スノーピークはなぜ「野良着」を作ったのか。デザイナーが見つめる「働き方改革」と地場産業への思い

「遊びながら仕事をしよう」

アウトドア用品大手の「スノーピーク」(新潟県三条市、山井太社長)が、野良仕事で着るようなデザインのアパレル商品を開発、販売を始めた。おしゃれで機能的なアイテムで、キャンパーたちから絶大な人気を誇るスノーピークが、なぜ泥臭いイメージの「作業着(ワークウェア)」を売り出すのか。「生みの親」である企画開発本部長でデザイナーの山井梨沙さんに聞いた。

インタビューに応じる山井梨沙さん=東京都渋谷区
Kazuhiro Sekine
インタビューに応じる山井梨沙さん=東京都渋谷区

――おしゃれで洗練された商品で知られるスノーピークが、なぜワークウェアを発売したのでしょう。

そもそもスノーピークは新潟・燕三条の企業であるがゆえに、アウトドアブランドだけでなく、地場産業、地方のものづくりのプラットフォームになることを目指してきました。これはスノーピークの大切な理念なんです。私が2014年に始めたアパレル事業においても、それを続けたかったという思いがありました。

そんな中、素晴らしい技術があるのに廃業を免れない繊維関連の企業が日本のいたるところにあると知ったんです。背景には、コストを重視する業界の傾向がありました。価格競争でどうしても中国など海外勢に日本の企業は負けてしまうんですね。

Kazuhiro Sekine

「失ってからでは遅い」と思いました。アパレル業界は巨大です。私たちは小さい組織かもしれませんけど、盲目的にコストを追い求める風潮に「ノー」と言いたかった。

そんな思いをより一層強くした出来事がありました。新潟・佐渡島の「裂(さ)き織り」の技術を受け継ぐ女性に会ったんです。

方言では「サッコリ」と言いますが、江戸時代から続く伝統的な織物で、ぼろぼろになった大漁旗を女性たちが裂いて、それをまた生地にして漁師らの防寒着にしていました。コスト重視の流れの中で苦境に立たされている地場産業を救い、その技術を生かすプロジェクトを考えたとき、まず目をつけたのがこの裂き織りでした。

この織り方が満足にできるのは、今や佐渡に住む1人の女性だけ。そこで、私は織っている様子をまずは見せてもらおうと彼女に電話したんです。そしたら、彼女は「実は疲れてしまって。もうやめようと思ってる」と。こちらも「そこをなんとか」とお願いしました。

「そこまで言うなら、縦糸をかけて待ってます」と彼女はいったん言ってくれたんですが、実際に訪れると、「やっぱり、縦糸はかけられなかった」と暗い顔をして言うんですね。織る気力がないという感じでした。なんとか説得を試みようとしたんですが、だめでした。

Kazuhiro Sekine

素材選びは振り出しに戻ったんですが、この時、痛感したんです。自分が目の当たりにしている以上に、誰にも知られず、ひっそりと消滅している地場産業や伝統技術があるんじゃないかと。

今はまだ廃業していなくても、技術の「担い手」が高齢化し、後継者が不足していることも起きている。地元の新潟では、縫製工場のどこに行っても「若手」は40代後半とかです。

じゃあ、本当に若い人はどこにいるかというと、コンビニエンスストアとかで働いている。そんな現実への危機感から生まれたのがこのワークウェアのシリーズです。地場産業の技術を生かしつつ、そこで働く人たちを応援したいという気持ちを込めています。

――商品化されたワークウェアはどんなものですか。

コンセプトはずばり「野良着」です。私がデザインしたのですが、日本の伝統的なワークウェアを考えた時、野良着に行き着いたんです。野良着という日本古来からの服を通じて、日本の文化や産業を知るきっかけにもなると思いました。

ワークウェアシリーズが並ぶスノーピークの専門店=東京都中央区の東急プラザ銀座
Kazuhiro Sekine
ワークウェアシリーズが並ぶスノーピークの専門店=東京都中央区の東急プラザ銀座

素材は新潟の栃尾(現長岡市)の業者に頼みました。普段から取引のある業者なのですが、ここは特別な技術を持っています。「スペック染め」と言って、かすれたような風合いが出る、独特な染め方。職人が手作業でやっています。

Kazuhiro Sekine

商品のラインナップは、はんてんやパッチ(ももひき)などのほかに、ジャケットやシャツ、パンツなど、私たちが普段着ている衣類に発展させたデザインもあります。

Kazuhiro Sekine

このプロジェクトによって生産者のモチベーションを上げるだけでなく、消費者にとっても、誰がどう作っているかというストーリーを知ってもらうことができると思っています。

――ワークウェアと言いながら、今回発売した商品はいずれもデザイン的に洗練されていますし、価格も高めです。その上、販売しているのは銀座のど真ん中にある店などです。本当の意味での作業着として身につけてほしいのか。それとも、日常のファッションとして着てほしいのでしょうか。

第一には、地元で働く人たちのワークウェア、というのが根底にあります。彼らを応援したいという思いがありますから。例えば新潟の地元の企業がこのワークウェアをユニフォームとして採用してくれれば、特別な割引制度も用意しています。

Kazuhiro Sekine

あと、このシリーズを東京や大阪などに限定しているのは、そうした大都市で、地方から出てきた人が再び地方に戻って暮らす「Uターン」や、都会から田舎に移住する「Iターン」を望む人たちが増えていると思うからです。

都会で働くのか、それとも地方で働くのか。そういう二極化ではなくて、どっちで働いてもいいじゃないという、働く場所のボーダレス化への思いも今回の商品には込めています。

仕事で着るのか、普段着として切るのか、それは個人の好みだと思っています。もちろん、ファッションとして着てもらってもかまいません。それをきっかけに新潟の地場産業のことを知ってもらえたらもっとうれしいですね。

Kazuhiro Sekine

そもそも私たちのアパレルは、「まちと自然は境界線がない」ということをコンセプトにしています。仕事の時にも着ることができる。アウトドア用の靴だけ履き替えれば、そのまま自然にも行ける。そんなイメージです。

だから、今回の商品も、働くということと、プライベートを隔たりなくしようということを提案しています。両者の境目なく着られるように考えています。

私たちは日頃から、アウトドア服を着て仕事をしています。そして休日、キャンプに行くときは同じ格好なんですね。仕事でスーツを着なきゃいけないという固定概念がない企業です。そんな社風が商品にも反映されています。消費者の皆さんにも、働くことについて考えるきっかけになればと思います。

――そこはすごく面白いですね。社会は今、「働き方改革」に代表されるように、だらだらと長時間働くのではなく、働くこととプライベートをきっちり分けようという方向です。ところが、スノーピークの理念は、働くことと、プライベートが「シームレス」(地続き)。多くの人は普通、その境目のなさに悩んでいると思うのですが...。

なるほど。私たちにとっては当たり前すぎて逆に考えもしませんでした。そうかあ。プライベートと仕事を切り離すってのが、日本のスタンダードなんですね。働くってことと、遊ぶってことを、スノーピークの企業文化では分けて考えてないんですよね。

今の社長は私の父なんですが、私が1歳の頃からキャンプによく行っていたんですね。だから、私にとってアウトドアは自分の生活にとっては当たり前の要素。私という人間のバックグラウンドですよね。その上で、好きなファッションがそのまま仕事になった感じです。遊びながら仕事をしている感覚に近いでしょうか。それぐらい自然。

Kazuhiro Sekine

好きなことを仕事にしているんで、仕事のストレスがありませんでした。会社行きたくないって思ったことは1回もないです。働くことは私にとって、人生で一番やりがいを感じ、好きなことなんです。

休日の遊びも仕事につながっていて、休みの日、暑いときに汗をだらだらかきながらキャンプして、「あ、こういう素材があったらいいかも」とか、よく仕事のヒントを思いつきます。もし仕事が大好きだとしたら、仕事とプライベートの境界があいまいでも、それは苦にならないのかもしれませんね。

Kazuhiro Sekine
プロフィール

山井梨沙(やまい・りさ) スノーピーク取締役、企画開発本部長。新潟県出身。文化ファッション大学院大学でファッションやデザインを学んだ後、2012年にスノーピークに入社。2014年にはアパレル事業を始める。社長の山井太氏は父。