてあげない』と復讐の論理だって成り立ってしまう。例えば、親から受けた恩を親に返すことは必ずしも実現しないじゃないですか。メンバーシップの中だけで『恩恵』を調整しようとすることに限界があるんです」

そして、こう提言した。

「『誰かからもらった恩を、その誰かに返せなかったらだめだ』ということではなく、もうちょっと未来に先延ばしするとか、『もしかしたら返してくれるかもしれない』と互酬性を開いてしまう考え方も、大事だと思います」

*この記事は、7月30日に開かれたイベント「ニュースが速すぎる時代に、じっくり考える『視点』を手に入れる」(主催:ハフポスト日本版/協力:サントリーホールディングス株式会社・サントリー文化財団)での講演をもとに内容を構成しました。

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