「女優が女優を演じる」是枝裕和監督の新作。実写の吹き替えに初挑戦した宮本信子さん・宮﨑あおいさんの思いは?

是枝監督最新作『真実』が10月11日、公開を迎えました。
(左から)是枝裕和監督、宮本信子さん、宮﨑あおいさん
(左から)是枝裕和監督、宮本信子さん、宮﨑あおいさん
Eriko Kaji

是枝裕和監督の最新作『真実』が10月11日、全国公開される。

カトリーヌ・ドヌーヴさん演じる国民的大女優ファビエンヌが、「真実」というタイトルの自伝本を発表したことをきっかけに、ジュリエット・ビノシュさん演じる娘リュミールとのこじれた親子関係を取り戻していく姿を描いた本作。

「良い母になるよりも、女優を選んだの」。予告編に登場する台詞があらわすように、ファビエンヌは奔放で自分勝手なキャラクターだ。一方で、「女優」としての人生に自らを投げ打つ様子はひたむきで、その不器用な姿には愛おしさも感じさせる。

全編フランス語で、舞台はパリ。日本語吹き替え版の製作には、宮本信子さん、宮﨑あおいさんが参加した。ファビエンヌというキャラクターを通して是枝監督が描いた「女優像」について、宮本さん、宮﨑さんは何を感じたのか。

是枝裕和監督、宮本信子さん、宮﨑あおいさんの3人に、話を聞いた。

実写吹き替え初挑戦。難しさとおもしろさ

《日本語吹き替え版を製作することが決まった時、是枝監督の頭に真っ先に浮かんだのが宮本さんと宮﨑さんだったという。二人にとって実写の吹き替えは初めての挑戦。吹き替えの演出自体は別の監督が担当したが、事前に是枝監督が、作品の世界観を伝えるためのミーティングの場を設けたという。》

――超ワガママ大女優、ファビエンヌに声を吹き込んだ宮本さん。実際にやってみていかがでしたか?

宮本信子さん(以下「宮本」):実は、今回お話をいただいたときは正直ちょっと迷いました。吹き替えの仕事をすることはないだろうと思っていましたので。

是枝監督とは、三年前に伊丹十三賞を受賞していただいたご縁もありましたし、「受けて立たなくては!」と思いやらせていただくことにしました。

実写映画の吹き替えは初めてのことでしたので、収録前に実際に是枝監督と打ち合わせをさせていただきましたね。

それで最初に是枝監督とお打ち合わせした時に「ちょっとこんなこともしてみていいですか?」とご相談したりして。

宮本信子さん
宮本信子さん
Eriko Kaji

是枝裕和監督(以下、是枝):打ち合わせというか、本当に顔合わせ程度のものだったんですけど、その時に宮本さんが持ってこられた台本に、ものすごい量の付箋が貼ってありました。

ドヌーヴさんって比較的フラットにすーっとセリフを言われる方だから、そこに多少、感情の抑揚をつけても大丈夫か? という確認が宮本さんからあって。それはもう全然、そういう風にしていただいて大丈夫ですとお伝えしました。

――宮﨑さんはいかがですか?オファーがきた時のお気持ち、是枝さんと役についてお話した時の心境など…?

宮﨑あおいさん(以下「宮﨑」):是枝監督がフランスで映画を作られているのは知っていたので、お話をいただいた時は、その作品にこういう形で呼んでいただけるなんて光栄だなと思って、すぐにやりたいですというお返事をさせていただきました。

ただ吹き替えという仕事は初めてだったので、最初、何をどう準備したらいいのか、現場でどうしたらいいのか、一人で録るのか共演者の方と一緒に録るのかさえもわからず、本当にわからないことだらけでどうしようという不安がありました。

でも台本がすごくよくできているんです。間をあけて読むところには、台本にちゃんと隙間が空いていて、それ通りに読むと合うようになっていて。「合う!すごい!」ってびっくりしました。

これまでのお仕事とは違ったプロの世界を覗かせていただいたような気分でしたね。

宮﨑あおいさん
宮﨑あおいさん
Eriko Kaji
「真実」より
「真実」より
photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

「強くて何が悪いの?」 姿勢貫くファビエンヌという女優

《ドヌーヴさん演じるファビエンヌは、人生すべてを女優という仕事に捧げてきた。自伝『真実』にかいた半生も、自分にとって都合のいい“嘘”ばかり。映画の冒頭、記者からインタビューを受けるシーンで、自分の女優としてのDNAは誰に受け継がれているかと問われ「フランスにはいないわね」とバッサリ答える毒舌キャラだ。ちなみにこのやりとりは、映画作りの過程で是枝監督とドヌーヴさんとの間に実際になされたものだという。》

――ファビエンヌは随分パンチのきいた女優ですね。是枝さんがこれまで描いてきたどの映画の主人公とも違う印象でした。

是枝:今回の作品は「演じるってなんだろうか」という非常にシンプルな問いからスタートしました。2003年くらいに日本で舞台用に書いていた物語が元になっています。

キャリア晩年を迎えた女優が、自分が演じる役が掴めなくて、出番を待っている楽屋と、その芝居の千秋楽が終わった後の楽屋。その二つだけを舞台にしたものでした。

そこから発展して映画にしていくとなったときに、女優になり損なった娘と母の話にしていこうかなという変化が一つ加わって、「あ、これがフランスだとすると、カトリーヌ・ドヌーヴなら地でできるな」と思ったわけです。

本人は「この人は私とは全然違うわ」とずっと言い張ってましたけどね(笑)「私はヒョウ柄のコートにヒョウ柄の靴は履かない。そんなダサいことはしない」と言っていました。

そういう発展の仕方なので、最初はファミリードラマを作ろうとしていたわけでもないし、前作『万引き家族』の事件性みたいなのともちょっと違うところからのスタートなんですね。あくまで主題は、演じるということ。

「真実」より
「真実」より
photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

――劇中には「(私は)良い母になるよりも、女優であることを選んだ」というショッキングなセリフもあります。宮本さん、宮﨑さんは同じ女優として、女優であることに全てを捧げるファビエンヌに共感する部分はありますか?

宮本:ファビエンヌと私とは、全く違うタイプの女優ですね。

私は若い時から自分の人生をきちんと生きる、ということが大切大事だと思っていますので。だから、ファビエンヌの娘のリュミールは本当に大変。よくできた娘なんです(笑)。

一同:(笑)

宮﨑:ファビエンヌは、私がこれまで出会ったことのないタイプの女優さん。というより、出会ったことすらないタイプの人ですね。日本にいたらなかなか出会えないと思いますし、何だか別世界のお話という感じがしました。同じ女優という職業であっても、自分と「通ずる」なんて言ったらおこがましいくらい違っていますし、次元が違う、という気がします。

――是枝監督、すごい人を生み出しましたね。

是枝:半分はドヌーヴさんです(笑)

宮本:女優は特殊な仕事ですけども、ファビエンヌはワガママで自分勝手ですよね。ただ、理解できるところもあるんです。「強くて何が悪いの?」と言っていて、なるほどファビエンヌがいうセリフだなと思いました。でもやっぱりこの役はドヌーヴさんでなければ演じられなかったでしょうね。

Eriko Kaji
Eriko Kaji

フランスと日本、是枝監督が感じた文化の違い

《ファビエンヌが語る数々の“女優観”のなかに、「チャリティーをしたり、政治的なことに口を出す女優は『女優』という仕事に負けた」という趣旨の言葉がある。同じく俳優の道を歩んでいるアメリカ人の娘婿・ハンクに向けられた台詞だが、「#MeToo運動」などを筆頭に現代社会で起きている出来事を思い起こさせるような、ドキッとさせるシーンでもある。》

――日本は欧米に比べてそもそも俳優が社会的・政治的なメッセージを発することが少ないように思いますが、これはフランスならではのセリフだったのでしょうか。是枝監督はどんな思いでこの言葉をファビエンヌに言わせたのでしょうか。

是枝:あのセリフは、ファビエンヌだったら強がって絶対そう言うはずだと思って書きました。そしてその強がりが、言葉はわからないけど、イーサン演じるハンクにはわかるっていう感じがいいなと思って。

強がりではあるんだけど、それを言えるキャリアを重ねてこないと口にもできないセリフでもあるしね。

宮本:ファビエンヌにしか言えない、彼女らしい、とてもいいセリフだと思います。

是枝:実際ドヌーヴさん自身は社会的なことにも関心が高い方で、ちゃんと発言もして、物議も醸してこられているので、その辺りはファビエンヌとは違うんですよね。チャリティーもされていますしね。

――ファビエンヌのセリフは、是枝監督から日本の俳優、女優へのエールのようにも感じました。監督は日本の俳優がもっと社会的な活動をしたり、政治的発言をした方がいいと考えていますか。

是枝:もちろん、もっと発言した方がいいと思う。俳優だけじゃなくて監督もですけどね。だから出来るだけ僕はやっているつもりです。

例えばフランスでの撮影は、月曜から金曜日に映画現場で働いて、土日の休みにイエローベスト運動のデモに行くスタッフもいる。撮影期間中、ビノシュさんは土日にテレビの番組に出演して、環境問題に関するパネルディスカッションで自分の考えを話したりしていました。そういうことをみんなが当然のことのようにやっていて、そういう文化なんですよね。

でも、前提となる労働環境や文化が全然違っているから、短絡的に「日本でもやろうよ」というのも結構ハードルが高い部分もあるかもしれませんけど。

是枝裕和監督
是枝裕和監督
Eriko Kaji

《フランスでは、労働は原則1日8時間までと法律で決められている。『真実』の撮影現場でも、朝の10時に準備開始、11時にランチ、12時から19時半まで撮影を基本とし、土日と夜間は休み。子役の撮影は学期中は1日3時間まで、バカンスは4時間までというのをルールとしたという。》

――どうすれば日本の労働環境も変わっていけるでしょうか。

フランスの映画現場は圧倒的に進んでいます。

シングルマザーで子育てをしながら撮影部のチーフを務めています、みたいな女性もいて。ちゃんと8時前に仕事が終わるから、家に帰って子どもと一緒にご飯を食べられるんだな、と思いました。

やっぱりそういう環境を整えていった上で、社会的だとか政治的だとか、そういう発言ができるんだなと思いますよね。その前段部分がまだ日本の撮影現場は整っていないな、と感じます。だから、そこは取り組んでいかなくてはいけない、という危機感も改めて持ちました。

映画『真実』は、「女優が女優を演じる」というメタ的な構造である上に(さらに劇中劇も登場する)、吹き替え版にはまた別の二人の女優が参加するという多層的なつくりになっている。

誰かの人生を演じることを生業とする「女優」という仕事。そのありさまを通して、「生きること」と「働くこと」は、どんな風に歩調を合わせるものなのだろうか、と考えさせられる。

『真実』は、字幕版・吹き替え版ともに10月11日より全国の映画館で公開される。

映画「真実」

10月11日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開

「真実」メインビジュアル
「真実」メインビジュアル
©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

宮本信子さん

ヘアメイク:光倉カオル(dynamic)
スタイリスト:石田純子(オフィス・ドゥーエ)
衣裳協力:クチーナ(ルッカ)

宮﨑あおいさん

ヘアメイク:中野明海(AIR NOTES)、AKEMI NAKANO(AIR NOTES)
スタイリスト:藤井牧子 MAKIKO FUJII
衣装協力:REKISAMI

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