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2020年01月31日 11時47分 JST

ルームメイトのイスラム教徒は「普通の女の子」だった。マンガ『サトコとナダ』から学ぶ等身大のムスリム女性

「全部は分かりあえないよ」「分かりあえなくても一緒にいられるの」作品のなかには、違いを認めながら他者と共生していく手がかりが転がっている。

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ユペチカ、西森マリー(監修)『サトコとナダ1』 (星海社COMICS)

 ルームメイトの女の子から見たイスラム社会:ユペチカ 西森マリー(監修)『サトコとナダ』

最近の米国とイランの関係悪化など騒然とした中東・イスラム圏のニュースは日々、耳に飛び込んでくる。今や世界人口の4分の1がイスラム教徒で、将来には「3人に1人」までその割合は高まるとされる。都内でも最近、ヒジャブを身に着けた女性を見かけることが増えた。

とはいえ、多くの日本人にとってイスラム教やその信者はまだ遠い存在だろう。一方的に流れてくる不穏な国際ニュースの洪水と、不足がちな等身大のイスラム教徒の実像。この情報ギャップを埋める良質なコンテンツとして、『サトコとナダ』(星海社)を紹介したい。

お目にかかれない本音トーク

 米国の大学に留学したサトコはルームシェアのパートナーとなるナダと出会い、初めて目だけをのぞかせた「ニカブ」を見て、「私はこの人と仲良くしていけるのだろうか…」と衝撃を受ける。ナダはサウジアラビア出身で医師を目指している。共同生活の中で2人は宗教観を含めてお互いの文化への理解を深め、親友となる。そこに他の学生たちが絡み……といった筋立てで、読み味はよくあるエッセイマンガに近い。

フィクションではあるが、作者は『このマンガがすごい!』(宝島社)のインタビューで、着想とキャラクターの造形は自身の留学経験がもとになっていると語っている。本作は『このマンガがすごい!2018』オンナ編3位に選ばれている。

この作品のユニークさは、イスラム教や信者の価値観を、若いムスリマ(女性信者)の「肉声」で伝える新鮮な視点にある。

念入りに手入れした髪を「綺麗だから」ヒジャブで隠すという美意識。ニカブを着ることに「選択の自由があればいいのに…」と語りつつ、身を守る楯のようにまとえば「無敵の気分」になるという身体感覚。そして、友人宅で開く「女子会」では、ヒジャブやニカブは脱ぎ捨て、スイーツとアロマ入りキャンドルではしゃぐ。

作中のムスリマたちは、サトコが漏らすように、少し我々と価値観や慣習が違うだけで、「普通の女の子」でしかない。

明るい面だけでなく、イスラム圏の女性が置かれている抑圧や人権問題も正面から描かれる。たとえばアフガニスタン出身で既婚のパキザがヒジャブでの外出に緊張した表情を見せると、夫が「ここはアメリカだよ ブルカを着ていないと撃たれるようなことはない」と慰めるシーンがある。あるいはナダが婚約相手の職業について「蚊帳の外」に置かれ、仲立ちする兄から「だって女性に仕事の話をしたってしょうがないだろう」と言い放たれ、涙を流して怒る。

こうしたイスラム教の持つ男尊女卑の側面は、一般書籍やメディアでは西欧的な価値観との対比で取り上げられる機会が少なくないが、「犠牲者」のストーリーがニュースのなかで語られるとき、それはどうしても遠い国の出来事として距離感が開いてしまう嫌いがある。

『サトコとナダ』が「普通の女の子」たちを描くマンガだからこそ、この距離感を縮めて、読者は親しみを持った登場人物たちの「当事者の問題」として共感できる。夫が2人目の妻を迎えると言ったらどうするかと問われて、パキザが「殺すわ」と即答するような本音トークは、ニュースや専門書の類ではなかなかお目にかかれないだろう。

イスラム教徒の日常や異教徒がどう接するべきかという基礎知識が、ギャグタッチや登場人物たちの交流のエピソードとしてちりばめられているのも魅力だ。お祈りや断食、食事、服装、家族関係や婚姻の手順などが、ちゃんとオチがついた4コマ漫画の中に織り込まれている。このあたりの知識も、通り一遍の入門書を読むより、マンガの方が楽しく学べて頭に残りやすいだろう。一通り知識があるつもりでいた私にとっても、例えば生理中の女性の振る舞い方の注意点や、お祈りに適した特殊なマニキュアなどといった部分は新鮮な情報だった。

「分かりあえなくても一緒にいられる」

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 私が本作を推すのは、日本には「イスラム教は怖い」という偏見が根強くあるからだ。作中にも日本人留学生がサトコに、いわゆる名誉殺人を例に「正直怖くないっすか?」と問うシーンがある。

2016年から2年のロンドン駐在の間、我が家の両隣にはイスラム教徒のご家族が住んでいた。わずかな期間のお付き合いだったが、お隣さんとはトラブルもなく、「普通の隣人」でしかなかった。不在時には宅配便の荷物をお互いが預かったり、庭に飛び込んできたボールやらを投げ返したりといった程度で深い交流があったわけではないが、ラマダン(断食)明けの宴席を庭で開いているときも、深夜まで騒ぐようなこともなかった。

近所の成績が良いと評判の女子校は、生徒の半分以上がブルカやヒジャブを身に着けたムスリマだったし、三女が通った地元の小学校では、送り迎えでヒジャブ姿のお母さんたちをたくさん見かけた。『サトコとナダ』に出てくる、ヒジャブにスマホをはさんで固定する「ハンズフリー通話」の小ネタには、「あるある!」と笑ってしまった。駅前の日本食材店でさばきたてのお刺身を盛った大皿にラップをかけて持ち帰るヒジャブ姿の女性をみかけたこともあった。

高層アパート・グレンフェルタワーの火災でのムスリムの若者の行動や、テロ犯に対して聖職者がとった冷静な対処からは、「西欧対イスラム」といった対立軸を超えて発揮されるヒューマニズムの貴さを知った(詳しくは筆者の『note』を参照)。

イスラム圏と、西欧的価値観やそれに近い日本社会の間には現実に違いがあり、「同じ人間だから共生できるはず」などと簡単に言い切るほど私は楽観主義者ではない。

それでも、その「違い」は、共生が不可能なほど高い壁だとは思わない。

作中、サトコはナダについて「全部は分かりあえないよ」「分かりあえなくても一緒にいられるの」と語る。イスラム教の男尊女卑の価値観も「なんじゃそりゃ〜」と納得できないと思いつつ、「それだけがナダ達のすべてじゃない」という理解に至る。

違いがあっても、お互いに正しく理解し合おうと努めれば、ともに社会の一員にはなれる。これは宗教に限った話ではなく、「イスラム教」というファクターも例外ではないと私も考える。

新しい世代への期待

最後にまた個人的なエピソードを。

私はこの『サトコとナダ』を、「我が家の三姉妹に読んでもらおう」と思ってつい最近、買い揃えた。ロンドン駐在の間、現地校に通っていた娘たちにはそれぞれ「ヒジャブっ子」の友だちがいたので、自分の経験と重ねて楽しめると思ったからだ。

ところが、「こんなの買ったよ」と見せたら、長女と次女はすでに読了済みだという。ネット上で無料連載されていたものをロンドン時代に先に読んでいたのだ。「懐かしい」と読み返してはいたが、私のようなオジサンより、子どもたちの世代の方がずっとアンテナが高く、良質なコンテンツへのアクセスが早いと痛感した。

作中でも、留学前は同調圧力に屈しがちで引っ込み思案だったサトコは、行動力と自立心をもった女性に成長し、ナダも徐々に世界を広げて「医師になる」という自分の夢を追う気持ちを固めていく。

中東情勢の混迷の先は見えないし、欧州では反移民の機運が高まったままだ。

それでも、固定観念にとらわれない新しい世代が育った先には、お互いを「同じ人間だ」と受け入れられる寛容な社会が来るのだと信じたい。もうすぐ50歳という私の世代が果たすべき役割は、混迷から理解への「橋渡し」になるのだろうと考えている。

イスラム教に関心のある若者や、少しでもネガティブなイメージを持っている中高年の方々は、まずはこのマンガで疑似ルームメイト体験をしてみてはいかがだろうか。

高井浩章 1972年生まれ。経済記者・デスクとして20年超の経験があり、金融市場や国際ニュースなどお堅い分野が専門だが、実は自宅の本棚14本の約半分をマンガが占める。インプレス・ミシマ社の共同レーベル「しごとのわ」から出した経済青春小説『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』がヒット中。 noteの連載はこちら→https://note.mu/hirotakai ツイッターアカウントはこちら→https://twitter.com/hiro_takai

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(2020年1月28日フォーサイトより転載)