本の力で施設に暮らす子どもたちをサポートするプロジェクト "Read for your life"

子どもたちが今、何に関心があるかは大人にはわからないから。子どもたちの「読みたいテーマ」を重要視した本提供プロジェクト
子どもたちに本を読むRachel Röst (レイチェル・ルスツ)さん
子どもたちに本を読むRachel Röst (レイチェル・ルスツ)さん
Læs for livet 公式HP

「本を寄贈できると聞いたのですが、どなたに渡せば良いですか」

コペンハーゲン中央図書館の子ども図書館で働き始めた頃、そういってカウンターにやって来た女性がいた。「図書館に寄贈?そんな話は聞いたことないな」と思ったわたしは、同僚に内線電話をかけてたずねた。出てきた同僚が案内してくれたのは、窓辺におかれていた古い木製のチェスト。「この中に入れておいてくださいね」そう言って、彼女は本をたくさん抱えた女性に微笑んだ。

女性が持ってきた本が “Læs for livet -Read for your life”〈生きるために読書を〉 の活動をサポートするためのものだったと知ったのはそれからしばらくしてからのことだ。このチェストに詰め込まれたたくさんの本が、児童福祉施設や若者向けの療養施設、グループホーム、女性のためのシェルターなどへ届けられていたことをわたしは知った。

それが2013年秋。この〈生きるために読書を〉の活動は、ある一人の女性が個人的な活動として2012年に始めたものだった。その女性の名前は Rachel Röst (レイチェル・ルスツ)さん(写真中央女性)。自身も16歳のときに療養施設に入った経験があり、当時の自分にとって本の存在がかけがえのないものだったこと、そして同じような境遇の子どもたちにも、本がもたらしてくれる命のサポートを届けたいという思いで、活動を始めたそうだ。わたしはそれから何度も本を引き取りに来た彼女を図書館で見かけ、また司書向けの講習でも彼女の講演を聞いた。そして車を持っておらず一人で活動していた彼女が、色々な人からのサポートを受け、少しずつ活動を広げていったことを知った。

彼女の活動のユニークなところは、本を読む当事者である子どもたちの希望と、本のある生活環境をとても重視していることだ。例えば、児童養護施設や療養施設から依頼を受けると(今では依頼を受けるようになったが、始めた当初は自分から売り込みに行っていたらしい)、そこへ出向き、子どもたちと直接対話をしながら、どんな本が必要かをヒアリングする。ある13歳の女の子は「家族が亡くなった人のこととか、突然家族がいなくなった人の話が読みたい」と言い、9歳の男の子は「パパとママが喧嘩をして暴力をふるうんだけど、その後また仲直りするっていう本」がないかと尋ねる。リストカットや拒食症、死についての本を読みたいという希望もある。またノンフィクションの本、例えば自分で会社を作る方法がわかる本、コーディングの本、植物、動物、魚の本、ファッションの歴史の本など、たくさんの希望が上がってくる。子どもたちが今、何に関心があるかは大人にはわからない。そして、施設で暮らしている子どもたちは、そうでない子どもたちに比べて、自分の希望を聞き入れてもらえる機会が少ない。だからこそ、子どもたちの声を直接聞いて、それを生かした本棚作りをすることが大切なのだという。

本を置くスペースについても、レイチェルさんたちは施設の職員と話し合う。多くの施設にとって、本は生活環境の中で大きな位置を占めないのだそうだ。そして、あまり子どもたちが利用しない部屋に置かれていたり、鍵がかかる棚に保管されていたり、あっても古くて傷んだ本が窓辺に少し並んでいる程度ということも多いという。デンマークの施設で暮らしている子どもたちの中には、転校や不登校が続いていたり、また生活環境が安定していないことなどから、学校の勉強が遅れがちな子どももいる。そういう子どもたちにとって、本は学校や勉強というものを想起させる、どちらかというとネガティブなものなのだそうだ。それを変えるために、レイチェルさんたちが重視していることは、本棚を、多くの子どもたちが日常的に集まる部屋に置き、新しくて美しい本と、座り心地の良いソファーやクッション、ランプを本棚の周りに置き、本のある空間を「ヒュゲリ」つまり、居心地の良い、ほっとできる空間に変えるということだ。本を読むことを、穏やかで心地の良い経験に変えるには、まずそこにある本が魅力的であること、そして本や本棚を囲む環境が、子どもたちを温かく迎えてくれることが重要なのだという。

〈生きるために読書を〉では本を施設に寄贈する時、400~1000冊という量の本を寄贈する。これはかなり多い。その理由は、多様な関心や年齢に応じて、様々な本があることが、子どもたちや若者の本への関心を途絶えさせないためには重要だからだそうだ。そして寄贈する本も、出版社や図書館、書店、書評家や一般の人々など様々なルートで集めている。個人からの寄贈を受ける基準は「あなた自身が、知り合いのお子さんにあげても良いと思う本」。つまり、自分が要らないから、古いけど本を捨てるのは忍びないから寄贈するというのではなく、今の子どもたちも読めるという確信がもてる本を寄贈してほしいという。現在は多くの出版社からも本を受け取っているが、活動を始めた頃はよく「〇〇のテーマの本を探しています」という書き込みをFacebookでも見かけた。狭いテーマだったり、新刊書では扱っていないテーマなどは、今でも人々の本棚から寄贈されることもあるようだ。

「私たちが重視しているのは、子どもたちの読みたいという気持ちです」

〈生きるために読書を〉のホームページにはこう書かれている。知識を得るための読書、国語力、読解力をつけるための読書を目指しているのではない。だから、良書とよばれるものを集める活動ではない。ユーチューバーや人気歌手について、死や家族についてなど、テーマはあくまでも子どもたちの関心が優先される。それは、子どもたちの関心からスタートすれば、読書の楽しさが伝わると信じているからだろう。読書を楽しめるようになれば、人は自然とその関心の範囲を広げていく。本にはその力がある。そして、複雑になった日常生活の中でも、本を通じて静かな自分だけの時間、本の世界にひたる時間、ワクワクする時間、知りたいことをめいっぱい学ぶ時間を過ごしてほしいという願い。本に助けられたことがある人なら、この願いに共感できる人も多いはず。

〈生きるために読書を〉は、活動について知った人々の間で口コミでサポートが始まり、現在は非営利団体として、少数のスタッフが雇用されるまでに成長した。数年前からは大小様々な出版社や書店も協力し、大型の投資ファンドもスポンサーになっている。また多くの公共図書館が本の受け取り場となり、たくさんの人々がボランティアで活動をサポートしている。こうして社会の中で、少しずつ人々に育てられてきたプロジェクトだ。本の力を信じている人々がたくさんいる。それを改めて、強く感じられるプロジェクトでもある。

(5月30日掲載のnote「本の力で施設に暮らす子どもたちをサポートするプロジェクト “Read for your life”」 より転載)

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