【新型コロナ】ウイルスとの共生に向けて私たちができること

封じ込めができなかったいま、集団免疫率に到達することで終息します。その場合、日本に住む 29〜60%の人が感染すれば終息に至ると理論上は考えられます。
閑散とする上野公園=3月15日、東京都台東区
閑散とする上野公園=3月15日、東京都台東区
時事通信社

2年前、発熱で救急を訪れた台湾人、病名は…

ちょうど今から2年前…3月19日の深夜でした。

沖縄観光に来ていた30代の台湾人男性が、発熱と発疹を訴えて当院の救命救急センターを受診されました。診察した救急医は、その臨床所見から麻疹を疑って隔離しました。鋭い判断でした。

翌朝、この患者さんを診察した私は、典型的な麻疹所見を認めながらも、すぐには信じられず、友人の台湾人医師にメールしました。その彼の回答も「台湾は麻疹を排除している。昨年は輸入症例が1例だけだった。信じられない」というものでした。

日本語も英語も話さないため、この台湾人男性の問診には時間を要しましたが、つい最近までバンコクに滞在していたことが分かりました。やはり、これは麻疹の可能性が高いと考え、保健所にPCR検査を依頼したところ…なんと麻疹が確定しました。

残念なことに、この台湾人男性は、発症してから受診するまでのあいだ、県内各地を観光しておられました。その後、次々に二次感染者、三次感染者が発生し、私たちは封じ込めに力を注ぎましたが、約2か月で終息するまでに、県内で99人もの感染者が報告されるに至ってしまいました。死亡者や後遺症を残された方が出なかったのは幸いでしたが…。

実は、沖縄には麻疹が流行しやすい素地があります。ひとつは、アメリカ占領下の60年代に、子供たちへワクチン接種が行われたこと。本土よりも早い接種でした。これにより子供たちで流行しにくくはなったものの、接種が1回のみだったため、免疫が不十分で感受性のある世代を増やしてしまった可能性があります。

ただ、やはり、離島という特性が大きいと私は感じています。今でこそ多くの観光客が沖縄を訪れますが、もともとは孤立した静かな島でした。感染症は持ち込まれにくく、麻疹が持続的に流行するに十分な人口規模もありません。沖縄本島はともかく、宮古、八重山、慶良間などの離島には、感染したことがない大人たちも少なくないでしょう。

麻疹、最後の大流行は1951年のグリーンランド

ここで少し、麻疹と人類の歴史を振り返ってみます。

麻疹の起源は、文明の揺籃期にあったメソポタミア流域と考えられています。イヌあるいはウシに起源をもつウイルスが、ヒトとの共生(牧畜)とともに感染したのです。やがて、ウイルスはヒトからヒトへと感染できるように変異し、都市をたどりながら流行しはじめました。紀元前3000年頃のことです。

麻疹は、極めて感染力の強いウイルスですが、恒常的に流行するためには、数十万の人口規模が必要とされます。ですから、限られた大都市にのみリザーブされ、ときどき農村や離島へと持ち込まれ、免疫のまったくない人々に壊滅的な被害をもたらしました。

たとえば、1875年のフィジー諸島。

王族がオーストラリアを公式訪問した際に、フィジー王とその王子たちがシドニーで麻疹に感染したのです。フィジーへと戻る船内で、一行は麻疹の発生に気づきました。ところが、王室はそれを隠蔽しようとしたのです。黄色い信号旗を掲げることなく、沖合で検疫停泊をすることもなく、そのまま母国へと上陸してしまったのです。

それから3カ月の間に、麻疹はフィジー諸島全域へと広がりました。免疫もなく、十分な医療にもアクセスできない離島住民たちは、なすすべもありませんでした。大人も子供も感染していき、人口15万人のうち4万人が死亡してしまったのです。

麻疹が最後に大流行したのは、1951年のグリーンランドでした。南部に住む4262人のうち、わずか数十人だけが感染を免れました。これを最後に、人類社会における爆発的な麻疹流行は認められなくなりました。麻疹ワクチンが開発されたのは、それから10年を経た1960年代のことでした。メソポタミアの流行から実に5000年を要しました。

ちなみに、何人が免疫を獲得すれば収束していくか(集団免疫率)は、基本再生産数(R0)を用いて (1-1/R0)×100 と計算されます。R0とは「ある感染者が免疫のない集団に入ったときに直接感染させる平均人数」のこと。麻疹のR0は 12〜18 とされており、集団免疫率は 92〜94% と計算できますね。

しばしば、麻疹ワクチンについて「子供たちの接種率95%を達成しよう」と呼びかけられますが、これは集団免疫率の計算式から導かれたものです。基礎疾患があったり、ご両親が懐疑的だったりして、ワクチンを接種できないお子さんがいますが、これらは5%までは容認できます。むしろ、子供たちの95%がワクチンをしっかり接種しておけば、そういうお子さんたちを含めて世代的に守っていけるのですね。

人類とウイルスの都合のよい共生とは

ところで、麻疹を含めた感染性の強い疾患の多くが、もっぱら小児期に感染し、成人と比すれば病原性が低いことを特徴としていました(ワクチンが普及するまで)。風疹や水痘、おたふく風邪もそうですね。決して小児にとって安全というわけではありませんが、初感染では小児よりも成人において致命率が高いという臨床的特徴があります。

むしろ、そのような疾患でなければ、人類社会で持続感染しえないのかもしれません。比較的元気に動き回って感染を拡げる子供たち…ということ。

一方、成人は既感染なので免疫を有しており、感染しないか、感染しても極めて軽症(風邪)で終わってしまう。これがウイルスにとっても、人類にとっても都合のよい共生なのでしょう。

理論上は日本に住む29〜60% の人が感染すれば終息に…

そろそろ、目下の、新型コロナウイルスの話をしましょう。

いま、このウイルスが人類社会へと急速に広がろうとしています。彼ら(ウイルス)にとって、すべてが「処女地」であり、もはや封じ込めることは困難です。高齢者や基礎疾患を有する人への高い病原性を持っていますが、子供たちへの病原性は低く、人類社会に定着する都合よい性質を有しているようです。これが偶然のものなのか、計算されたものなのか…知る由もありませんが。

ともあれ、封じ込めができなかった以上は、集団免疫率に到達することで終息します。新型コロナウイルスのR0は 1.4〜2.5 と試算されていますから、日本に住んでる人の 29〜60% が感染すれば終息に至ると理論上は考えられます。

ところで、これまで知られていたコロナウイルスのうち4種類は、私たちが「風邪」と呼んでいる病気の10〜15%程度を占めています。ありふれたウイルスなのですね。ただ、これらウイルスも、かつては同じように動物からヒトへと感染したものであって、世界的流行を引き起こしていた可能性があります。

一方、重症急性呼吸器症候群(SARS)と中東呼吸器症候群(MERS)については、あまりに病原性が高すぎるため、人類への適応に失敗しているとも言えます。

今回の新型コロナウイルスも、これから私たちは次々に感染しながらも、代わりに免疫を獲得していきます。たしかに、再感染の報告もあるようですが、おそらく(基礎免疫を獲得しているので)軽症だろうと考えられます。

こうして、冬のシーズンに流行を重ねつつ、数年かけて大人たちは初感染による基礎免疫を獲得し、いわば5番目の「風邪」コロナウイルスとして、人類社会に定着するのだろうと私は思ってます。その後も子供たちにとっては初感染でしょうが、多くが軽症なので問題にならないはずです。

この新型コロナウイルスの流行については、一定人数が感染して集団免疫を獲得するまで、もしくはワクチンが開発されるまで、いかに高齢者や基礎疾患のある人たちを社会の協力のもとで守っていくかが重要です。これらハイリスク者にとっては、危険なウイルスだという認識が必要です。

そして、医療機関へのインパクトを減らすべく、皆さん協力してください。軽症の方まで殺到すると、医療機能が低下するばかりか、そこで感染が広がってしまうリスクすらあります。終息に至るまでのあいだ、救急外来と病床を適切に運用しながら、重症者の命を救える体制を維持しなければなりません。

【参考文献】
山本太郎『感染症と文明 − 共生への道』(岩波新書/2011年)

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