有権者の24%が投票した自民党、64%が投票したシンガポール与党~シンガポール総選挙~

シンガポール総選挙で、与党PAP (People's Action Party: 人民行動党) が全89議席中83議席を獲得し、得票率69.86%で、次期も政権を擁立することになりました。

シンガポールで総選挙が2015年9月11日に行われました。本記事ではシンガポール選挙や制度の特徴を書きます。

投票率は93.56% でした。与党PAP (People's Action Party: 人民行動党) が全89議席中83議席を獲得し、得票率69.86%で、次期も政権を擁立することになりました。PAPは1959年以降現在にいたるまで、一度も途切れること無く、単独で政権を擁立しています。前回2011年総選挙から10%近く得票率を回復し、2001年からの下落傾向を強く押し返したことで、与党PAPの地滑り的大勝と言われています。

地図で赤色が与党PAPが勝利した選挙区、青が野党WP(労働者党)が勝利した地域です。29選挙区中、27で与党が勝っているので、真っ赤っ赤です。

有権者の64%が投票したシンガポール与党、有権者の24%が投票した自民党

「独裁政権」「強権政治」などという批判を受けることがあるシンガポールの政治ですが、その源泉は国民が政府を信任していることによります。

シンガポールで与党PAPの投票者からの得票率は69.86%、日本では2014年衆議院議員総選挙小選挙区での与党自由民主党の得票率は48.10%です。ところが、母集団を投票者から全有権者にすると、シンガポールでは全有権者のうち64%が与党PAPに投票し、日本では自民党に投票したのは24%にとどまります。日本がシンガポールの民主主義を批難できるのか、ということもありますが、1/4で政権をとれる日本の民主主義には不安にもなります。シンガポールの一党政権は、中国と並んで評価されることが多いのですが、シンガポールは選挙で国民からの信任を得ていることが最大の違いです。

シンガポール選挙の特徴

シンガポールでは投票は国民の義務

94% という脅威の高投票率を支えているのは、投票が国民の義務であることです。棄権者は病気・海外に居たなどの理由でごく僅かな6%にすぎませんでした。棄権者には罰則があります。

  • 選挙人名簿からの抹消 (抹消されると、投票も立候補もできない)
  • 選挙人名簿への復活には申請が必要。棄権への適切な理由(投票日に海外に居た、病気・出産等)がなければS$50 (約4,500円) が課せられる

シンガポール選挙局: NON-VOTERS

投票日は休日に

投票は国民の義務です。投票日は休日になります。今回は金曜日で平日したが、休日になりました。

投票の頻度が少ない

日本では国会だけでも衆議院と参議院が2つあり、しかも地方議会で県知事、都道府県議会、市区町村長、市区町村議会、と色々あります。

シンガポールでは、補欠選挙を除くと、5年任期の国会議員を選ぶ選挙と、6年任期の大統領を選ぶ選挙の2つしかありません。都市国家なので地方議会はもともと存在しません。それだけ貴重なので、投票に足を運ぶ義務感も強いです。大統領は権限がほとんどない儀礼的な存在で、一院制の国会議員選挙が重要です。

秘密投票

シンガポールは秘密投票です。票の不正操作もありません。他国からの視点でも、米国国務省の国別人権レポートは「最新の2011年の選挙は野党にとって自由で公正で開かれたものだった」と描いています。

日本人には当然に見えますが、東南アジアで厳密にこれを実施するのは難しいです。あまりに同じ党が長期間にわたって政権を持っていて強いので、事情を知らない人は不正を疑うのですが、秘密投票で票の不正操作もなく長期政権を実現しています。確かに数十年前では「野党に投票して大丈夫だろうか」「野党に投票した公務員が解雇された(ただの偶然ですが)」という噂もありましたが、大丈夫なことは確定しています。政府が秘密投票を約束しているだけでなく、野党も票の不正操作を訴えませんし、反政府論調のニュースサイトすら「秘密選挙で安全だから、野党に入れよう」と説得している記事もあります。

投票には、郵送される投票券(投票所で公式の投票用紙に交換される)とICという国民背番号制の写真付き身分証明書の2つが必要なため、日本より投票者確認は厳格です。

シンガポール選挙局: BALLOT SECRECY

得票率30%の野党が議席率7%: グループ選挙区(GRC)

それでは、シンガポールの選挙が常に公平なのかというと、そうではありません。野党は選挙制度に様々な不満を持っています。例えば、選挙区です。シンガポールでは小選挙区制度を更に進めたグループ選挙区(GRC)という制度があります。グループ選挙区とは、1つの選挙区に4人から6人の議席が割り振られ、その選挙区で最多の得票を得たチーム(党)が議席を全部取る、というものです。

一般的に、大選挙区では、得票率に準じた議席が獲得されるが、小政党が乱立し意思決定に弱くなります。小選挙区では、死票が増えるが、二大政党制に近づきます。グループ選挙区の趣旨は、最低1人のマイノリティ民族の候補者を義務付けることで、議員の多様性を確保することです。

議席1つの小選挙区でも小政党には難しいのに、グループ選挙区では更に議席取得の難易度が高まることが問題点です。選挙区が大きくなる=平均化される、ということで、小選挙区以上に大政党が有利になります。今回の選挙で、30%の得票を得た野党が7%しか議席を得ていないのは、小選挙区に加えグループ選挙区が理由です。つまり、グループ選挙区とは小選挙区が狙いとする二大政党制を超えて、強力な一党政権(ヘゲモニー政党制)を作り出す制度です。

選挙区割はゲリマンダーと訴える野党

シンガポールでは選挙区はシンガポール選挙局 (ELD) が策定します。総選挙の前に行われる選挙区の再区割りでは、「新しく公団 (HDB) ができた」といった人口動態などに基づいて行われているとの説明です。しかし、シンガポール選挙局は、行政機構として独立しておらず、スタッフは政府が任命し、首相府の直属になります。

この点から、与党に有利な区割りが行われていると、野党は捉えています。選挙で特定の政党や候補者に有利なように選挙区の区割りが行われることをゲリマンダーと言います。

今回の選挙では、2011年の選挙でPAPが"歴史的敗北"と評されたのは得票率低下と初めてグループ選挙区(アルジュニード)を落としたことですが、該当のアルジュニード選挙区は区割りの変更が行われませんでした。しかし、従来グループ選挙区だったFengshan地区が小選挙区になったのはゲリマンダーだ、と野党WPは訴えています。

一般的にゲリマンダーでは、議席数に偏重を付けられても、全体の得票率は操作困難です。与党が勝ち続けているシンガポールで、与党得票率が特に重視されるのは、議席以上に得票率が与党への信任をあらわすためです。

「これら肯定・否定があっても、多数の国民が圧倒的に支持をしているのがシンガポールの与党PAPだ」という複雑な前提でシンガポールを理解する必要があります。

次回の記事では、今回の選挙結果の分析を書きます。

※本記事は下記の要約です。

注目記事