イラン出身で「日本のサラリーマン」10年余。石野シャハランさんが訴えた「外国人を日本人にしないで」

武蔵野大学を訪れたイラン出身の石野シャハランさん。大学生たちに行った特別授業で訴えた「外国人社員との共生」とは。

5月15日、武蔵野大学有明キャンパスを訪れる男性の姿があった。教壇に立ち、集まった日本語コミュニケーション学科の学生たちに対し、話しかけた。

「外国人を日本人にしよう、なんて思わないほうがいい。思ってはいけないと思う」ー。

男性は石野シャハランさん(38)。中東イランの首都・テヘランの出身だ。日本人の女性と結婚し、2015年に日本に帰化している。

石野シャハランさん
石野シャハランさん
HuffPost Japan

日本独自の企業文化に疑問を抱き、外国人社員とのコミュニケーション方法などについてアドバイスする「シャハランコンサルティング」を設立した。

日々、各地の企業を訪問し研修を行うシャハランさんだが、「大学生に話してほしい」というオファーは初めて。日本のサラリーマンとして過ごした10年余りの経験、そして若い世代に伝えたいことは何か。教室に足を運んだ。

■シャハランさんと日本の企業文化

シャハランさんはテヘラン生まれ。現地のテレビ局勤務などを経て、すでに来日していた父親のあとを追って2002年に日本の地を踏んだ。東海大学で日本語を学ぶと、同大学のアジア文明学科に入り、卒業した。

休日はよく海へ出かけた
休日はよく海へ出かけた
本人提供

卒業後、シャハランさんは通信機器メーカーや、ベルトコンベアを製造する会社などで営業として勤務。ここで日本独自の企業文化に揉まれることになる。

「外国人ということでお客様には可愛がっていただきました。だけど社内ではガラリと変わるんです。

日本語が話せると、遠慮のない扱いになる。間違った日本語をからかわれたり、外国人であることをネタにされたり、もう好きなことを言われるんですよね」

ある日のことだ。仕事終わり、風邪のような症状が出たシャハランさんは病院を受診した。翌日の仕事は休むよう医師から言われたため、上司に電話をした。

「何を言っているんだよ。もう来なくていい」

帰ってきた言葉に、虚をつかれた思いだった。

シャハランさんが「一番意味が分からない」としているのは、飲み会文化だ。

「本当に大事な話があるのなら会議室でしてほしいです。日本人相手でも同じでしょうが、わざわざ飲み会で説教が始まるんです。説教なのか、本当にモノを教えてくれているのか。今上司にされているのが本当に大事な話なのか。それが分かりませんでした」

今、会社を設立してまで企業文化に警鐘を鳴らしているのは、単に自分が嫌な思いをしたからではない。国籍に関わらず、優秀な人材が続々と「国外脱出」を果たすのを目の前で見てきたからだ。

海外出身ならば、そもそも自分の出身国や、母国語が通じる国で働くという選択肢がある。日本人でも、英語をはじめバイリンガルが珍しくない時代だ。

シャハランさんの友人たちも、アメリカやシンガポール、ドバイなどへ渡っていった。

「優秀な人は日本人だろうが外国人だろうが去っていくんですよね。(日本社会にとって)損なんです。日本の国立大学で、国から奨学金をもらって勉強する人もいる。なのに海外へ行ってしまう。

(日本が)かけたお金はどうなるんですか。お金も時間もかけて育てたのに、優秀な人材が出ていく。それはもったいないですよね」

シャハランさん自身には日本から出るという考えはないのだろうか。

「何と言っても日本が大好きですから。良いところたくさんあるじゃないですか。もし誰かが日本の悪口を言っていたら、いくらでも口喧嘩しますよ」

■大学生に伝えたこと

そして5月15日。武蔵野大学のキャンパスを訪れたシャハランさんは、傍目から見ると緊張しているようにも見えた。

教壇に立つシャハランさん
教壇に立つシャハランさん
Fumiya Takahshi

シャハランさんがまず説明したのは、日本語があまり上手ではない外国人への扱いだ。

「外国人がどれくらい日本語ができるかで(扱いが)真っ二つに分かれてきます。日本語が上手くないと『お客様』扱いされます。

仕事は手伝ってくれますが、その代わり、子供扱いされる。『あの人は呼ばなくていいよ』とミーティングに呼ばれないこともある。これは中小企業に限った話ではありません」

一方、日本語レベルの高い外国人に待ち受けているのが、日本の企業文化の洗礼だという。シャハランさんが経験したものの中には、理不尽な慣習もあった。

「一番嫌だったのは身体的なコミュニケーションです。『なんでこんなに痩せてるの?』『君太ってるね』とか。当たり前のように言い合っています。

文章になっておらず、規定に載っていないルールもあります。

例えば(定時が)9時なのに『お前明日7時に会社来い』と言われる。規定でも何でもない、でも朝早く行かなきゃいけない。これは何ですか?敢えて言えば、立派なハラスメントですよね。

『お茶いれてくれ』とかもありました。給料をもらっているのはお茶いれるためなのか?というのは当たり前にありました」

学生からは様々な反応が上がった
学生からは様々な反応が上がった
Fumiya Takahashi

授業に参加した学生の中には、留学生も少なくない。シャハランさんは、留学生と日本人学生に、それぞれ違ったメッセージを送った。

「留学生に言いたいのは、日本人になりきる必要は全くない。なれないですから。日本はとっても良い国ですよ。素晴らしい。でも日本人にはなれない。

文化の違い、言葉の違い、生まれ育った環境がそれぞれ違う。日本人になろうぜと甘く見ないほうがいい。

逆に日本人も『外国人を日本人にしよう』なんて思わないほうがいい。思ってはいけないと思う。

日本人にだってそれぞれ色々な色があるんだから、外国人だってひとくくりにしてはいけない。みんな人生経験もバックグラウンドも違う。みんなが違っていて良いと思う」

シャハランさんが提案するのは、国籍で人を区切らず、相手を一人の「個人」として捉えるコミュニケーションだ。

「皆さんは将来、部下を持つかもしれないし、人事担当者になるかもしれない。国籍は関係ない、国は一切関係ない、階級は全く関係ない。高い、高いモチベーションを持てるような組織を作ってください。仕事場が良くなれば日本の未来はまちがいなく明るくなるんです」

シャハランさんがおよそ1時間に渡って授業を行う間、熱心にノートを取り続ける学生の姿も見られた。質疑応答の時間になると、2年生の女子学生が手を挙げた。

女子学生:

「私は『郷に入っては郷に従え』という言葉が好きではありません。

『ここはこういうところだから』みたいな空気感を出された場合に、角を立てずに自分の考えをどう伝えられるかを聞きたいです」

「自分の考えを伝える方法」を質問する学生
「自分の考えを伝える方法」を質問する学生
Fumiya Takahashi

シャハランさん:

「『ここ日本だよ、お前が来ているんだよ』と良く言われました。

最初のうちはしょうがないと思っていましたけど、よく考えたらこれはしょうがなくないし、自分なりの意見を言うようになりました。

会社に入ってから実際にそれができるか、上司に言えるかは分かりません。ただ、言わないと、ずっとそのまま(定年)退社まで行ってしまうかもしれません」

授業を終えると、疲れを覗かせながらも充実した表情を見せたシャハランさん。

参加した学生たちは近い将来、社会人としての一歩を踏み出す。シャハランさんの話は彼らに響いたのだろうか。

質問した女子学生は「○○人とか、国籍でくくらないように気をつけたい」と気づきを得た様子。

一方で、中国からの男子留学生は「伝統的な企業文化と最近の企業は違う。時代は変わっているし、(シャハランさんの考えに)賛成できるところもあれば、違うなと思う部分もあります」と疑問も残ったようだった。

「彼らが社会に出る前の良い前準備になってくれれば」とシャハランさん。要望があれば、他の大学などでも自身の体験を伝えていくことにしている。

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