ScanSnap SV600:非破壊ドキュメントスキャナ開発秘話【インタビュー】

発表以来、各方面から注目を集めているPFUのドキュメントスキャナ「ScanSnap SV600」。従来とは大きく異なるオーバーヘッド型のボディにより、本の見開きやA3などさまざまな原稿の読み取りを可能としたこの製品は、家庭内のさまざまな紙をより手軽にデータ化できる製品として、発売前から大きな話題となっています。今回、そのSV600の開発陣へのインタビューを、3回に分けてお届けします…
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ScanSnap SV600インタビュー:非破壊ドキュメントスキャナ開発秘話

発表以来、各方面から注目を集めているPFUのドキュメントスキャナ「ScanSnap SV600」。従来とは大きく異なるオーバーヘッド型のボディにより、本の見開きやA3などさまざまな原稿の読み取りを可能としたこの製品は、家庭内のさまざまな紙をより手軽にデータ化できる製品として、発売前から大きな話題となっています。先日行われたEngadgetの「部活動」でのデモンストレーションも盛況で、製品への関心の高さを物語っていました。今回、そのSV600の開発陣へのインタビューを、3回に分けてお届けします。

第1回である今回は「企画開発編」として、企画が立ち上がった経緯から、オーバーヘッド方式の採用に至ったその道のりを、開発に携わったPFUの本川浩永部長(イメージビジネスグループイメージプロダクト事業部第二技術部)、久保諭氏(同事業部商品企画部)、高畠昌尚氏(同事業部開発技術部専任技術員)、笠原雄毅氏(同事業部開発技術部)、北川光一氏(同事業部ファームウェア開発部)に話を聞きました。(以下、敬称略)

Engadget:まずはScanSnapシリーズ全体のラインナップと、今回のSV600の位置づけを教えてもらえますか。

久保:はい。まず「iX500」。ちまたでは自炊用途でよく使われている、サイズがいちばん大きく、読み取りが高速なモデルですが、こちらは身の回りの紙などを手軽にスキャンしてほしいという思いで作った製品です。その下位にあたる「S1300i」は、さらに気軽に紙をスキャンしていただきたいという意味合いで開発しています。もうひとつ「S1100」は、ScanSnapを常に持ち歩いてほしいということで作ったモバイル製品です。この3つのラインナップは、いずれもA4サイズにカットした紙しか読めないので、それ以外の用紙も読み込むために今回の「SV600」を企画したというのが背景にあります。

PFUの久保氏(商品企画部)

Engadget:SV600の企画はどのくらい前に立ち上がったんでしょうか。

久保:技術的な種はだいたい5年くらい前ですね。当時のScanSnapは2機種、iX500シリーズとS1300iシリーズのそれぞれ前の機種がありましたが、本や新聞、ホチキス止めした書類などをそのまま読み取れないという課題がありまして、そういった書類をスキャンしたいというのがスタートですね。

Engadget:5年前ということは2008年。ということはS1100(2010年発売)はもちろん出ていないし、S1300(2009年発売)よりも前のモデルのころということですね。自炊という言葉もメジャーではなかったように思います。

久保:ええ、(S1300よりさらにひとつ前の)S300の時代ですね。ScanSnapという製品が、世の中に少しずつ浸透してきていた頃です。自炊という言葉は、マニアの中では言われていましたけど、まだ一般的な言葉ではありませんでしたね。

高畠:そもそも、iPadの発売が2010年ですからね。

久保:つまりそれより2年ほど前の話ですね。

Engadget:自炊ブームよりも前から動いていた企画だったわけですね。かつ、法人向けにすでに出ている製品をコンシューマー向けにリリースしたわけでもなく、まったく新しく立ちあがったという

久保:はい。今回はコンシューマー向けに、自分たちの身の回りにあるものを読み取りたいというのが企画のスタートなので、他社で法人向けに出ているそういったスキャナーとは、切り口がちょっと違いますね。

高畠:このメンバーのうち、私と笠原は開発技術部という、技術の先行開発を行っている部署にいまして、そこで今回の開発をスタートさせました。ただ当初、つまり5年前の時点では、いまのヘッドを前後に動かして読み込むラインセンサーではなく、デジカメのように撮影できるエリアセンサーを使うことを検討していたんですね。

高畠氏(開発技術部専任技術員)

久保:カメラ式といえば分かりやすいかもしれないですね。書画カメラとか、Webカメラとか。

高畠:先ほど久保が言ったように、いろんなものを読みたいという目的があって、最初はエリアセンサーを検討していました。しかし当時のエリアセンサーは解像度がそれほど高くなく、ScanSnapが求める画質には不足していたので、4年くらい前に方式をラインセンサーに変更したといういきさつがあります。

Engadget:画質が大きな課題だったということですね。

本川:はい。今もUSBカメラをつけたような製品がありますが、あれはやはりカメラであって、これはドキュメントスキャナなんですね。新聞など小さな文字がくっきり可読できるレベルで読めないと、やる意味がない。

久保:何千万円もするブックスキャナーは当時からありましたが、一般の人が買えるような構造には絶対にならないと気付いて、さっき高畠からもあったようにラインセンサーにシフトしていったというのがあります。

Engadget:今ドキュメントスキャナーを出している他のメーカーは、たいていフラットベッドスキャナーとの二本立てですが、フラットベッドの製品を作るという考えはなかったんでしょうか。

久保:我々の源流として、フラットベッドの使いにくさがあるがゆえにこのiX500のこのラインナップができたんですね。フラットベッドは身の回りの大量の紙をかんたんにスキャンするのには向かないし、時間もかかる。そこでADF(オートドキュメントフィーダ)を提案してきたわけですが、その時点でPFUとしては、一般コンシューマーが使う製品としてのフラットベッドはいったん否定しているんですね。今回その延長線上で、身の回りのものも読みたいという要望が出てきたときに、いちいち(原稿の表裏を)ひっくり返したり、ましてやADFに通すために切ったりしたくないということで、上から読む方式にこだわったわけです。なので上から読むというのは、この製品の一番最初からあるコンセプトですね。

高畠:オーバーヘッドであれば、紙に非接触でスキャンができたりと、フラットベッドにはできないメリットもありますから、そういった意味でこの方式には最初からこだわっていました。

本川:我々としては、本当はオーバーヘッドという言葉は極力使いたくないんですよ。オーバーヘッドというと、一般的にはどうしてもUSBカメラをつけたような書画カメラが思い浮かんでしまうので、PFUとしては「まったく新しい、ScanSnapのタイプだ」とアピールしたい。どうしても言葉のあやで使ってしまうことはあるんですけどね。

Engadget:実際の製品の開発で、苦労したところを聞きたいのですが。

本川:大きな特徴であるブック補正のテクノロジーは、富士通研究所と協同で開発したのですが、やはりいろんな本に対応する必要があるわけです。本といっても小説もあればハードカバーもあるし、漫画のように背景が複雑なものもあるし、雑誌のような例外もある。それぞれの輪郭をうまく抽出するのが非常に難しく、最初は自動ではとても使いものにならなかったんですね。そこを100%ではないにせよ、かなりの精度まで引き上げたというのが、技術的に苦労したところですね。

Engadget:製品の作り方として、すでに確立している技術を使うだけの場合もあれば、すでに完成しているハードウェアに合わせてソフトを作る場合もあり、あるいは両方が歩みを合わせて作り上げていく場合もあると思うのですが、今回のケースはどれに該当するんでしょうか。

久保:ハードも含めすべて並行ですね。

高畠:当初はすでにある製品をベースにブック補正を搭載しようと考えていましたが、ハードも進化していきますし、ブック補正のソフトも進化しますので、そういう意味では並行して作り上げたことになりますね。

本川:斜めから見るという、真上から見るのとはちょっと違う特有の見え方をしていますので、ブック補正のテクノロジーだけを載せてもまともなものにならないんですよ。ともに歩み寄りが必要ということで、このハードと融合して、初めて実現した形ですね。

Engadget:真上からではなく斜め上から撮るというのは、どういう利点があるんでしょうか。

久保:一般的なオーバーヘッド型だと、(ヘッド部が原稿の)真上に来ます。しかしそれだと、使っていないときに机の上で邪魔ですし、紙をめくろうと手を移動させる際も邪魔になる。もちろん畳むという方法も考えられますが、そういうこと自体、我々としてはやらせたくない。だから垂直に立てて斜め上から読む、位置も極力下げると。

高畠:最初の頃は少し(ヘッド部が)手前に出ていたんですが、それだとやはり不都合がありまして。倒れやすかったのと、あとは光の反射ですね。照明をうまく照らすためには垂直のほうがよかったというのが、もう一つの理由ですね。

Engadget:設計の段階で、ほかにこういった形状や機能を検討したというのはありますか。

本川:ブック補正自体は初期の段階から搭載しようと決めていたのですが、ページめくり検出は、実は最初はなかったんですね。ところが、ブック補正ができて自分たちで使ってみたところ、「こんな機能があったらいいな」というのがいくつか出てきた。その一つがページめくり検出で、開発もかなり後半の段階になって製品に入れることになりました。指を消す機能(編注:ポイントレタッチ)も、最初の段階ではなく、これも「あった方がいいね」ということで急きょ入れたと。

本川氏(第二技術部)

Engadget:完成した製品しか知らないと、けっこう意外ですね。

久保:はい。鶴の一声ですね(一同笑)

本川:普通のオーバーヘッドタイプは周辺の光の影響を受けて、自分の影が映ってしまいがちなんですね。これはカメラでも同じで、(上から撮ることで)影が映ってしまいますし、ピントも合わせなくちゃいけない。そういう製品とはまったく違って、置いてポンと押しさえすれば、均質な画像をいつでもどんな環境でも取れる、ScanSnapならではの「かんたん」というコンセプトを実現したかったわけです。

そのためにはどうしても(読み取り時に)強い光が欲しいのですが、今回は、オペレーターの方にまぶしさを感じさせないことにもこだわっています。実はかなり強い光が出ているんですが、光の幅をぐっと狭くしている。人間は光の幅が狭いとそれほどまぶしさを感じにくいものなんですね。

もうひとつ、鏡のように反射しやすいものを置くと自動的に「光沢がある原稿があります、継続しますか?」と通知する機能も用意しています。基本的にはまぶしくないよう工夫したのでデフォルトはオフですが、環境設定の中に隠し機能として用意しています。今となっては笑い話なのですが、こういう光がお客さんから見える製品というのは初めてなので、もしかするといろんな影響があるのではないかと調査しまして、その際にそういった裏の手も用意しておこうと。

Engadget:確かにフラットベッドなどであれば、うっかり上のカバーを開けてスキャンすると、まぶしかったりしますね。

本川:そうです。フラットベッドもそうですし、コピー機でも、こうやって(カバーを開けて)コピーすると強い光が来ますが、そういったまぶしさはほとんど感じない。何気なくやっていますが、そういったところはこだわりましたね。

Engadget:マーケティング的なお話になりますが、直販の5万9800円という価格は、私個人の感覚からすると、ハードもソフトも新規でありながらこの価格というのはものすごく安くて、ちゃんと利益が出ているのか心配なのですが(笑)、今回の価格に決定するに至った経緯をぜひ知りたいのですが。

久保:おっしゃる通りで、実は最初はもう少し高い値段で出そうとしていました。新しい製品ですし受け入れてもらえるのではないかと、企画の段階では正直思っていたんですね。ただ、ScanSnapというシリーズをさらに広げて、もっと使ってもらいたいという思いもあり、ここは安くしようと。トップからも「世の中にもっとScanSnapを使ってもらうんだよな。だったら安くしなさい」という一言がありまして、それでほぼ決まりましたね。

Engadget:なるほど。発売になったのが先週末で(編注:インタビューは発売翌週の7月16日に実施)、現時点ではまだお客さんからの直接の感想はほとんどないと思うのですが、発表してからここまでの反響はいかがですか。

久保:発売前からすごく反響が大きかったですね。「まだか、まだか」と。販売店もそうですし、事前のプレオーダーの数も、我々の想像以上で。ここまで「早く欲しい」「期待している」という声が強い製品はいまだかつてないですね。

本川:実はいま工場で作れないくらいのオーダーが来ていて、販売店さんの実オーダーに応えられてない状況でして、ご迷惑をおかけしているところです。

(次回「技術編」につづく)

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