「ゲイとして幸せな家庭を築く」と決意した。『僕が夫に出会うまで』に綴られた七崎良輔さんの半生。

七崎良輔さん、31歳。4年ほど前に夫と、東京・築地本願寺ではじめての「同性結婚式」を挙げた。
『僕が夫に出会うまで』(文藝春秋)を出版する七崎良輔さん
『僕が夫に出会うまで』(文藝春秋)を出版する七崎良輔さん
古川亮介さん撮影

初めて彼を見かけたのは、あるイベントの会場だった。堅苦しい雰囲気が漂うなか、マイクの前にふわりと立った華のある男性。話し出すと会場の空気が変わった。天然なのか毒舌なのか、嫌味のない軽快な話しぶりに、客席は笑いに包まれた。

彼の名は七崎良輔さん、31歳。4年ほど前に夫と、東京・築地本願寺で式をした。区役所に提出した婚姻届は不受理とされたが、その後、居住地である江戸川区に働きかけを続けた結果、この春から同性パートナーシップ制度が導入された。もちろん、2人も登録をしている。

5月28日発売の書籍『僕が夫に出会うまで』(文藝春秋)は、七崎さんがこれまでの半生を赤裸々につづったもの。話を聞かせてもらった。

古川亮介さん撮影

どん底でも歌いながら起きるシンデレラへの畏敬

――途中でやめられず、一気読みしてしまいました。今はご夫夫(ふうふ)で暮らされていますが、昔は「幸せな人生など、自分には無縁なもの」とあきらめていたのですね。

自分がゲイだということさえわからなかったときは、ただ「みんなに迷惑をかけて申し訳ない」という気持ちでいっぱいでした。恋をして、自分がゲイかもしれないと悩むようになってからは、「今回の人生は、何かの罰だ」というふうに信じていました。たとえば、前世で大量の人を殺したりして、その罪滅ぼしなのかなと(笑)。

――東京に出て来たあと、同性愛者であることを自分で認めてから、気持ちが変化してきたのはなぜでしょう。

自分で認めたときは、まだ「一生誰にも言えない」と思っていたし、結婚という選択肢もなくなったと思い、絶望の底に落ちていく感じでした。でもそれから「どうして自分は幸せになれないと思っているんだろう?」と考えるようになって。

その頃たまたま見たのが、ディズニー映画の「シンデレラ」でした。

シンデレラは、お父さんもお母さんも死んでしまって、継母にもいじめられているのに、最初のシーンで「願いは叶う」って歌いながら朝起きるんですよ。それを見て「なんなんだろう、この人?」と思って。こんな辛い状況で歌って起きて、自分は幸せになれると信じている強さ。しかも物語はハッピーエンド。

そのとき「こういう強さがある人が、最後に幸せをつかむんじゃないか」と思ったんです。それで僕も「自分はいつか幸せになれる」と信じてみようと。そのためには強く、図太くならなくちゃいけない、と思いました。素直だから、影響されやすいんです(笑)。

初めて友達にカミングアウトしたのは、ちょうどこの映画を観たか観ないかくらいのときでした。

――カミングアウトしてからは、友人たちに励まされつつ、だんだんと「ゲイとして幸せな家庭を築く」という決意を固めていきますね。

10年前当時、僕の周囲には、自分がゲイだと認めた時点で結婚というものをあきらめ、その先に何もない付き合いをする人が多かったんです。長続きもしなくて、楽しい時期が終わったら別れて、という感じの。

でもそうやって生きてきた、当時の僕から見たらおじさん世代の、周囲のゲイの人たちが、バーで一人でくだを巻きながら飲んでいる姿を見たりすると、自分も将来そうなりたいとは思わなかった。その反動のような気持ちもあって、幸せな家庭への憧れが強くなったのかもしれません。

――本の後半には、過去に付き合った元カレたちが次々登場します。夜の描写もなかなか踏み込んでいますが。

最初はもっと生々しく書き過ぎていたみたいです。僕はよくわからなかったんですけれど、編集の方が「今、色々なことで悩んでいる10代の人たちにも読んでもらいたいのなら、ここはちょっと過激じゃないですか?」と指摘してくれたところは、削ったりしました。

――それでもやはり、初体験のおじさんとのことや、歴代の彼氏のエピソードなど、経験されたことを赤裸々に書かれていると思いますが、何か意図が?

自分がもっと若くてセクシュアリティに悩んでいたとき、きれいごとだけ書かれている本を読んでも、絶対に響かなかったと思うから。「みんな違っていいんだよ、それは個性だよ」なんていう言葉は、僕だったら傷ついている若い子たちにかけられません。

それで僕は、自分が経験してきたことを、汚いことも、地べたを這って泥だらけみたいな話も、ちゃんと書きたいと思いました。だからこの本を読んで「うわ、こいつみたいな初体験はしたくないな」とか思ってくれても全然いいんです。僕の経験が一つの道しるべになって、「こうならないように、自分はこうしよう」と思ってくれたらうれしいなと。

「L-CLIP」前田賢吾さん撮影

ふたを開けてみたら、みんなあたたかかった

――本の冒頭に、4年前、江戸川区役所に婚姻届を出しに行ったときのエピソードがあります。不受理になることはわかっていたものの、将来同性婚が可能になったとき、この日に遡って婚姻が認められるように提出されたと。でもそれは、眠れないほど、こわいことだったんですね。

こわかったです! 何を言われるんだろう、どんなことになるんだろうと思って、前の夜は眠れませんでした。本にも書きましたが、以前僕が財布を盗まれて葛西警察署に「盗難届」を出しに行ったら、彼らが犯人を捜さなくて済むよう、僕や犯人がゲイであることを盾に「紛失届」を出すよう強要されたことがあったので、また同じように傷つけられることになるんじゃないかと思って。幸い、区役所ではそんなことは起きなかったんですけれど。

――築地本願寺で挙式した同性カップルは七崎さんたちが初めてだったとのこと。初め、本願寺さんは及び腰だったとか。

お寺の内部には「檀家さんが減るんじゃないか」と心配して反対する声もあったそうなんですけれど、宗務長さんという要職の方が「同性の結婚式を挙げてもいいじゃないか」と言ってくださって。でももし一つでも苦情が入ったら、その方は辞職することになっていたらしく。だから、もし式の最中に過激な人が石を投げてお寺のものを壊したりしたらどうしよう、みたいな心配はずっとありました。それが、一番こわかった。

でもいざ入場してみたら、一般の参拝客も、外国からの観光客の人たちも、本当にみんなあたたかくて……。楽しかったです。今では築地本願寺さんはすごく寛容で、他のお寺さんを招いて、LGBTの勉強会などもされています。本当に変わったなと思います。感謝しなくては。

――七崎さんたちが働きかけたからこそだと思いますが、よかったですね。

そもそもお寺で式を挙げたのは、僕が長男として生まれ、七崎家が僕の代で途絶えることになるのに忍びない気持ちがあったから。仏前式をすることは、僕にとってはご先祖様へのカミングアウトでした。せっかく式を挙げたので、将来は僕らもここの合同墓地に入れてもらおうかなと思っています。

(取材・文:大塚玲子@ohjimsho 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko

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