脊髄の一部を迂回して脚動かすのに成功

人は脳からの信号を下半身に伝える脊髄を損傷すると、脳と脚に問題がなくても歩行障害が生じる。こうした場合に、脳から腕の筋肉へ伝えられる信号をコンピューターで読み取り、その信号に合わせて腰髄を磁気で刺激して、脚の歩行運動パターンを自分の意思で制御することに、生理学研究所(愛知県岡崎市)の西村幸男(ゆきお)准教授らが世界で初めて成功した。

人は脳からの信号を下半身に伝える脊髄を損傷すると、脳と脚に問題がなくても歩行障害が生じる。こうした場合に、脳から腕の筋肉へ伝えられる信号をコンピューターで読み取り、その信号に合わせて腰髄を磁気で刺激して、脚の歩行運動パターンを自分の意思で制御することに、生理学研究所(愛知県岡崎市)の西村幸男(ゆきお)准教授らが世界で初めて成功した。

脊髄の一部を迂回(うかい)して、人工的に脳と腰髄にある歩行中枢をコンピューターなどでつなぐ方式を実現したもので、手術に頼らない下半身まひの治療法として期待される。生理学研究所の笹田周作研究員(現・相模女子大学講師)や福島県立医科大学の宇川義一教授、千葉大学の小宮山伴与志教授らとの共同研究で、8月13日付の米科学誌The Journal of Neuroscienceオンライン版に発表した。

ヒトが歩くときの脚の運動は、脚の複数の筋肉が協調して、さらに左右の脚が連携して活動して形成される。この複雑な筋肉活動は、脳から腰髄に存在する歩行中枢への指令で制御されている。研究グループは、脊髄損傷でこの接続が断たれても、脳も腰髄の歩行中枢も機能を失っていないことに着目した。「脳の信号をコンピューターで読み取り、歩行中枢に伝えることができれば、脚の歩行運動を制御できる」と考えた。

研究グループは男性の健常人10人(23~52歳)で脳の信号を手や腕の筋肉から記録した。それをコンピューターで読み取り、その信号に合わせた刺激パルスを直ちに腰髄の歩行中枢へ、背中に貼ったコイルを通じて磁気の刺激で伝える方式を考案した。神経や手足に障害がない健常人に、このコンピューターの脊髄迂回路を使ってみたところ、歩行パターンを意図的に誘発したり、止めたりすることができた。歩く速度を上げ下げすることも可能だった。この実験で、脊髄損傷で下半身まひの患者が随意歩行を再建できる道が開けた。

西村准教授は「サルで実験を重ねて、ヒトに応用できる展望を切り開いてきた。脊髄損傷の患者で損傷されずに残った機能を利用して、手術したり電極を埋めたりしないで、随意的な歩行を再建できる可能性を示すことができた。刺激によって痛さを感じない強度で、歩行中枢の神経へ刺激伝達の効果があった。しかし、現段階では、脚が障害物にぶつかった際の回避や立位姿勢の保持が制御できないなど、大きな課題もある。今後、慎重に安全性を確認しながら、臨床応用に向けて研究を進めていきたい」と話している。

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科学技術振興機構 プレスリリース

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