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2019年04月13日 11時14分 JST | 更新 2019年04月14日 02時32分 JST

「ドロップアウトではなく原点に帰った」 塩谷歩波さんが設計事務所を辞めて『銭湯図解』を出版するまで

「出発点は『建築を描くのが好き』ということだったんです。今はそれを、ストレートに表現できる環境に戻ってきました」

Huffpost Japan / Kenji Ando
小杉湯でインタビューに応じる塩谷歩波さん(2019年3月21日撮影)

最近、銭湯にハマっている。巨大な湯船に浸かると、仕事でたまったストレスが汗とともに流れ落ちていくようだ。

そんなある日、自宅近くの東京・千駄木の往来堂書店で『銭湯図解』(中央公論新社)という本の出版を記念したトークイベントが開かれたので、覗いてみた。著者の塩谷歩波(えんや・ほなみ)さんは28歳。

建築家を目指して設計事務所に務めていたが、体を壊して休職中に銭湯の魅力にとりつかれ、銭湯の内部構造を立体的なイラストにして、SNSに投稿するようなった。

今は都内の銭湯の番台をしながら、イラストレーターを生業にしているという。

なんて面白そうな人生だろう。トークイベントの最後は、著書へのサイン会だった。すらすらとサインを書く塩谷さんに、思わず「あとでインタビューさせてください」と申し込んだ。

Huffpost Japan / Kenji Ando
『銭湯図解』(中央公論新社)

■建築家を目指して

3月21日、塩谷さんが番台を務める小杉湯を訪れた。JR中央線の高円寺駅から徒歩5分。商店街を抜けた先に、昭和8年創業の老舗銭湯があった。

塩谷さんが描いた小杉湯の図解イラストが壁に掲げられていた。入口で待っていた塩谷さんから「ようこそ、小杉湯へ」と声をかけられた。営業前の時間を利用して、待合室でインタビューをした。

もともと建築家を目指していた塩谷さん。それは母の影響だったという。

「私が中学生のころでした。母がインテリアコーディネーターの資格をとるために、自宅で課題として、さまざまな家のパース(立体的なイラスト)を描いていたんです。それを見て『格好いいな』と思って、描き方を教えてもらい、私も描くようになりました。『建物を描くのって楽しいな』と思うようになり、建築に興味をもったんです」

やがて早稲田大学の建築学科に入った。

建築学科の中で、設計は花形だった。建築物を絵に描くのが好きだった塩谷さんは、設計と絵を結びつけられる建築家を目指して大学院修了後、2015年4月に東京の設計事務所に入社した。

■それは耳鳴りから始まった

先輩と共に教会の設計に携わったり、保育園や小学校を設計するコンペに参加するなど、さまざまなプロジェクトに参加する充実した日々。のめりこみやすい性格ということもあって、不規則な生活になっていた。

自宅から職場が近いため自転車通勤だったが、帰宅が深夜になる日も多かった。朝昼晩の食事を全て、お菓子で済ませることもあったという。そんなある日、体の異常に気が付いたという。

「幾つかのプロジェクトに関わっていた時期に、突然耳鳴りがしたんです。片耳だけキーンっていう音が聞こえました。しばらくすると、音が消えるんですが、そういうことが毎日続くようになりました。

 

歩いていると、泥にはまったような目眩いがあったり、どんなに寝ても疲れが取れないことがありました。

 

そのうちメンタルもやられて、上司に体調が悪いことを伝えようとしたら、ずっと泣いてしまったんです。泣きたいわけじゃないのに、涙が止まらなかった」

上司から「体調が悪いなら、ちゃんと検査したほうがいい」と言われた塩谷さん。診断結果は「機能性低血糖症」だった。ストレスで内臓の機能が低下し、血糖値をコントロールできない状態になり、体調不良を引き起こしていたのだ。

2016年の8月ごろ、塩谷さんは3カ月間休職することになった。 

■銭湯で体調回復。図解を描くことに

 実家で療養しながらも、仕事を休んだ罪悪感から落ち着かない日々を過ごしていた塩谷さんに転機が訪れた。

大学時代の先輩から「銭湯に行こうよ」と声をかけられたのだ。2人で東京・中目黒の銭湯「光明泉(こうめいせん)」に向かった。

塩谷さん自身も、都内の銭湯をレビューするネット記事を読んだことがあり、「そんな世界もあるのか」と気になっていた。しかし、光明泉は想像を上回っていた。

 「それまでの銭湯とは全然違うイメージだったんです。熱い湯と水風呂に交互に入る交互浴を試しにやってみたんですが、私の体調改善にはぴったりだったんです。

 

血行を良くするのが私の病気にとっては効果的だったんです。それで、銭湯にのめりこんでしまい、その先輩と一緒に都内各地の銭湯に通うようになりました」

やがて、塩谷さんは銭湯の図解イラストを描くようになった。最初に図解にしたのは、上野の寿湯(ことぶきゆ)だ。

塩谷歩波さん提供
塩谷さんが最初に描いた銭湯図解のイラスト

 同じように休職中だった友人で、銭湯に行ったことがない女性に「銭湯ってこんなに面白いんだよ」と伝えたくてTwitterに投稿した。

「その友人が建築学科の同期だったので、建築畑の人がわかりやすい描き方が、たまたまアイソメトリックだったんです。授業でよく習う描き方だし、描きやすいかなと思っただけだけでした。

 

本人からも『銭湯っていいね、行ってみたいね』と言われ、ほかの方からの反響がありました。それで銭湯のイラストを描くようになったんです」

■なぜ小杉湯に転職を?

塩谷歩波さん提供
『銭湯図解』に描かれた小杉湯のイラスト。細かく描き込んである。

銭湯の効果もあって体調が回復した塩谷さんは、設計事務所に戻った。病み上がりということもあり、初めのうちは1日あたり5時間と時短で働いていたが、簡単な仕事をやろうと思っても、すごく時間がかかってしまった。

集中力が全く続かない。簡単な作業すらまともにできない日々。「もう、ここで働くのは無理だな」と諦めかけていた。

そんなとき、小杉湯の三代目経営者である平松佑介さんから「じゃあうちで働かない?」と声をかけられたという。

「もともと休職していた時に、平松さんから小杉湯のパンフレットを描いてほしいと依頼を受けていたんですね。その縁で、小杉湯によく遊びに来るようになっていました。復職しても体調が戻らないっていうことを相談したら、転職の誘いを受けたんです」

 設計事務所でキャリアを積み重ねてきて、「銭湯」という声をかけられたときに、迷いもあった。

「『設計事務所で働けない』というのは分かっていたんですが、さすがに設計という花形でずっと生きてきて『建築家になりたい』ともずっと言っていたので「銭湯に転職するなんてありえない」って、最初は戸惑いがありました」

しかし、平松さんから「小杉湯で今後こういうことをやりたいから、そのうえで塩谷ちゃんの力が必要なんだ」って、粘り強く説得を受けた。「いっぱい絵を描いて貼りたい」「イベントもやっていきたいと思っていて、そこでもいろいろと知恵を借りたい」などと誘われた。 

塩谷さん自身も「銭湯のことが好きだし、銭湯で何かやりたいな」って思っていた時期だった。『銭湯図解』を続けたいとも思っていたので、銭湯に関わる仕事に就くのもタイミング的にはちょうどよかった。迷った塩谷さんは友人に相談することにした。 

「10人くらいの友達と会いました。『1人でも転職は考えたほうがいいと言われたら、再検討しよう』と思っていたんですが、全員から『転職したほうがいい』と言われました。

 

『塩谷はずっと絵を描くことが好きだったじゃん。設計なんていつでも戻ってこようと思えば戻れるんだから、今目の前に開いている道を進んだほうがいい』と、背中を押してくれたんです」

こうして2017年3月、塩谷さんは小杉湯の番頭に転職したのだった。

 

■イラストレーターになった今は「原点に帰っている」

Huffpost Japan / Kenji Ando
小杉湯でインタビューに応じる塩谷歩波さん(2019年3月21日撮影)

小杉湯に勤めながら塩谷さんは、銭湯の図解をSNSでずっと発信し続けた。やがて、「ねとらぼ」と「旅の手帖」などでも連載するようになった。

全部で15社から『銭湯図解』の書籍化の話があったが、その中で「この人と一緒に本をつくったら素敵なものができるんだろうな」と思った中央公論新社の担当者と組んで本にすることにした。『銭湯図解』を本にするにあたって気を付けたことは「描き始めた時の気持ちからあまり変わらないようにしたい」というものだったという。

「そもそも『銭湯図解』を描き始めたのも『銭湯の面白いところをいろんな人に伝えたい』という気持ちからでした。その思いだけは、芯に持っておきたい。だから、単なる銭湯のカタログには、ならないようにしたかった。

 

『こんな銭湯がある』というのを見せるだけじゃなくて、『銭湯ってこんな楽しみ方があるんだよ』と伝える本にしたかったんです。銭湯には、友達とレジャー感覚で来る人もいるし、私みたいに体調を壊して救いの場として来た、という人もいるかもしれない。おばちゃん同士のコミュニティの場でもあります。

 

銭湯の楽しみ方は本当に無限大なんですよ」 

今回出版された本では、ほぼ描き下ろしで都内を中心とした24軒の銭湯を細かく図解している。2月21日の発売直後から大きな反響を呼び、増刷を重ねた。わずか1カ月で発行部数は2万5000部に到達した。

各地の銭湯を図解で紹介することを個人的に始めたことがきっかけで、書籍の出版に至った塩谷さん。

設計事務所から「銭湯の番頭」兼イラストレーターへの転身だった。建築家の夢はかなわなかったが、別の分野で、自らの才能を開花させる場所を見つけたようにも見える。

「原点に帰っている感じがありますね。そもそも建築に憧れたのは、母の真似をして描いた建物の絵がきっかけでした。出発点は『建築を描くのが好き』ということだったんです。今はそれを、ストレートに表現できる環境に戻ってきました。だからドロップアウトではないし、花形から逃げたわけでもない。逆に『私はこっちだった』と自覚できた感じですね」

そう話す塩谷さんの目は、銭湯の湯船に落ちる水滴のように、キラキラと輝いていた。

■塩谷歩波さんのプロフィール

番頭兼イラストレーター。1990年、東京都生まれ。2015年に早稲田大学大学院(建築学専攻)を修了後、都内の設計事務所に勤める。2016年末より銭湯の内部を俯瞰図で描く「銭湯図解」シリーズをSNS上で発表。

現在は高円寺の銭湯・小杉湯で番頭として働くかたわら、イラストレーターとしても活動中。月刊誌『旅の手帖』(交通新聞社)で「百年銭湯」を連載している。

「銭湯図解」の公式サイト