フランス人が感じる 日本の銭湯の魅力

10月10日は、銭湯の日です。
My Eyes Tokyo

10月10日は、かつての"体育の日"としてご記憶の方も多いと思います。1964年(昭和39年)の東京オリンピックの開会式が行われた日にちなみ制定されましたが、もうひとつ、この日にちなんだ記念日があります。それは"銭湯の日"です。

銭湯(せんとう) "10(月)10(日)=1010(せんとお)"という語呂合わせ以外にも、"スポーツで汗をかいたあとに入浴をすると健康増進につながる"という理由から、東京都江東区の公衆浴場商業協同組合が1991年に実施し、その後日本全国に広まりました。

そんな「銭湯の日」にちなみ、今回はフランスからやってきた"銭湯大使"、ステファニー・コロインさんが今年4月に行った講演をお届けします。

2008年の来日で銭湯に出会って以来、日本各地の銭湯を巡りそれらの魅力を国内外に発信してきた"銭湯界のジャンヌダルク"が、創業60年を迎えた銭湯の目の前に佇むカフェで、近年存亡の危機にさらされている江戸文化への強い愛を語りました。

※講演@フロマエプラス カフェ&ギャラリー(2018年4月13日)

ステファニー・コロインさん

南フランス出身。日本文学に興味を持ち、深く研究したいという思いから2008年、交換留学で1年間来日し、初めて銭湯と出会う。その後日本を離れるも、縁あって再度来日。現在は、日本全国の銭湯を巡りながら、銭湯文化を世界中に広めるため、ホームページやインスタグラムをはじめ、テレビ・ラジオなどのメディア媒体を通じて銭湯情報を発信。2015年、日本銭湯文化協会公認の銭湯大使に任命。2017年10月には初の著書『銭湯は、小さな美術館』(啓文社書房)を発刊。

主催

フロマエプラス カフェ&ギャラリー(東京都荒川区)

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撮影(クレジットのない写真)

土渕正則

※講演内容を要約しご紹介します。

禁じられたお風呂

フランスにも中世には、銭湯に近い公衆浴場がありました。そこでは食べ物も提供され、遊べるところにもなっていました。一方でお金が無い人は、川をお風呂代わりに利用していました。

しかし「お湯から病気に感染してしまうのではないか」という懸念が人々の間に広がるようになりました。そのためルイ14世の時代にはお風呂やシャワー含め体をお湯で洗うことそのものが禁止されました。そのため人々は布で体を拭いたり、1日に何度も服を着替えたりしました。

やがてお湯に対する誤解が解け、19世紀にはお風呂が再び流行り、やがて家でもお風呂に入るようになりました。

このような流れをたどったフランスのお風呂は、日本のそれとは異なる点がいくつかあります。

フランスのお風呂には、洗い場がありません。まずは湯船に張ったお湯に体を沈めてリラックスし、そのあとお湯を抜いてからシャワーで体を洗います。そのため1回お湯を張ったら1人しか入れず、追い焚きもできません。もし家族全員が入浴しようとしたら、3回も4回もお湯を張らなくてはならなくなります。

それに、フランスでは子どもと入浴する習慣はありません。でも夫婦では普通にお風呂に入ります。

日本では毎日入浴する人が多いと思いますが、それはフランスでは贅沢だと感じます。なぜならフランスは水道代が高く、日本の1.5~2倍もするからです。そんな状況でも、私はもともとお風呂が好きだったので、フランスにいた頃から週2~3回入っていました。

銭湯は私の"居場所"

交換留学で立教大学に来た2008年、私は銭湯に出会いました。大学の友達から「一緒に行かない?」と誘われたことがきっかけです。銭湯がどんなところか分かりませんでしたが、その前に1度だけ温泉に行ったことがあったので、似たような場所なのではないかと思いました。

私たちが行ったのは、西武池袋線の椎名町駅近くにある"妙法湯"さん。私がそれ以前に行った温泉よりローカルな雰囲気でした。知らない人の前で裸になる文化がフランスには無いので、ちょっとだけ恥ずかしさを感じましたが、周りで入浴している人が私のことをあまり気にしていないことに気づき、すぐに銭湯になじむことができました。当時私はあまり日本語が話せませんでしたが、常連のお客さんや銭湯のオーナーさんから優しく声をかけてくださいました。お湯の温かさやリラックス効果はもちろん、そのような人の温かさを銭湯で感じ、それから毎週のように銭湯に通うようになりました。1週間の疲れを取ったり、友達とガールズトークを楽しんだり、いろいろなスキンケアを試したりしました。

その後フランスに帰国し、大学院で日本文学を研究した後、アフリカで約2年間仕事をしました。その間は湯船に浸かることなどなく、もっぱらシャワーでした。それからフランスに戻るも、海外に行きたいと思いました。日本に戻ることは考えていませんでしたが、縁あって日本の会社に入社。2012年に再来日しました。

その会社では、私が唯一の外国人でした。しばらく日本を離れていたため日本語力も低下しており、日常会話とは違う職場での言葉遣いや、メールで使う日本語の難しさに悩まされ、さらに日本独特のビジネス文化になかなか馴染めず、ストレスがたまりました。フランスに帰ることを考えましたが、「せめて帰国前に行っておこう」と思い銭湯に行きました。久しぶりに行った銭湯で、私は「ここが"自分の居場所"なんだ」と実感しました。

それをきっかけに自分で銭湯について調べ始め、都内だけでもたくさんの銭湯があることを知りました。しかもそれぞれが違う造りをし、それぞれが異なる歴史を持っていることに気づき、興味が湧きました。私が生まれて初めて行った椎名町の銭湯"妙法湯"にも4年ぶりに行きましたが、オーナーさんは私のことを覚えていてくれました。40分間お風呂に入った後、フロントで2時間ほどくつろぎながら他のお客さんたちとおしゃべりしたり、生ビールをいただいたりして、楽しい時間を過ごしました。

銭湯の魅力を国内・海外へ

やがて私が行った銭湯の写真や、私が得た銭湯関連の情報を、SNSなどを通じてシェアするように。2015年には日本銭湯文化協会公認の"銭湯大使"にご任命いただき、これまで国内外の人たちを招いての銭湯関連イベントや銭湯絵師によるライブペインティング、国内・海外の各種メディアからの取材対応や、SNSおよびブログを通じての全国各地の銭湯の紹介などを行ってきました。

ステファニーさんが日本中を周り撮影した銭湯の写真が、当イベントの会場に併設されたギャラリーに展示された。*撮影:徳橋功
徳橋功
ステファニーさんが日本中を周り撮影した銭湯の写真が、当イベントの会場に併設されたギャラリーに展示された。*撮影:徳橋功

大都会で温泉を楽しむ方法

東京の銭湯の7割以上は井戸水を使用。都内ではお湯は湧き出ないので、湧き出たお水を温めて使っています。また使用しているお水に温泉成分が含まれているものもあり、温泉だと証明されている銭湯は都内で40軒以上、それ以外にも温泉を使用している銭湯は多くあります。露天風呂になっている銭湯も都内に多くあります。つまり皆さんのお住まいの近くに温泉や露天風呂があるということです。

銭湯は体と心の健康につながっています。私は今、銭湯に週5回くらい行っていますが(笑)そこまで頻繁に行かなくても、一度銭湯に行けば体が楽になります。心に関しても、私はお湯に浸かったり常連のお客さんと世間話をしたりしてリラックスすることで、嫌なことをすべて忘れることができました。さらにお湯によってHSP(ヒートショック・プロテイン)という、健康や肌に効果があると言われるたんぱく質が作られるので、肌がきれいになるし、デトックス効果もあります。

温泉と銭湯の違いについてよく質問を受けますが、温泉はお湯の成分や質を指す一方、銭湯は公衆浴場のこと。だから温泉を使った銭湯もあるのです。先ほどお伝えしたように、都内の銭湯はお湯は湧き出ませんが、地方に行くと湧き出た温泉をそのまま使っている銭湯があります。そのような銭湯はお湯を湧かす手間がかからないため、朝早くから営業しており、お客さんの中には会社に行く前に銭湯を楽しむ人がいるほどです。

銭湯=Google?

銭湯に行くといろいろな人たちに出会えるし、その人たちから様々な知識が得られます。そのような出会いも、私が銭湯に行くモチベーションになっています。

銭湯はお互いが譲り合いながら、ルールに従いきれいに使う場所であるため、銭湯でマナーも学ぶことができます。私が初めて銭湯に行ったとき、入浴後びしょびしょの体のまま脱衣所に戻り、他のお客さんから注意されました。大人になって人から怒られるのは恥ずかしいですが、よくよく考えたら当たり前のこと。不潔だし、おばあちゃんが滑って転ぶかもしれず、危険です。今ではそのような人を銭湯で見かけたら、私も注意します(笑)銭湯は他人への気遣いを学べる場所だと思います。

もうひとつ、銭湯は私にとって貴重な"街の情報ステーション"です。私はどこかへ旅に出るたびに、必ずその街の銭湯に入ります。そこで地元に関するいろいろな情報を集められるからです。例えば見知らぬ街で夜ご飯をどこで食べるか決めるとき、私は観光客向けのお店ではなく、地元の人たちがお勧めするお店を銭湯で聞きます。また旅先に限らず自分が住んでいる街でも、例えば家電が壊れてしまったとき、どこに相談するか?銭湯です。なぜなら銭湯が何十年にもわたり電気製品を購入しているお店を聞けば良いから。他にも新しい街に引っ越した時、銭湯のお客さんからその街の情報を聞くことができるのです。

※このあともステファニーさんが入浴した様々な銭湯をご紹介。それらの写真は、2017年10月に出版されたステファニーさんの著書『銭湯は、小さな美術館』(啓文社書房)でご覧になれます。

撮影:徳橋功
徳橋功
撮影:徳橋功

"火"を燃やし続けるために

ステファニーさんによる銭湯スーパープレゼンテーションがひと段落したところで、会場の向かいにある創業60年の銭湯"富来浴場"の2代目経営者である新谷修一さんが登場。ステファニーさんは長らく気になっていたという"銭湯経営者の1日"について新谷さんにお聞きしました。

新谷さんの1日

9時 起床

9時半 仕事開始(前日の売上集計など)

10時ごろ 火入れ・浴室全般の清掃

15時半 開店 ※お客さんがそれ以前から待っている場合、15時10分ごろに開けることがあるとのこと。

24時 閉店~清掃

2時半ごろ 就寝

新谷さんは「後継者不足という問題はあるが、銭湯経営はできる限り長く続けたい。ぜひ他の銭湯さんにも経営を続けてほしい」とおっしゃいました。

最後にステファニーさんは、参加者からのご質問にお答えする形で締めました。

銭湯関連のイベント開催はこれからも続けていきます。またこれからも、銭湯の写真を撮影して多くの人にお見せしたり、テレビなどのメディアに出演して銭湯の魅力について発信したりすることで、銭湯をより身近に感じていただきたいと思っています。

ステファニーさん関連リンク

ウェブサイト:www.dokodemosento.com

Instagram:_stephaniemelanie_

#ダグ:dokodemosento

(2017年5月6日「My Eyes Tokyo」より転載)