「ルールを変えられない日本社会」。スプツニ子!さんが「女子減点社会」にアートで挑む理由

2018年、医学部入試の女性差別を風刺したアート作品『東京減点女子医大』を発表したスプツニ子!さん。アートを志した背景や、作品に込める思いを聞いた。
スプツニ子!さん
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HUFFPOST JAPAN

2018年8月、大学医学部が一般入試において女子受験生の得点を一律減点し、合格者数を抑えていた問題が明るみになった。

そんななか注目を集めたのが、アーティストのスプツニ子!さんと西澤知美さんが共同で発表したアート作品『東京減点女子医大』だ。入試における女性差別の問題を、ユーモアを交えて痛烈に風刺した。

スプツニ子!さんが、ジェンダーの問題をアートにする背景には、どのような思いがあるのだろうか。

ハフポスト日本版がメディアパートナーを務めた3331 ART FAIR 2020で『東京減点女子医大』が展示されたことを受けて、ハフポスト日本版 竹下隆一郎編集長がスプツニ子!さんに公開インタビューをした。その様子は、Twitter番組「#ハフポストLIVE」で生配信された

「感動した」「背中を押してもらった」など、視聴者から反響が大きかった同番組を振り返る。

(配信後の追加取材なども踏まえ、発言の一部を編集しています)

「開いた口が塞がらない」世界から驚かれた医大入試における女性差別

スプツニ子!さん
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“ 架空の大学『東京減点女子医大』。ここでは、日本の医療界から排除されてしまった女性たちが、一般の男性たちを「エリート男性ドクター」に改造し、ドローンで全国の病院に配送する。こうすることで、女性たちは優秀な頭脳を無駄にすることなく、日本の医療界に貢献できる ”

アート作品『東京減点女子医大』は、そんな皮肉の効いた作品だ。

作品の背景には、スプツニ子!さんが、医学部入試での女性差別に感じた「怒り」があるという。

「ただでさえ日本の女性は『女の子は勉強しない方がいい』などと社会に言われて、それを乗り越えて勉強しても、大学に組織的に減点されるって、相当ショッキングな出来事でしたよね。女性の生き方を『結婚して子ども産んで辞めるんだろ?』って完全に役割分担で制限してるのが信じられないなと思います」

『東京減点女子医大』
『東京減点女子医大』
スプツニ子!さんご提供

『東京減点女子医大』はニューヨークなど、海外でも発表された。作品を通して入試での女性差別問題を知った海外の人の多くが、ショックを隠しきれない様子だったという。

「開いた口が塞がらないという反応でしたね。『東京減点女子医大』は、日本の現状を皮肉った架空のブラックユーモア大学なんですが、ニューヨークの人からは『どこからリアルで、どこからフィクションかわからない』と言われました。そもそも女性を減点してたこと自体がびっくりで、そこからがフィクションかと思っていたら、そこがリアルだということに驚かれたんです」

『東京減点女子医大』
『東京減点女子医大』
スプツニ子!さんご提供

一方日本では、作品に対して批判の声もあったという。

「匿名の医療関係者からTwitter上で、『外野は黙ってろ』『女性医師が増えると、男性医師の負担が増える』みたいなツイートがきたりとか。やっぱりこういう声もあるんだなと思いましたし、問題は根深いなと感じました」

ルールを変えられない日本社会

スプツニ子!さん
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国際的に見ても、日本における女性医師の割合はかなり低い水準だ。OECD加盟国で比べると、女性医師が70パーセントを超えるエストニアや、40パーセント前後のアメリカやフランスと比べ、日本はわずか21パーセントだ。

OECD加盟国における女性医師の割合
OECD加盟国における女性医師の割合
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「性役割というか、『男はこう生き、女はこう生きる』っていうのが、日本ではいかにガチガチに固められているかを示していると思います。それによって、才能ある女性たちが、いかに夢を砕かれているか。そして型にはめられた男性たちも同様に生きづらいと思います」

スプツニ子!さんはこう指摘し、「男性しか働かない前提で作られた、これまでのシステム」を見直す必要性を訴える。

一方、教鞭をとっていた大学ではこんな出来事があったという。

「医大入試の女子差別について法学部で話したら、一部の学生が『私立の大学ですし、大学側が男性を多く欲しいと思って女性を減点することは、別に違法ではありません。合法なのに何がいけないのか』と言ったんです。(編集部注:このインタビューが行われた後、東京地裁で違法の疑いがあるとする判断が示されている)

でもこの問題は、法律上の違法か合法かだけで判断していくものではないですよね。人権とは何かということを、将来法律を作る立場になる法学部生こそ考えて欲しいなと思います。

もし今の法律が、人権や生き方に対して制約を与えてるんだったら、その法律自体を考え直さないといけないですよね。今ある法律をそのまま読んで、そのまま実行して、それっきりというマインドセットでは、黒人や女性の参政権獲得など、歴史上の変化は生まれません」

ルールや法律はあくまでも、人々がより生きやすい社会を作るために「変えていくもの」。「女性医師は出産や育児で働けない」ではなく、彼女たちが働ける環境に変えていけばいい。スプツニ子!さんはそう問いかける。

忘れられない、東大の女子学生とのエピソード

スプツニ子!さん
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スプツニ子!さんはこれまで、男性でも生理を体験できる「生理マシーン」を扱った動画作品『生理マシーン、タカシの場合。』など、女性をテーマにした数々の作品を発表してきた。

これらの作品の多くに込めてきたのは「女性に勇気を持ってほしい」という思いだ。

2013年に発表した『ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩』という動画作品をめぐっては、記憶に残る出来事があったという。

この作品は、主人公「セレナ」が、スプツニ子!さん扮する「ルナ☆ガール」というスーパーヒーローに憧れ、彼女のようなかっこいい足跡を月面に残したいという思いから「月面ローバー」を自ら開発するというストーリーだ。「宇宙、そしてテクノロジーの世界に、もっと多くの女性に飛び込んでもらいたい」という思いを込めたという。

すると昨年、東京大学での授業後、スプツニ子!さんのもとにある女子学生が駆け寄ってきた。

東大でAIの勉強しているという彼女は入学前、地元の両親から「女の子が東京大学に行くんじゃない。地元の医大に行きなさい」と反対されていたという。落ち込んで悩んでいた矢先、『ムーンウォーク☆マシン』に出会った。

作品に勇気付けられた彼女は、両親に動画を見せながら「この作品を作ったスプツニ子!さんはMITで助教をしている。女性もエンジニアリングを専攻する時代、私も同大で工学を学びたい」と自分の思いをプレゼンし、両親を説得して東大に入学したのだという。

「それを聞いたとき、本当にアーティストをやっていてよかったなと思いました。誰かにそういう勇気を持ってもらえたら嬉しいと思って制作してきたので、彼女の言葉には本当に感動しました」スプツニ子!さんはそう話す。

テクノロジーの世界で女性が活躍する大切さ

スプツニ子!さん
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自らもテクノロジーの世界に身を置いていたスプツニ子!さんは、『ムーンウォーク☆マシン』で込めたメッセージと同様に、「テクノロジーやサイエンスの世界にもっと多様性を」と訴える。背景には「テクノロジーの世界に多様性がないと、マイノリティにとって生きづらい社会が生まれてしまう」という危機感があるという。

男女共同参画白書によると、大学や大学院で理学や工学を専攻する女子学生の割合は30パーセント未満だ。

スプツニ子!さん自身も、イギリスでコンピュータサイエンスを学んでいた大学時代、100人のクラスメイトのうち女性はわずか9人だけだったと話す。そんな環境で勉強をしながら、当時こんなことを考えたという。

「人間って、宇宙に行って月に降り立ったり、ゲノム編集したり、難病を治療したり、様々なことをテクノロジーで叶えてる。でも、当時大学生だった私は『こんなにテクノロジーが発展しているのに、どうして女性はいまだに毎月生理になるのだろう』って思っていました。私の生理を止めるより、月に行く方が難しくない?って。他にも、こんなに人間の寿命が伸びているのになぜ妊娠・出産のタイムリミットは、原始時代からあまり変わらないのだろうなど、気になって調べれば調べるほど、テクノロジーとジェンダーに関する課題が沢山出てきました。おそらくテクノロジー・ビジネス・政治の世界がこれまで男性中心だったので、テクノロジーを駆使して女性のニーズや課題を解決しようという流れに、世の中があまりならなかったんだと思います

スプツニ子!さん
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サイエンスの世界のジェンダーギャップの弊害は「日本における低用量ピルの認可の遅さ」が物語る。

低用量ピルはアメリカでは1960年代に認可されたにも関わらず、日本で認可されたのは1999年。国連加盟国の中で最も遅れた認可だった。

「ピルって避妊だけじゃなくて、ホルモンバランスを整えるとか、生理の不調を緩和するとか、女性の健康にとって大事な薬ですが、日本では認可にものすごく時間かかりました。一方、(男性の勃起不全の治療薬である)バイアグラに関しては、100人以上の死亡例が報告されていたにも関わらず、世界でも率先する猛スピードで、たった半年で承認されたんです。だから、どのテクノロジーとサイエンスがその国で優先的に開発されたり、広がったりするかというのは、その時の社会的、政治的、宗教的な要素にすごく左右されるんだなと感じました。テクノロジーやサイエンスの世界に女性が少ないと、こんな事態が起きるんだと思うんです」

スプツニ子!さんは、こうしたテクノロジーとジェンダーの問題を社会で広く議論するために、アーティストを志したのだという。

スプツニ子!さん
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今後も、アートとテクノロジーの分野から、女性とマイノリティの課題にアプローチしていきたいと話す。

「自分ができることを全力でやるし、それを見て『私も何かしたい』と思ってくれる人が増えると嬉しいなと思っています」

『東京減点女子医大』のパンフレットはこちらから購入可能。収益は全てプランインターナショナルという、世界中で子供の権利が守られ、女の子が教育等で差別されない社会の実現のために活動しているNGOに寄付します。

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