あの人のことば
2019年06月26日 10時53分 JST | 更新 2019年06月26日 16時17分 JST

「コンビニからエロ本がなくなる日」を特集した創刊雑誌が話題に。フェミニズム専門出版社の設立者に聞いた

「そのフェミニズムは性差別をなくすことにつながっているか」という問いかけを、フェミニズムを意識する読者に届けたい。

松尾さん提供
フェミニズム専門出版社「エトセトラブックス」・松尾亜紀子さん

コンビニでの成人向け雑誌販売はアリかナシか?

徹底的に賛否を考え抜いた雑誌「フェミマガジン エトセトラ VOL.1 特集:コンビニからエロ本がなくなる日」が5月に発売された。発売前に増刷されるなど大きな話題を呼んだこの雑誌を手がけたのは、2018年12月に立ち上がったばかりのフェミニズム専門出版社「エトセトラブックス」の松尾亜紀子さんだ。

筆者もかつて出版業界に身を置いていた身としては、「フェミニズム専門」と掲げて、しかも性差別に一歩踏み込む出版をしていこうという勇気に、背筋が伸びる思いがした。

松尾さんが目指すフェミニズムのかたちとは? 性差別のない社会をつくるため、出版に何ができるのか?

――どうしてフェミニズム専門の出版社を? という話の前に、まず松尾さんがどういう人なのか、教えてください。

エトセトラブックスを立ち上げる前は、河出書房新社という出版社で15年間、編集者をしていました。さらに遡ると、大学を卒業した直後は2年間、オタク系の出版物を作っている編集プロダクションで働いていました。当時はいわゆる“エロゲー”が流行っていた時期で、会社もたくさんコンテンツを作っていたのですが、私は新人のくせに「そういうものは、やりません」と上司に宣言して(笑)。特撮映画関係のムックとか、「スターログ」というSF誌とかに関わっていました。

そして15年前に河出書房に中途採用で入社し、実用書、翻訳書、人文書の編集部を経て、2011年くらいから、自分の中で明確に「これはフェミニズムやジェンダーがテーマだ」と思う本を作りはじめたんです。そこの本棚の2段目にあるのが、私が主に担当した本です

――河出書房新社をやめたのはいつ頃ですか?

退職したのは、2018年の秋です。その直前まで、文芸誌の編集部にいました。15年間、ジャンルは様々でも一貫してつくりたい本を編集できていましたし、フェミニズムやジェンダー関連の企画が通らなかったということもなかったのですが、一般的に出版社で本を出すには、社内で複数回会議に企画書を提出し、営業部門や上司にプレゼンをし、企画を通す必要がありますよね。あの過程があったから編集者として鍛えられた部分は多いにありますが、今後は、そういう類の時間を、すべてフェミニズム本を作って届ける作業に充てたいと思ったんです。フェミニズムの本は、読まれれば読まれるほどフェミニストが増えるわけだから、たくさん読まれてほしい。もちろん共感できない読者もいるでしょうけど、これまでの経験から、ありがたいことに、自分の編集する本に一定数の読者がいてくれることも見えていました。だから、独立して、フェミニズムの本に集中すれば、さらに読者を増やせる可能性があるんじゃないかと考えました。

――フェミニズム専門の出版社を立ち上げた背景には、最初の勤務先がエロゲーコンテンツを作っていたことは関係しているのでしょうか。あるいは、過去に何か原体験的なものがあるなど…?

こういうインタビューを受けると、そういうストーリーを聞かれることが多いのですが、私の中では、自然な流れで立ち上げただけなんですよね。「こういう経験があったから」というものではありません。

大学時代は法律科に在籍していて、特にフェミニズムや女性学を専攻をしていたわけでもありません。ゼミでは従軍慰安婦問題をテーマにレポートを書きましたが、国際法という観点で書いたもので、ジェンダー的な観点はまったく足りていなかったと思います。

それよりも、本との出会いが大きかったと感じています。私が学生だった90年代後半は、北原みのりさんがデビューしたり、上野千鶴子さんや斎藤美奈子さんの本に出会ったりしました。本と出会うことで自分が変わり、ジェンダー視点で物事を見ることができるようになり、それを表現するための言葉を徐々に得られたと思います。

―私は異動で男性週刊誌編集部に配属になったことがあり、最初は上司から「エロ記事は担当させない」と言われていたのが、徐々にその領域の案件が増えていくことが嫌でした。当時は「仕事だから仕方ない」と思おうと努力していましたが、本当に「仕事だから仕方がなかったのか」と今になって違和感を感じています。そんな違和感の答えを求めて、いろいろな本を読むようになったんです。

編集者として、フェミニズムに関する記事を扱ったりしますが、きちんと勉強をしたこともない私がそういったテーマの記事を書いていいのかと悩む部分もあります。松尾さんの「特別なストーリーがなくてナチュラルな流れ」というのはが、とてもしっくりきました。

私もよく、フェミニズムはどこの大学で勉強したのですか?と聞かれます。専門で学んだ方へのリスペクトはありますし、大学で勉強しなくてもいいとは決して思っていませんけど、フェミニズムは思想であり運動ですから、必ずしも大学に行かないと学べないものではありませんよね。私自身は本を編集しながら、そこから出会う本を読み、そして何より担当する書き手の方々と対話を重ねることで、フェミニズムを学び続けている最中です。

――エトセトラブックスの立ち上げに際しては、「フェミニズム専門」というスタンスが、驚きをもって受け止められました。

それが、私にとっては驚きで。立ち上げただけでこんなに反響もらっていいの?って。私としては、前の会社で企画書に「これはフェミニズムの本です」と書いて、会議で説明してきた延長で、どんな会社か明示した方がいいと思ったから「フェミニズムの本を出す出版社です」と名乗ったら、フェミニズム専門!と、みなさんが注目してくださった。

ハフポスト日本版
河出書房新社時代に松尾さんが手がけた本

――そして、最初の刊行物が「フェミマガジン エトセトラ VOL.1 特集:コンビニからエロ本がなくなる日」ですね。コンビニに置かれた成人向け雑誌に対して、賛成の人、反対の人、いろいろな立場の意見が掲載されていて、とてもフラットに作られているなという印象でした。

フラットに見えましたか? それは、この号の責任編集者である、田房永子さんのコンセプトと構成のすごさですね。私はもともと賛成と反対の両方の意見を載せる「両論併記」のスタイルには抵抗があったんです。これまでメディアで、フェミニストや被害者側の声、マイノリティの声などが、両論併記という名のもとに「どっちもどっち」にされてしまうケースたくさん見てきたから、最初は田房さんの意図がわからなかった。一般投稿の募集も、実際に100何通も意見が集まって、目を通してみてはじめて、うわ、おもしろい!って。

エロ本販売中止に喜ぶ賛成派だけの意見を載せていたら、反対派の声に対する違和感も生まれませんから、「なぜコンビニのエロ本に、女性たちが嫌な思いをしてきたのか」という原因も理由も浮き上がってこなかったでしょう。

――本当にそう思います。反対派の意見を読むことで「だから、女性は嫌な思いをするんだ」とわかったような気がしました。自分が抱えていた不快感が可視化されて、読後、スッキリした部分もあります。周囲の反応はどうですか?

予想をはるかに超えた応援をいただいています。特に、編集をしている同業の女性たちが応援してくれていることがすごくうれしいです。「フェミニズム」とわざわざ謳っていなくても、ジェンダーやフェミニズムがテーマの本を作っている編集者はたくさんいます。そういう女性たちを実際に知っていることで、私もがんばろうと思える。帯やタイトルに出ていなくても、本の中身に、一文一文にジェンダー的視点が入っているかどうかは、性差別のない社会を作るうえで、とても大事な、重要なことだと思っています。実際には、そうではない、ジェンダー視点に欠けた本がたくさん出版されていますから。

――印象として現在は、ジェンダーやフェミニズムの視点の入った本の多くは大々的にそう謳われることなく、テーマが「隠されている」ものも多いなと感じています。松尾さんはもっと、「これはジェンダーの本です」「フェミニズムの本です」と、きちんと正面から謳う本がどんどん出てくるべきだと思いますか?

私も数年前までは、「これはフェミニズムです」と大々的に掲げなくても「読んだ人がフェミニズムを感じてくれればいい」と思っていました。でも、世の中は多様性を認めない方向に悪くなる一方です。トランプ政権が発足したときに、アメリカで何度目かのフェミニズムブームが起き、それが日本にも影響を与えました。そんな流れの中で、今はストレートに「この本はフェミニズムの本です」と言っていくべきだと思うようになりました。欧米に限らず、チョ・ナムジュの小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(ちくま書房)をはじめとする一連の韓国作家も、フェミニズムを正面からストレートに謳った本を書いています。エトセトラブックスが出していく本も、「これは私が思うフェミニズムの本です」ということを表明していきます。そう打ち出すことで、フェミニズムを意識する読者に届けばと思っています。

――女性同士でもフェミニズムに対する温度差は違うと思います。性差別をなくそうと活動する過程の中で、「あなたは女性なのに、そんなことを言うから性差別がなくならない」とか「女性ならもっと声をあげなくちゃ」と女性同士で非難し合う状況もあるのではないでしょうか。様々な温度差がある中で男女問わず「自分とは異なる温度やスタンスがある」ということを理解していく必要はあるのではないでしょうか?

「エトセトラブックス」という社名は、作家で翻訳家の松田青子さんが、ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル』に登場する「無限の等々(エトセトラ)」という言葉からつけてくれたんです。いい名前ですよね。この本の記述を自分なりに拡大解釈して、「フェミニズムは人の数だけ無限にある」と思っているのですが、人によってフェミニズムのスタンスが違うということはもちろんあります。

私は、ベル・フックスの「フェミニズムとは性に基づく差別や搾取や抑圧をなくすこと」という定義を大事にしていきたいです。それぞれの人にそれぞれのフェミニズムがあって、個が個で生きられる世の中になればいい。ただし、「そのフェミニズムは性差別をなくすことにつながっているか」という問いかけは、大事だと思います。

――今後の出版予定を教えてください。

「フェミマガジン エトセトラ」は年に2回、多様な意見を取り上げるために責任編集者を毎号変えて出していきます。次号は、作家の山内マリコさんと柚木麻子さんが責任編集の「We ♡LOVE 田嶋陽子!」特集号。今年の秋に刊行する予定です。

そして雑誌以外にも、書籍も2冊刊行する予定です。1冊はCarmen Maria Machadoのデビュー短編集「HER BODY AND OTHER PARTIES」の翻訳です。Carmen Maria Machadoは、レズビアンでフェミニストを公言しているアメリカ作家です。身体性を幻想的な手法を用いて描いた、すごく新しい感覚の小説です。他には、痴漢問題をジェンダー視点から考察した書籍も出版予定です。「痴漢」は日本の性暴力の問題点を凝縮した犯罪だと思うのですが、著者の牧野雅子さんの着眼点が素晴らしくて、テーマは深刻ですが、スリリングで面白いんです。SNSで痴漢がこれだけ問題にされている今、では実際のところ「痴漢」とはなんなのか、その共通認識のための本が必要だと思っています。早く皆さんに読んでいただきたいです。

こんな感じで、「エトセトラ」を年間2冊、その間に、書籍を数冊ずつ出していきたいと思っています。

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