いま、日本の難民認定はどうなっているのか? 「平成30年における難民認定者数等について」を受けて

3月27日、昨年の難民認定者数等が発表されました。いくつかの主要団体がその内容について声明やコメントを出していますが、そちらであまり触れられていないことを共有したいと思います。
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去る3月27日、昨年の難民認定者数等が法務省入国管理局(4月1日から「出入国在留管理庁」)によって発表されました。いくつかの主要団体がその内容について声明やコメントを出していますが、日本国内ではあまり触れられていないことで私が気づいたことをいくつか共有したいと思います。


1.庇護申請者数がほぼ半減

2017年には19,629人だった庇護申請者(日本政府による難民認定を求めている人)は2018年には10,493人に減りました。この理由の一つには、やはり2018年1月から「難民認定制度の運用の更なる見直し」に従い、庇護申請中の就労や在留を制限する政策が導入されたことがあると推察できます。

と同時に、就労・在留制限の政策に対してここまで迅速かつ大幅に庇護申請者が反応して日本行きを断念したとすれば、その背景には密入国業者、いわゆるブローカーの介在を疑わざるをえません。

というのは、大多数の(潜在的)庇護申請者にとって、上記のような政府の政策転換の情報をインターネット等から直接入手したり理解することは難しいからです。もちろん日本行きを断念した理由は、実際に出身国に赴いて直接インタビューをしてみないと究極的にはわかりませんが、通常、移民・難民は政府による公式発表よりも口コミやブローカー情報を信用するという傾向が、先行研究などで明らかになっています。

その一方で、実際に庇護申請した人達の振り分け状況を見ると、庇護申請の明らかな誤用・濫用と判断された案件は全体の22%のみで、それ以外は難民性や人道上の必要性が高いと思われた案件やその他となっています。庇護申請とは機械的に振り分けたり、誤用・濫用と一刀両断には判断ができない案件が多いということを物語っていると言えるでしょう。


2.庇護申請や審査請求(異議申請)が増えた国も

全体の庇護申請者数が半減する一方、庇護申請者が増えた国もあります。たとえば、カメルーン(ほぼ2倍)、パキスタン(1.5倍)、ナイジェリア(1.3倍)、カンボジア(1.2倍)、バングラデシュ(1.2倍)等です。特にカンボジア出身者による審査請求(一度政府によって難民不認定とされた人が異議を申し立てること)は3倍を超えています。

これらの背景には何があるのかについては、それぞれの国の状況や庇護申請者個々人の訴えを精査しないと一概にはなんとも言えませんが、たとえばカンボジアの人権状況は著しく悪化していることが報告されており、注視する必要があるでしょう。

3.申請時に正規在留者だったか非正規在留者だったかは無関係

今回の法務省発表の資料の随所に「申請時に正規の在留資格を持っていたか、持っていなかったか」というような表現が出てきます。ところが庇護申請者が非正規滞在者だったかどうかという話と、庇護申請の内容に信憑性があるかどうかは、ほぼ無関係です。

一般に難民とは、出身国政府から深刻な人権侵害を受けているか、そのような状況を出身国政府が放置・助長しているか、です。そのような人に対して出身国政府が(いやがらせの一環として)正規の旅券などを発行しないことも大いにありえますので、いわゆる偽装パスポートなどを使って入国する庇護申請者も少なくありません。

また当初はたとえば短期滞在などの在留資格があって合法的に日本に入国した人も、庇護申請の方法などがわからなかったり、また政府機関に対する恐怖心が著しく強いためにしばらく庇護申請をためらっていた間に在留資格が切れてしまった人もいるでしょう。申請時に非正規滞在者だったからといって、ただちに庇護申請の内容の信憑性が低いとは決して推測できないのです。

逆に、正規の自己名義旅券の発給を受けて来日したとしても、政治活動家などを政府が国外追放したいためにあえて正規旅券を発給する場合もあります。実際、公用旅券を持った政治家や外交パスポートを持った元外交官などが庇護申請するケースも諸外国では珍しくありません。いずれの場合でも、正規旅券で入国したかどうか、申請時に在留資格を有していたかどうかは、庇護申請内容の審査においてあまり意味がないと言えるのです。

4.公表された難民認定・不認定の事例について

まず、認定・不認定事例の内容と表現方法に、明らかに拡充と改善がみられることを高く評価したいと思います。事例公表がはじまった当初に比べると、明らかに入国管理局による難民認定制度に関する理解が深まっていることがはっきりとわかります。その一方で、特に難民と認定しなかったケースについて、まだ数点気になる点があります。

(ア) 不認定とされた理由の中に「過去に迫害を受けたことがあるか」が大きな判断理由になっている事例が散見されます。ところが難民認定とは、一般の刑事事件や民事事件とは大きく異なり、過去に本人が迫害の危険に晒されたかではなく、出身国に帰ったら将来的に迫害の危険に遭うおそれがあるかどうか、つまり「未来予測」を行う作業です。過去に全く迫害の危険が全くなかった人でも、帰国したら自国内での政変などにより命に危険が及ぶような人もいます(いわゆる「後発難民」)。よって、過去の経験を過度に重視することは、難民認定審査の根幹にそぐわない危険があります。

(イ) マフィアによる脅迫や親族間のトラブルが「難民条約上のいずれの迫害の理由にも該当しない」とされていますが、実はそうも言い切れません。たとえば特定の地域や村においてマフィアによる脅迫があるのに、政府がその地域や村は反政府的な意見を持つ人が多いからマフィア対策を怠っている場合、難民条約上の「政治的意見による迫害」に相当します。また、一部の中東地域で依然として行われている「名誉殺人」は「親族間のトラブル」の一言では片づけられない深刻な人権侵害で、「特定の社会的集団に対する迫害」の最たる例でしょう。したがって、表面上は「マフィアによる脅迫や親族間のトラブル」と見えたとしても、その裏にどういう事情があるのか、政府がそれらに対して差別なく効果的に対処できているのか、注意深く審査する必要があります。

(ウ) 「申請者が本国において個別具体的に標的とされていたかどうか」も、判断基準の一部となっているようですが、これは難民条約の読み間違いと言わざるをえません。もちろん、たとえば国の広範囲において一般的に治安が悪化しているとか、「テロ」の危険があるような場合には、何らかの「差別」が作用しているとは言えないので、難民条約上の「迫害」に当てはまるとは言い難いでしょう。けれども、たとえば政府組織が「この地域には反政府的意見を持つ人が多そうだからテロ対策を怠っている」とか、マフィアが「この地域は先住民族が多いし、政府の取り締まりも甘いから暴行や略奪を働こう」と狙っている場合、たとえ庇護申請者が個人的に標的になっていなかったとしても、団体・集団で差別的な扱いを受けていると言え、難民条約上の「政治的意見」や「民族」、「特定の社会的集団の構成員」による迫害と見なすことができます。重要なのは、難民条約上の5つの理由に基づく差別に基づく迫害があるかどうかであって、申請者が個人的に標的になっているかというような条件は、難民条約のどこにも書いていないのです。

(エ) このほかにも「兵役忌避」が庇護申請の根拠となりうるか、また、「自国内での他地域への避難の可能性」があるかどうかなど、国際難民法学者の間でも長年議論が重ねられてきた問題に日本も直面していることがわかります。これについては、かなり専門的な議論が必要になりますので、別の機会に譲りたいと思います。


難民条約が1982年に日本において施行されはじめてまだ40年弱。条約の理解と実施において一定の進展があったことが評価できるとともに、これからもまだまだ「伸びしろ」があると言えるでしょう。

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