生徒が学校清掃することを日本から学ぶシンガポール

2016年、シンガポールの教育省は国民の度肝をぬく政策をぶちあげました。公立の小学校・中学校・高等学校の生徒に、学校での毎日の清掃を義務付けたのです。

生徒の学校清掃は当たり前ではない

2016年2月25日、シンガポールの教育省は国民の度肝をぬく政策をぶちあげました。公立の小学校・中学校・高等学校の生徒に、学校での毎日の清掃を義務付けたのです。毎日の義務活動を通じて、良い生活習慣を身につけることを、狙いにしています。期間は、2016年の終わりまで、まずはやってみるということです。

「え?生徒が学校の掃除するなんか当たり前」と思われた方、そうではないのです。世界には学校の清掃を、生徒がする国と、清掃員がする国とがあります。シンガポールでは清掃員がする国です。日本でも、大学以降では学生が掃除をしないのは一般的です。それが早い年齢で起きるのです。

シンガポール教育省MOEはマスコミからの取材で「生徒の学校清掃は日本や台湾からヒントを得た」と公言しています。「私が若い時にも清掃は自分達でやっていた。以前あった良き習慣をすすめたい」とのことです。

生徒の掃除支持派 vs 清掃員の掃除支持派

生徒が学校清掃をすることは、常には善ではありません。生徒が清掃することを支持する人の主張と、清掃員が清掃することを支持する人の主張を記します。

私の周囲のシンガポール人や、ネット掲示板から反応を集めました。生徒本人でなく親や成人の視点です。

  • 清掃はいいことだよ。今は家庭でちゃんとしつけてないし。
  • 20年ぐらい前の俺達の時代は、学校で掃除してたよ。班に別れて当番制だった。
  • それがいつの間に、いったいなんでまた、生徒が掃除しなくなったんだ。
  • 日本でもやってるよね。俺達もできるんじゃね。
  • 子どもはただでさえ忙しいのに止めて欲しい (が、積極的に抗議できない認識はある)
  • 時代はX世代から通りすぎてストロベリー世代だよ。自宅でメイド・両親・祖父母に世話されてるから、できないんだ。
  • そこまでしてコスト削減したいのか。
  • 教室の清潔さもKPIで評価されるんだろ。
  • 徴兵(NS)での軍規を、小学生まで低学年化するんですね。※シンガポール人男子は全員徴兵。彼らにとって清掃義務と言えば、徴兵時の兵舎の清掃
  • 職業軍人出身者に教育担当をさせるとこんなことに。※現在の教育省の小中高担当トップNg Chee Meng氏はシンガポール空軍で将軍。退役し2015年総選挙後に現職。48歳
  • 教室から食堂まで行進して移動するようになるんですよね。わかります。
  • 学校制服点検も忘れちゃいけない。※シンガポールの学校は制服があります
  • 今の徴兵がこうだからなぁ(冗談含む)。軍曹「新兵、寝台と周囲を片付けて、就寝の準備をしろ」 新兵「軍曹殿。片付けのやり方が分かりません。学校で教えられていないので。ほうきとちりとりの使い方も分かりません。不必要な怪我を防ぎ、仕事を失わないようにプロの清掃員がするか、メイドを自宅から連れて来てさせるのはどうでしょうか」 軍曹「...」

マスコミの反応

政府系ということもありますが、シンガポール最大手紙の社説では全面支持で、私の抄訳を付けます。

多くの人は、生徒の学校清掃義務化に疑問を持っている。シンガポールではポイ捨ては罰金の対象だが、昨年は2万6千人の罰金者がおり、そのうち7割が国民と永住者だ(住民比率は7割が国民と永住者だが、短期滞在の旅行者も多く、外国人ばかりが汚しているわけでない、という主張)。シンガポールの清潔さは、国民の努力でなく、清掃員の努力の結果なのが問題である。リー・シェンロン首相が、昨年の音楽イベント後のあまりの汚さに苦言を呈したこともあった。親は過保護の子どもに清掃を教えるより清掃員に頼る。今までシンガポールは何度も同種の試みに失敗してきている。

Straits Times: Tidy classroom = clean Singapore

野党の反応

シンガポール野党SDPも賛成をしました。「生徒の責任感覚を養成するのに役立つため歓迎するが、生徒がすることとしないことに教育省MOEのガイドラインが必要」ということです。

当初から「日本を参考にした」と公言していたので、反響が大きいこともあってか、"学校清掃のアジアのトップランナー"としてシンガポールの日本人学校が取材をうけています。取材で日本人学校は「清掃で社会に敬意を払い、社会地位や貧富によらず対等になる」と意義を主張。校長は「清掃・時間厳守・年長者への挨拶といった美徳を若者に教えることは、日本教育で長年重要」と道徳や価値観を中心に理由を述べています。

シンガポールでなぜ議論が沸き起こったのか

肯定派、否定派、ネタにした人と色々ありますが、議論が沸き起こりました。なぜこんなことになったのかというと、

  • 勉強など、親にとって掃除より優先順位が高いことがある
  • 家庭の道徳・価値観に、政府が踏み込んだ

の2つが理由と私は理解しています。学校が勉強を超えた指導に入る時、家庭が身構えるのはどこの国でも自然な防衛反応です。

その一方で、現在のシンガポール人の子どもたちが、親・祖父母・メイドの世話になりっきりで、家事が苦手なのは親も認めるところです。自宅でも清掃できる子どもが少なく、自分で清掃できない人は周囲を汚すというのが、政府が清掃を強制する理由の一つであることは、公言しているように間違いないでしょう。

シンガポールはポイ捨て罰金に象徴されるように、ピカピカに清潔な国という誤解を受けがちですが、そんなことはありません。罰金は本当にありますし、外国人がよくいるオーチャードや金融街や観光地は確かに清潔です。しかしその一方で、ベッドタウンに行くとポイ捨てをする人を、他のアジア諸国ほどの頻度ではないにせよ、見かけるのは確かです。

「公共の場の掃除は誰がすべきか」は議論になっても、「公共の場を汚すべきでない」「シンガポールもいつまでも清掃員やメイドに頼れるか分からない」「自分の身の回りの掃除は自分ですべきだ」ということには、シンガポールでも異論がほぼないことが見えてきました。

シンガポールの政策は朝令暮改です。成果が上がらないとなると、転身は早いです。来年以降も生徒の学校清掃が続くのか、興味深いです。

本記事は下記からの要約です。今後、修正・改訂が発生した際には、下記で実施します。

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