上野千鶴子氏の東大入学式祝辞、「評価」にもジェンダーギャップがあった【東大新聞アンケート調査】

アンケート結果を受け、東大新聞社は上野氏へのインタビューも検討しているという。

「がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています」

東京大学の入学式で大きな話題となった上野千鶴子東大名誉教授による祝辞。「共感できる」「祝辞にふさわしくない」と意見が分かれたこの祝辞について、東京大学新聞社が行なったアンケート調査の結果が5月28日に公表された

祝辞について「評価するか」「入学式にふさわしかったか」などを問う回答には、少なからずジェンダー差が現れる結果が出た。

記者は上野ゼミ出身だ。淡々とした語り口で鋭く突く上野氏の祝辞に、「変わらないなぁ」と懐かしく思い、内容に頷きながらも、新入生に真意が届くのかと心配にもなった。でも正直に言えば、祝辞そのものよりも、東京大学が上野氏に祝辞を依頼したこと、その後東大新聞社が祝辞についてアンケートを始めたことに驚いた。

編集部にメールを送り、アンケートを企画した学生に会いに行った。

東京大学新聞(5月28日発行)
東京大学新聞(5月28日発行)
東京大学新聞社

「何かやらなきゃ」…東大新聞記者たちの問題意識

「震えました。これほどの反響とは予想しなかったけれど…」

5月27日、午後8時に始まる編集会議前に記者を迎えてくれたのは、編集部の山口岳大さん(文学部3年)。入学式には取材のために出席していたといい、メディアに配られた祝辞のスクリプトを読んだ感想をこう振り返った。

「女性の抑圧について身をもって実感することは難しいけれど、心に引っかかる部分がありました」。恵まれた環境と能力を他者のために使うよう説いた内容にも、「大学にいると、外への視点が欠けがちになる。身につまされた」と共感した。

祝辞が話題になっていると知り、「何か(ニュースとして)やらなきゃ」とslackで編集部の仲間に呼びかけたのは工学部3年の高橋祐貴さん(20)。

「祝辞が炎上したのは、内容が厳しいからではなく、ジェンダーを扱ったから。そんな中で東京大学がジェンダーをテーマとした内容の祝辞を発信した、というのはある意味メッセージだと思う。東大新聞としてもこのメッセージの発信に協力したかった」と振り返り、こう強調した。

「東大の祝辞は、ただお祝いするだけの内容であるべきではない。こういうジェンダーのテーマは、外部に向けて可視化した上で議論の俎上(そじょう)に上げることが大事だと言われているので、今回の入学式の祝辞は、二重の意味で適切だったと思う」

「東大男子お断り」のサークルはない

東大内の女子差別に関する祝辞の内容にも、心当たりがあったという。

東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました。わたしが学生だった半世紀前にも同じようなサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです。

記者が新入生だった2001年にも、東大の女子学生が入れないサークルは存在した。それどころか、入会を希望する女子大学の学生に対して、「顔セレクション」「キャラセレクション」と呼ばれる選抜を行うサークルもあった。まさか今も続いているとは…

男子学生からは「東大男子というだけではモテない」という反発もあったようだが、高橋さんは「東大女子が入れないようなサークルには、『東大男子』という将来高収入になるだろう肩書きに魅力を感じた女子学生が集まってくる、お見合い的性質もあります」と、東大内の性差別だけが問題ではないと指摘し、こう強調した。

「逆(東大男子お断りのサークル)がないことが気持ち悪いんです」

東京大学本郷キャンパスの安田講堂
東京大学本郷キャンパスの安田講堂
Jiji Press

「何かやろう」と口火を切った高橋さんが想定していたのは、祝辞全文やコメントの掲載だったが、山口さんは「それだけだと意味がないよね」と提案。「他のメディアの二番煎じになる。何か別のことをやろう」と、大学内外へのアンケート企画が持ち上がったという。

回答にもジェンダー差

東京大学新聞社のアンケートは、4月18日〜5月10日、SNSを通じて学内外に呼びかけ、東大生603人を含む4921人から回答を得た。

山口さんらは、性別、年代、学内外の別ーーで、回答にどのような傾向があらわれるかを分析した。

性別で見ると、回答者の女性比率は東大生が29.9%(東大の学部生の女性比率は約20%)、学外が67.3%と、女性の関心が高いことがうかがえる。「祝辞を評価する」「祝辞としてふさわしい内容だったと思う」と回答したのも、女性の割合が高かった。

東大新聞オンラインより

東大生よりも学外の方が評価が高かったのも特徴的だ。

ただ、山口さんは「東大生は性差別問題への関心がなくても祝辞に関心がある学生が回答している。学外の方は、そもそも性差別問題に関心がある人が回答している可能性があり、一概に比較はできないと思っている」と語る。

東大新聞オンラインより

「翼を折られた経験を持つ世代の女性」が共感?

年齢別にみると、祝辞を「評価する」と回答した割合は、10代で72.9。20代以降は、どの世代も80%を超えたという。

祝辞にふさわしい内容だと思った割合も、10代で60.6%、20代で74.1%、30代以降で8割を超える結果となった。

山口さんは「回答者のボリュームも40代女性が多かった。翼を折られた経験を持つ女性が、自分自身の経験を重ねて祝辞に共感したのではないか」と推測する。

ただ東大生の親に限ると、「学部入学式の祝辞にふさわしい内容ではない」と考える人は多かったという。

4年後、どんな感想を持つだろうか

上野氏に大学から祝辞の打診があったのは昨年末。上野氏本人によると、初めは冗談だろう、と驚いたという。

「上野が何を話すかも分からない。内容に介入したら、私はそのやり取りも公開するかもしれないでしょ」(上野千鶴子氏)

結果的に、執行部からの内容への介入は事実関係の訂正以外はなかったという。

内容に批判が上がったことに対しては「反発する人もいるかもしれないとは思ったけれど、ファクト(事実)を述べただけ。まともな読解力があれば理解できるはず」と笑ったが、東大新聞がアンケートを実施していることを伝えると驚きながら「結果を知りたい」と興味を示していた。

アンケートの結果について、高橋さんは「祝辞への評価が一番低かったのは東大男子。回答に東大内のジェンダー差が出てしまったことは残念だった」と語る。

たしかに入学式の祝辞というタイミングで、自分たちが無意識のうちに被害者にも加害者にもなりかねない社会問題を突きつけられたら、「そこまでひどくない」と反発したくなる気持ちは分からなくはない。

だが新入生たちも、大学での生活や就職活動を通じて、今も歴然と存在する男女差別を実感する機会があるはずだ。研究者を志す女子学生は少なくないのに、授業で出会う「教授」の多くは男性。就活で出会う面談の相手も、相手のポジションが上がれば上がるほど、女性は少なくなっていく。

そして4年後、卒業式で再び入学式の祝辞を思い出せば、きっと今とは違う感想が浮かぶのではないだろうか。

アンケートの結果を受け、東大新聞社は上野氏へのインタビューも検討しているという。

別れ際、「まさかアンケートを企画したのが男子学生だったなんて!」と驚く記者に、高橋さんが鋭く突っ込んできた。

「そこに驚くことに、驚きました(笑)」

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