なぜ彼らは、スーツを借りにくるのか? 就職したい彼らが抱えるリアルな実情

「育て上げネット」僕たちのところにスーツを借りにくる若者が毎年、20~30名います。彼らはなぜスーツを借りにくるのでしょうか?
企業説明会を訪れる就活生
時事通信フォト
企業説明会を訪れる就活生

日常着ではないスーツを買う、経済的余裕がない

2004年に私が立ち上げた「育て上げネット」、若者の就労・自立を支援する認定NPOです。年間約2,000名の無業の若者の相談に乗る活動をしています。相談に来るのは、何年も自室から出てこられなかった若者、対人不安やコミュニケーションに苦手意識を持つ若者などです。働く自信を獲得するため、就職活動への足掛かりをつかむために来られます。

そして、僕たちのところにスーツを借りにくる若者が毎年、20~30名いるのです。なぜなら、僕たちが10年前から、若者にスーツを貸し出す活動を行なっているから。彼らは、インターネットで調べたり、市役所や社会福祉協議会で紹介されたりして、僕らの元にやってきます。

では、彼らはなぜスーツを借りにくるのでしょうか?

採用面接やインターンシップが決まった若者たちが、チャンスをつかむため、しっかりとした準備をしたいと考えることは当然です。

そうした場でスーツの着用を義務付けている会社がどれくらいあるのかはわかりません。でも強制はしないにしても、面接を受けたり、会社で働いたりするのに“ふさわしい”服装を暗に求める職場が大半ではないでしょうか。

ふさわしい服装と言われたとき、みなさんはどんな服装を思い浮かべるでしょうか。多くの若者は、「スーツなら間違いないだろう」と思うものです。採用される可能性を少しでも高めたい、ネガティブな評価は避けたいと考えたとき、スーツを選ぶのは自然なことだと思います。

就業していない若者にとって、スーツは日常着ではありません。持っていない人も多く、面接やインターンシップに参加するためにスーツを買う必要が生じます。最近では、低価格で購入できるものが販売されているとはいっても、スーツ、ネクタイ、ベルト、靴、バッグを揃えるとなると、それなりの費用がかかります。仕事をしていないので収入がなく、家庭のサポートを得られない若者にとって、採用活動に“ふさわしい”服装を買う数万円の費用を捻出するのは簡単なことではないのです。

実際に、僕たちのもとにはいろいろな事情を抱えた若者がやってきます。

例えば、なかなか仕事が決まらず、貯蓄にも余裕がなくなった女性は、「やっと決まった採用面接に着ていくスーツが準備できない」と育て上げネットに連絡をくれました。社会福祉協議会の窓口で、僕たちのところに連絡をすればスーツを貸りられると、教えてもらったと言っていました。

ほかにも、インターネットで調べて、「面接が決まったものの、スーツを準備することが難しい」と連絡をくれた男性は当初、スーツを貸してほしいということでした。話を聞いてみたら、スーツだけではなく、経済的に、シャツやバッグなども買うのがむずかしそうだったので、一式借りていきました。長期間ひきこもり状態で収入がなく、いっぱいいっぱいの生活で、就職活動に必要な服装一式を購入することはできないということでした。

服装を整えられないのを理由に面接を受けることに躊躇する若者

「面接にスーツを着ていく必要はない」「スーツ着用を面接で義務付けてはいない」という採用担当者もいるでしょう。しかし、なんとか採用してもらいたいと願う若者にとって、ふさわしい服装を問われたとき、真っ先に思いつくのはスーツです。

理想を言うならば、インターンシップや採用面接でのスーツ着用は不要な社会になってほしいと考えています。なぜならスーツだけがふさわしい服装とは思いませんし、なにより資金が乏しい人にとって、採用されるかどうかわからない段階で服装に何万円もコストをかけることは、生活費を削ることに繋がるからです。

服装を整えられないのを理由に採用面接を受けることに躊躇している若者がいるとしたら、「スーツは初任給が出てから、必要に応じて購入すればいいんだよ」と伝えてあげるだけで、どれほど大きな後押しになることでしょう。

でも残念ながら、現在の日本社会はそのような環境にありません。

だから僕たちが「未就業で経済的に余裕がない若者の課題を解決していかなければならないと」声を上げるだけでは若者の状況は改善されない。

そういった趣旨の記事をブログで書いたところ、複数の企業から協力の声をかけてもらうことができました。

例えば、東芝は社会貢献担当の方が社員に声をかけて、多くのスーツを集めてくれました。スーツだけではなく、化粧品もたくさん寄贈してくれたのです。スーツを借りに来るのは男性だけでなく女性もいます。お化粧をした経験があまりない方もいます。そういう女性は、これから働いていくにあたってお化粧も少しはしたいけれど、たくさんの化粧品をそろえる余裕がない。そもそもどのようなものを選んでいいかもわからないケースが多い。そんな女性たちにとって試供品などでもらった化粧品を寄贈していただくことは、大きな助けになります。

そしてレナウンで行なっている『着ルダケ』というビジネスウェア月額利用サービスの担当者からも連絡をいただき、スーツとシャツ20着を若者のために提供してくれることになりました。

担当の越田さんからは、

「私たちは“全ての働く人をビジネスウェアにまつわる手間や労力から解放し、心豊かなライフスタイルの実現をサポート”することを事業ビジョンとして『着ルダケ』をローンチしました。一方で、働く意欲があっても就職活動をするための経費負担が厳しい方々もいらっしゃることを知り、ご協力できることがあればという思いからご連絡差し上げました。日本の労働力人口不足が懸念される中、『着ルダケ』が提供したスーツを着用して就職活動された方が活躍なさることで豊かな社会を次の世代につなげる橋渡しになれば幸いです」という言葉をいただきました。

これから働こうとする若者にとって、交通費やスーツなどを準備することは簡単ではありません。今後、若者が働き始める前の費用負担が低減されていく社会になることを願いながら、育て上げネットにできることをひとつずつしていきたいと思っています。

最後に、育て上げネットからお願いがあります。

育て上げネットでは、若者に貸与するスーツはできるだけクリーニング済みのものを提供したいと考えています。レンタルだから多少汚れていてもいいとは思っていません。

これから社会に出て仕事をしようとしている若者の自尊心を大切にしたいし、きれいなスーツで勇気ある一歩を応援したいと考えているからです。

クリーニングなどにかかる費用は寄付で賄っております。若者の一歩を後押したいと思ってくださる方がいらっしゃいましたら、ご寄付という形で応援していただけないでしょうか。

これから社会に出て、働こうとする若者を一緒に応援してください。

寄付はこちらから受け付けております。