朝ドラ「スカーレット」が描く、女性を取り巻く環境。「これでええんや」と前に進むために

戸田恵梨香さん主演のNHK連続テレビ小説「スカーレット」が3月28日で最終回を迎えます。印象に残った場面を振り返ります。
水野美紀さん、富田靖子さん、戸田恵梨香さん、三林京子さん(左から)
水野美紀さん、富田靖子さん、戸田恵梨香さん、三林京子さん(左から)
時事通信社

滋賀県・信楽(しがらき)を舞台に、陶芸家・川原喜美子(戸田恵梨香さん)の人生を描く、NHK連続テレビ小説「スカーレット」が3月28日で放送を終えます。

半年にわたる長い放送でしたが、筆者は一度も集中力を途切れさせられることなく、ここまで見続けてきました。まず水橋文美江さんの脚本に心をつかまれ、そしてキャスティングも素晴らしく、全ての出演者の役作りと演技力に引き込まれました。セットや小物、音楽を含めた作品の世界観に、一度たりと「あれ?」「ん?」という違和感がありませんでした。

……と、様々な視点で語り合いたいドラマではあるのですが、このブログでは、本作が「女性を取り巻く環境」をどう描いてきたかについて振り返ろうと思います。

なぜなら、本作に、女性たちに寄り添おうという思いが込められているように感じたからです。

ドラマを見ながら、時には悲しく悔しい思いをしながらも、「よくすくいとってくれた…」と感じ入り、前に進む勇気をもらいました。筆者が印象に残った場面を振り返っていきます。


「女子に学問は必要ありませんわ」(12話)

川原常治役の北村一輝さん
川原常治役の北村一輝さん
時事通信社

成績優秀な喜美子に高校進学を勧めるため、学校の先生が川原家にやってきます。

「絵だけやない、勉強もようできます。特に数学」として、先生は、制度を使えば無料で高校に行けるかもしれないと伝えました。

しかし、父の常治(北村一輝さん)は、「女子(おなご)に学問は必要ありませんわ」「大阪へ行って仕送りする。この子にはそれ以外の道はありません」と応じます。

常治の側で、妻のマツ(富田靖子さん)と喜美子は黙ってうつむいていました。その後、喜美子は大阪の下宿「荒木荘」で女中として働くことになります。

この場面は1950年代の設定です。しかし、性別を理由に「〜しない方がいい」「〜すべきだ」といった、個人の選択肢を狭めるような言説は、私たちの周りにまだあります。

(補足をしますと、常治は妻と三姉妹を溺愛し、人間味あふれる魅力的な人物ではありました。戦地でマギーさん演じる大野忠信を背負って歩き続けたというエピソードがその人柄を物語りますし、作中で亡くなった時には筆者も涙が止まりませんでした。一方で怒りっぽく、三姉妹を抑圧する存在でもあったのです)

「家の中の仕事ができる女はなんでもできる」(102話)

“大久保さん”を演じる三林京子さん
“大久保さん”を演じる三林京子さん
時事通信社

大阪に着いた喜美子が出会うのが、女中の仕事の師匠となる“大久保さん”(三林京子さん)です。大久保さんは、女中の仕事についてこう説明します。

「誰にでもできる仕事やと思われてますさかいな」「褒めてくれるお母はんはいてへん」

つまり、家事という仕事は軽視されがちで、誰も褒めてくれないだろう。それを続けていくことは大変なことなのだということを伝えたのです(14話)。

時が経ち、陶芸の道を歩き出した喜美子は大阪で荒木荘のメンバーに再会します。

自分の仕事ぶりについて自信なさげに語る喜美子を、大久保さんは激励しました。

「家の中の仕事ができる女はなんでもできる。家の仕事ゆうのは、生きるための基本やさかい」


「『お前、結婚せい』。平さんがそう言うてた」(29話)

“平さん”を演じる辻本茂雄さん
“平さん”を演じる辻本茂雄さん
時事通信社

荒木荘で出会い、喜美子の生涯の友人となるのが“ちや子さん”(水野美紀さん)です。

ちや子はある日、新聞社の上司“平(ひら)さん”が自分に黙って転職していたことを知ります。平さんは、新聞記者としてのちや子を育ててくれた人でした。

唖然とするちや子は、周りの男性の同僚たちから残酷な言葉を向けられます。

「ちや子さんと違うて、こっちは生活かかってるんで」「女と男はちゃうわ。『お前、結婚せい』。俺やないで、平さんがそう言うてた。結局、家庭に入るまでの腰掛けや、女は。どう頑張ってもな」

職業人としての自分を評価してくれていると思っていた上司に、影で「結婚した方が良い」と言われていたらしいことを知るのです。そして、転職という決断も相談してもらえなかった。必死に働いても、同じ土俵に乗せてもらえない現実に、ちや子の心が折れる姿を描きました。(ちや子さんはのちに、雑誌記者として活躍し、議員にもなります!)

「マスコットガール ミッコー」(47話)

喜美子の絵付けの師匠“フカ先生”こと深野心仙を演じたイッセー尾形さん。
喜美子の絵付けの師匠“フカ先生”こと深野心仙を演じたイッセー尾形さん。
時事通信社

地元・信楽に戻り、火鉢の絵付け師として歩き始めた喜美子。ついに、自身のデザインが採用されます。

会社の発案で、「信楽初の女性絵付け師」として新聞の取材を受けることになるのですが、記者に「川原喜美子」という本名は「固い」と言われ、会社と記者によって「マスコットガール ミッコー」というニックネームと、「ホットケーキを食べるのが夢だった」という「かわいいエピソード」を作られてしまいます。服装も替えるよう求められ、ズボンからスカートに着替え、化粧をして取材を受けました。

デザインが採用されるまでの実力をつけても、「女性である」ことばかりが注目される。それも、誰かの作った「女性像」というフィルターを通して…。これは現代を生きる女性たちが、まだまだ感じている悔しさと一致する部分があるのではないでしょうか。

ちなみに、掲載された新聞紙面には、「本日のシンデレラ」と書かれていました。

「『女性』は余計や!」(112話)

陶芸家として成功を収めた喜美子のところに、市会議員となったちや子が訪ねてきます。2人は、「女性陶芸家さん」「女性市会議員さん」と冗談めかして互いに声をかけた後、同時にこう突っ込みます。

「『女性』は余計や!」

テレビを含むメディアでは、男性には「男性/男子〜〜」とわざわざつけないのに、女性にのみ「女子アナ」「女性議員」などとつけることがあります。もちろん議員の性別比率や、女性が置かれている状況などを報じる際に性別という情報が重要な場面もあります。しかし、必要ではないのについている場面もあると思います。

それを、テレビドラマの中でやんわり問題提起をしたようで、心強く感じたシーンでした。

結婚し、離婚した。名字が変わったのは男性だった

喜美子は職場で出会った十代田八郎(松下洸平さん)と結婚することになります。

結婚で八郎は川原の名字となり、「川原八郎」として陶芸家のキャリアを築いていきます。

しかし二人はのちに離婚。八郎は、キャリアを築いた川原という名前ではなく、再び十代田八郎として生きていきます。

今の日本社会では、多くの場合、女性が結婚・離婚で名字が変わり、仕事上の不都合や様々な手続き上の不便を感じている人もいます。

結婚・離婚で名字が変わる場面のどちらも描いた、それも男性で描いた。これもまた、このドラマが社会に問うていることのように感じます。

「あ〜気持ちええな。一人もええなあ」(100話)

照子役の大島優子さん
照子役の大島優子さん
時事通信社

穴窯に打ち込み、作業費用を費やす喜美子に、八郎は息子を連れて出ていってしまいます。

窯たきに使う薪(まき)を切る喜美子の所にやってきた、親友の照子(大島優子さん)は、「喜美子が下がって、八さん(八郎)を立ててやり」と、穴窯を諦めて八郎に「頭を下げる」よう諭します。

しかし喜美子は落ち着いた様子で、子ども時代は父に、結婚してからは八郎に許可を得て生きてきたーーということを話し出します。

「(今日は)それが必要なかって。薪を拾いながらな、立ち上がったら冬の風がな、ヒューと吹いて、そん時思って。『あ〜気持ちええな。一人もええなあ』」

自分を「家」や「娘・妻の役割」にしばりつけていた何かから離れた時、喜美子は自由な心を手にします。ここから陶芸家としての喜美子がさらに成長していきます。

「これでええ。これでええんや」(105話)

主人公・川原喜美子を演じる戸田恵梨香さん
主人公・川原喜美子を演じる戸田恵梨香さん
時事通信社

別居後、喜美子が穴窯を2週間たき続けることを知った八郎は、「僕にとって喜美子は女や。陶芸家やない。ずっと男と女やった。これまでも、これからも。危ないことせんといて欲しい」と言って止めようとします。喜美子は「作品を作りたいんです。うちは陶芸家になります」と応じ、二人の決裂は決定的なものとなりました(104、105話)。

たき始めてから2週間目のその日、自宅の敷地に設置した穴窯から火が吹き出します。

喜美子は、火を止めようとする母を制し、窯の応急処置をした上で「これでええ。これでええんや。もっと燃やす。もっともっと燃やすんや」と言いながら、薪を投げ込み続けるのです。

その結果、窯からは艶やかな緑色の「だれにも出せん、うちにしか出せん自然の色」のツボがでてきます。

筆者が感じた事。孤立を前にした時に…

1話のオープニングにも登場した105話の薪をくべるシーン(映像は微妙に違ったように思います)は、喜美子が自分を信じ、力を放出する場面です。

私たちは、同調圧力を前に、自分のやりたいことを貫いたり、「正しい」と思うことを言ったりすることに怖さを感じることがあると思います。

その先には、孤立が待っている可能性が見えるからです。孤立への怖さを感じた時、「これでええ」とつぶやきながら自分を信じて歩ける人であろうーー。フィクションからまた勇気をもらいました。

作品の中では、孤独な自由を選んだ先に、八郎との新しい関係が待っていました。喜美子は、古い友人とも新しい友人とも関係を深めていきます。

最終週を前に、喜美子は息子・武志(伊藤健太郎さん)の闘病のため、多くの人に助けられ、息子や八郎、自分を信じて進んでいます。喜美子がどういう風に、他者や、苦しみや喜びといった自分の感情に向き合って行くのか。あと1週間、ドラマを見届けたいと思います。

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