「顧客のより良い体験」を生み出す組織を作るには? ~サービスデザイン+インターナルコミュニケーションの可能性~

「サービスデザインは、事業を変えるだけでなく、組織の文化や風土そのものを変えていく力がある」。それは、一体どのようなことなのだろうか?

右肩上がりの経済成長の終焉から、「モノ」よりも「付加価値」を売る時代へ、そして商品やサービスを通じた「体験」を売る時代へ...。社会環境のめまぐるしい変化、それにともなう顧客の価値観の変化を背景に、今多くの企業がこれまでの事業モデルからの変容を迫られている。

そんな中、顧客の「体験」に着目し、「顧客の課題を解決してより良い体験を作り出す商品やサービス」をデザインする、サービスデザインの手法が注目を集めている。

株式会社ソフィア代表の廣田拓也は、「サービスデザインは、事業を変えるだけでなく、組織の文化や風土そのものを変えていく力がある」と語る。それは、一体どのようなことなのだろうか?

「自分たちがお客様に提供すべき価値は何なのか?」

―ソフィアはインナーブランディング(インターナルブランディング)の支援を専門に行う会社、というイメージがあるのですが、サービスメニューの中に「サービスデザイン」とありますね。事業そのものにかかわる「顧客向けのサービスをデザインする」ということはインナーブランディングとは別の次元の話のような気がするのですが、なぜソフィアでサービスデザインを手掛けているのでしょうか?

そうですね、私たちは、インナーブランディングを、「組織で働く従業員一人ひとりが自社の目指す姿、ビジョンや経営理念等を深く理解・納得し、自分のこととして行動することにより、顧客に対して提供する価値を向上すること」と定義付けています。

一方でサービスデザインは、「顧客の体験」を中心に考えて提供できる価値を向上していく取り組みであり、それを実現するのは組織、そして従業員一人ひとりの力です。

企業にサービスデザインの考え方を取り入れて、顧客接点の現場から商品・サービスを新しくしていく過程で、従業員のエンゲージメントや組織の文化に変化が生まれる場合もあります。

―具体的にはどのようなことでしょうか?

あるクリーニングサービスを提供する企業の例をご紹介します。

クリーニングの市場が縮小し、さらにネットを活用したクリーニングサービスを提供する企業、価格を限界まで下げて「安い・早い」でサービス提供を行う企業などさまざまな競合が出現する中で、その企業では「お客様はなぜ衣類をクリーニングに出すのか? 自分たちが本当にお客様に提供すべき価値は何なのか?」と、足元をもう一度見直す機会が生まれました。

事業のコンセプト見直しを進める中でたどり着いたのは、「お客様はただ衣類をきれいにしたいわけではない」「大切な衣類を長く着続けるために、メンテナンスをしたいのだ」という仮説でした。

それをもとに「お客様に大切な衣類を預けていただくためには、どのような店であるべきか」と考えた結果、「今以上に衣類を大切にする」「『メンテナンスをしたい』と思っていただける働きかけをする」「お客様が相談しやすい環境を作る」など、これまでの視点からでは得られなかった改善点が見つかりました。

そして新たなコンセプトにしたがって顧客のペルソナを作り、旗艦店のリニューアルを行いました。

店の外観だけではなく、サービス内容、店内レイアウト・導線、接客・コミュニケーションなど、すべてを「本当はお客様が望んでいる状態」に即して見直したのです。

また、顧客目線でより良いサービスを提供するために業務やオペレーションの改善もすすめていきました。

―それによってどのような効果がありましたか?

店舗スタッフも交えてプロジェクト推進を行うことで、「お客様に提供するサービスの質を上げるために」無駄なこと、不要なことはやめていくという、業務の精査ができたと思います。

もちろん、見直した結果業務フローが変更になり、一時的にスタッフに負担がかかった部分もあったと思いますが、今では以前と比べて「接客」という本来の業務により専念できるようになった思います。

以前も、スタッフは個々人が考える「顧客視点」を意識して仕事をしていましたが、その「顧客視点」は個々の経験や業務内容によってまちまちでした。

しかし、プロジェクトの推進を通じて、「顧客視点とはどのようなものか」という共通認識がスタッフ間に生まれ、一人ひとりが積極的に考える習慣がつき、普段の接客への姿勢も変わってきたように思います。

また、こういった取り組みを他の店舗に横展開するプロジェクトも行っています。そういった動きを通じて「顧客中心で考える」という視点が社内に広がり、「本当にお客さまが求めていることは何か」「それ対して自分たちはお客様にどんな価値を提供できるのか」「そのためにはどのような組織であるべきなのか」と考えるきっかけになっています。

こういった機会が会社のビジョンや戦略の体感的な理解を促進するとともに、従業員一人ひとりのエンゲージメント向上につながり、組織全体を変えていく力になるのではないでしょうか。

本社に答えはない。現場の知見を全社に生かす仕組みが必要

―「企業の理念を浸透することで従業員の意識を変え、顧客価値を高める」というのとは逆方向からのアプローチですね。

そうですね。顧客接点の現場から組織を変えていくというアプローチです。こういったアプローチはとくにサービス業で有効だと感じています。たとえば、商店街にある個人店なら、日々お客様のことを見て接客を変えたり商売を工夫したりしていますよね。

ところが、組織が大きくなればなるほど、顧客接点である現場の声が経営に届きにくくなりますし、何かを変えようと思ったときに部門横断的なアプローチをすることも難しくなってきます。

その結果として顧客の満足度が下がり、業績が下がっていく。そんな状況の中でいくらビジョンや戦略を浸透しようとしても、なかなか好ましい変化は起こりません。

誰も経験したことのない社会環境の目まぐるしい変化の中で、経営陣が正しい答えを持っているとは限らないのです。だからこそ、顧客接点の知見を中心に事業を推進していく、というアプローチが必要になってきます。そして、その動きを横展開し、結果的に事業や組織全体のあり方を変えていくのです。

―実際にそのような事例は増えてきているのでしょうか。

サービスデザインは、Human Centered Design(人間中心設計)を基礎としており、顧客の体験をどのようにデザインするか、そのために商品・サービスはどのような価値や機能を持つべきなのかを追い求めていくプロセスです。

すなわち企業の外からのインサイトや情報によって、顧客に提供するサービスを変えていくというOutsideInの考え方を持っています。

海外の例になりますが、オランダのフィリップス社ではデザイン部門の役割が非常に重視されていて、リサーチャー、エスノグラファー、UXデザイナー、文化人類学者など、さまざまなプロフェッショナルがデザイン部に所属し、顧客と商品の関わり方を観察・分析してニーズを徹底的に探り、商品やサービスに反映していく仕組みがあります。

また近年、国内外の大企業がデザイン会社を買収したり、デザイナーを経営パートナーに迎え入れたりなど、課題解決やイノベーション創出にデザイナーの手法や視点が積極的に取り入れられています。

そして、サービスデザインの業界においても、これまでの「顧客満足度と効率化の両立」の実現だけでなく、それを組織内で恒常的に実現できるようにするために、人材育成・制度、組織風土を構築していくことが次なるテーマとして挙げられているのです。

―そうはいっても顧客接点の現場から大企業を変えていくことは難しいのではないでしょうか。

そうですね。現場の従業員が何か変革を起こそうとしても、その声を経営陣に届けるのは難しいです。だからこそ、顧客接点の知見を生かすためには、企業の側でコミュニケーションルートを用意し、顧客志向でサービスデザインを進められるような土壌を作っていく必要があります。

事業部門だけでなく、経営企画部門や人事部門、広報の部門などさまざまな関係者がサービスデザインの重要性を理解し、従業員とコミュニケーションし、サービスデザインの考え方を根付かせていくという役割を担います。

ここで生きてくるのが、弊社が長年手掛けている「インターナルコミュニケーション」や「インナーブランディング」です。これが、弊社がサービスデザインの支援を行っている理由です。

サービスデザイン×インターナルコミュニケーションで、顧客志向の文化・風土を組織に根付かせる。これが実現できれば、大企業にも変革を起こせる可能性があり、たとえば業績の回復と従業員の元気を両立することも夢ではないと考えています。

2017年3月7日 Sofia コラムより転載

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