パタゴニアに春が来た!

私たちも同じで、変わり行く、移り行くのが、本来の姿なのだ。

原生林と川と湖と氷河に囲まれた南米チリのパタゴニア地方で暮らす私たちの日常のストーリーを綴っています。今回は、その19回目です。

「シンプル・ライフ・ダイアリー」 9月30日の日記から

今朝は、霧雨が降っていた。雨は、優しく植物たちの上に降りかかり、成長を助けているようかのようだ。窓越しに庭を眺めていると、雲の合間から、太陽が出てきて、木の葉をきらきらと照らし、まるで、光の妖精が踊っているように見えた。

私は、春が好きだ。長かった冬が終わり、野菜の芽がひょっこりと顔を出しているのを見つけるのは、本当に嬉しい。冬の間、何も起こっていないように見えても、植物は土の中でエネルギーを蓄えて、土から顔を出す準備をしている。そうやって、私たちは春が来たことを知る。

嬉しくなって、庭に出てみると、数日、家を空けていた間に、野菜たちの背丈が急に伸びたことに気がついた。ニンニクとチャイブは、もう30センチ近くまで伸び、ついこの間、芽が出たばかりのルバーブの葉は、手の平より大きくなっていた。

Paul Coleman

「木乃実、庭にたくさんミントが生えてきたよ。気がついた?」家に戻って来ると、ポールが、言った。

「どこ?」

「キッチンの前のガーデンだよ。100本以上もミントが生えてるよ!」

信じられなかった。ミントは、夏の終わりに、数本、移植したのだけれど、その後、ちっとも成長せずに冬を迎え、いつの間にか、枯れてしまっていた。ところが、見に行ってみると、ローズマリーとチャイブの後ろに、100本以上ものミントが、小人のようにひょっこりと顔を覗かせていた。

「わあ!」

私はしばらく、美しいミントの葉に見とれていた。植物の生命力は、素晴らしい。エネルギーに溢れていて、いつも驚かされる。

Paul Coleman

グリーンハウスの中では何が起こっているだろうと、今度は、キッチンに隣接しているグリーンハウスを見に行った。すると、去年の秋に植えたブドウの木からは、若葉が生え、アスパラガスからは、可愛らしい芽が生えていた。

「ポール!ブドウの木、生きてたよ!アスパラガスも、生えてきた!」

「ワオ。ファンタスティック!」ポールが言った。

ブドウは、秋に苗木を植えてから、葉が落ちて、枯れてしまったように見えたし、アスパラガスは、すでに収穫が終わって何も生えていない株を植えたので、春に芽が生えて来るのかどうか、確信が持てなかった。だから、どちらも、枯れずに生きていたことがわかって、本当に嬉しかった。

今日は、朝食用に青梗菜と小松菜、水菜を間引いて、ショウガ、ニンニクのみじん切り、海の塩とオリーブオイル、醤油を加えてサラダにした。

「うーん、美味しい!」

ポールは、フレッシュな青菜を心行くまで味わって、幸せそうだった。間引いた青菜は、柔らかく、ビタミンやミネラルがたっぷり。口に運ぶと、栄養が身体の隅々まで行き渡って行き、身体が欲しているものを与えているという実感があった。

次に、オートミールを作った。季節が変わるに従って、食べる物が変わって行くのが面白い。冬の間は、オートミールにケールの葉を入れていたのだけれど、春になって、花を付け始めたので、葉が育たなくなった。すると、ちょうど良い具合に、冬眠していたチャイブとフダン草が一気に伸びて、ちょうど食べごろの大きさになっていた。そこで、今日は、チャイブとフダン草を刻み、オートミールに入れた。

朝食の後は、ソラマメの苗を畑に植えた。ソラマメは、直接、畑に蒔くと、ナメクジに食べられてしまうので、今年は、シリアルが入っている箱を取っておいて、その中に種を撒き、グリーンハウスの中で苗を育ててみた。苗が15センチぐらいに大きくなったので、それを、箱ごと、畑に植えた。

Paul Coleman

苗は、十分に大きくなったので、ナメクジに少しばかり葉を食べられても、枯れてしまう心配はない。箱ごと植えたのは、ソラマメの根を傷つけないため。箱は、土の中でミミズの餌になり、分解されるので、ちょうどいい。ソラマメの傍には、ホウレンソウと葉ネギも一緒に植えた。

次に、丘を下り、下の方にある段々畑へ移動した。ここには、菊芋が植わっている。菊芋は、ヒマワリの仲間で、背丈が2メートルぐらいになる。食べるのは、根っこで、形は、ショウガに似ている。味は、甘いゴボウと言った感じだ。

今日は、菊芋を掘り起こして収穫し、一部は、土の中に残した。こうしておくと、また来年の春に大きくなったものを収穫できる。そして、菊芋の周りには、グリーンピースを蒔いてみた。うまくいけば、グリーンピースの蔓が、菊芋の茎に巻きついてくれるだろう。

私たちにとって、畑は、食べ物を作る場所であると同時に、美しいガーデンでもある。だから、見た目の美しさもとても大事だ。ヒマワリに似た菊芋に、グリーンピースの蔓が絡まって、天高く伸びたら、とても、きれいだろうなあと、想像して嬉しくなった。

畑仕事を終えた後は、菊芋の発酵ピクルスを作った。菊芋を1センチぐらいに角切りにし、クミン、ターメリック、ニンニクとショウガのみじん切り、唐辛子と混ぜ、それをガラスの広口ビンに入れる。そして、そこに、5%の塩水を入れ(塩は海の塩を使う)、菊芋が浮いてこないように重石をして、軽く蓋をする。室温で2週間ぐらいおくと、これが、カリカリとして、驚くほど、美味しいピクルスになる。この間、友達のマグダの家に行った時、これをお土産に持って行った。マグダの家族や友達が集まるランチの時に、これを出したら大好評で、あっという間になくなってしまった。

Paul Coleman

こうして、野菜を育て、食べ物を作り、友達や家族とシェアできることは、本当に幸せだし、季節の移り変わりと共に生き、変化を楽しみ、毎日、違ったことが起こる日々を慈しむ人生は、豊かだと感じる。自然と共に生きていると、変化するのが自然であり、変わらないものは何もないと気づく。私たちも同じで、変わり行く、移り行くのが、本来の姿なのだ。

夜が訪れると、蛙の歌が聞こえ始めた。最初は、1匹だけだった。夜になると、「ゲコ、ゲコ、ゲコ」と低い声が聞こえ、それが2週間ぐらい続いた。

Paul Coleman

すると、今度は2匹になった。「ゲコ、ゲコ、ゲコ」と1匹が低い声で鳴き、それに答えるように、もう1匹が少し高い声で「ゲコ、ゲコ、ゲコ」と鳴いていた。そして、いつの間にか、声は5匹ぐらいになった。ある者は、丘の上にある池の周りで鳴き、ある者は、丘の下にある池の周りで鳴いていた。そして、突然、昨夜、それは大合唱になった。「ケロ、ケロ、ケロ、ケロ」と、まるで鈴が鳴っているような美しい合唱だった。

「春が来た!春が来た!」

蛙たちは、そうやって私たちに春の訪れを教えてくれているのだった。

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