与野党がともに目指す「最低賃金引き上げ」は、なぜ必要か? 3つのポイントから考える。

全ての人に最低限度の生活を保証し、地方経済を活性化させるために「最低賃金引き上げ」は避けて通れない。
お金のイメージ写真
お金のイメージ写真
Vincent_St_Thomas via Getty Images

はじめに

政府は、6月21日に閣議決定された「骨太の方針」で所得向上策の推進の中に最低賃金引き上げを位置づけ、「より早期に全国加重平均が1000円になることを目指す」と明記しました(※1)。これは2017年3月に決定された「働き方改革実行計画」において、最低賃金について年率3%程度を目途として引き上げ、全国加重平均1000円を目指すとしてきた方針を継承するものです(※2)。
他方、野党側でも最低賃金1500円を目指すという市民連合の要望書に対して、立憲民主党、国民民主党、社会民主党、日本共産党、社会保障を立て直す国民会議の4党1会派の党首等が署名しました(3)。立憲民主党は6月20日に参院選に向けた経済政策「ボトムアップ経済ビジョン」を発表し、最低賃金を5年以内に時給1300円に引き上げる目標を明記しました(※4)。日本共産党は最低賃金を全国一律150円まで引き上げる目標を打ち出しています(※5)。短期間で多くの個人献金を集めて注目される山本太郎参議院議員の政治団体「れいわ新選組」も全国一律最低賃金1500円を政策に掲げています(※6、※7)。
なぜ、いま「最低賃金引き上げ」が注目されるのか?
労働問題や中小企業の法務に関わる弁護士として、最低賃金の引き上げは、働く人の生活にとって、中小企業の経営者にとって、双方に大きな影響がある政策だと感じています。そこで、「最低賃金引き上げ」が持つ意味を、①最低賃金の基礎知識、②経済政策としての「最低賃金引き上げ」、③最低賃金に関する政治の責任という3つの視点から考えていきたいと思います。

「最低賃金」の基礎知識

(1)最低賃金はいくらか?
最低賃金額は毎年決められています。平成30年度の全国加重平均は874円です(※8)。
では、時給874円で、一日8時間、週40時間働いた場合、年収はいくらになるでしょうか?

<Question>
最低賃金(全国加重平均:時給874円)で、一日8時間・週40時間働いた場合、年収はいくらか?

① 約180万円
② 約280万円
③ 約380万円

時給874円で、1日8時間、週40時間働いた場合、月収約15万2000円です。

年収にすると約182万円です。

正解は①約180万円です。

最低賃金は、働く人の最低ラインの生活水準を保障するものです。みなさんは、現在の水準をどう感じるでしょうか?
日本弁護士連合会は、「この金額では労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは到底困難である」として、最低賃金額の大幅な引上げを求める会長声明を出しています(※9)。
いわゆるワーキングプアの問題を解決するためにも、働く人の最低ラインの生活保障としての機能を果たしているかどうかが重要なポイントになります。その観点からみると、現在の水準は決して十分高いとは言えず、まだ引き上げが必要です。
働く人の最低ラインの生活水準が上がることは、社会全体が豊かさを底上げすることになります。最低賃金引き上げは私たちの社会の豊かさ、暮らしやすさに直結する問題なのです。

(2)最低賃金の地域格差
最低賃金額は都道府県ごとに決められています(※10)。平成30年度の金額をみると、最も高いのは東京都の985円です。では、全国で最も低い最低賃金額はいくらでしょうか?

<Question>
最も低い地域の最低賃金額はいくらか?

① 661円
② 761円
③ 861円

平成30年度の最低賃金額をみると、最も地域別最低賃金が低いのは鹿児島県の761円です。正解は②です。1円だけ高い762円は青森県など11県あります。先に述べたように最も高いのは東京都の985円、次いで神奈川県の983円となっています。224円の開きがあります(※8)。
地方では賃金が低いため、より賃金が高い都市部へ職を求めて、若者が地元を離れてしまうという問題があります。最低賃金額の地域格差はその問題を端的に示しています。地域経済の活性化のために、最低賃金の地域格差を縮小しなければなりません。つまり、現在低い水準の地域ほど最低賃金引き上げを行う必要が高いことになります。地域活性、地方創生の観点からも最低賃金引き上げの必要性が論じられています。
(3)最低賃金法
そもそも最低賃金制度とは、最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者は、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないとする制度です。最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合には、最低賃金法によって罰金刑に科されることがあります(※11)。

最低賃金法第1条は、「賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」と定めています。一言でまとめれば、賃金の最低額を定めることで、働く人の最低ラインの生活を保障して、国民経済の発展に役立つようにするということです。
最低賃金制度については、厚生労働省のホームページに特設サイトが設けられていますので、ぜひご覧ください(※12)。

経済政策としての「最低賃金引き上げ」

(1)経済・社会保障からみた少子高齢化社会の問題
最低ラインの生活保障としての最低賃金制度ですが、最近では、デフレ脱却や少子高齢化社会を乗り切る経済政策として議論されています。
背景には、日本が急激な少子高齢化社会を迎えることがあります。少子高齢化によって、国の経済を中核となって支える生産年齢人口(15歳~64歳)が大幅に減少します。昨今問題となっている65歳以上も就労を促進する政策や外国人材の活用という政策も同じ問題を背景にしています。
では、生産年齢人口は具体的にどれくらい減少するのでしょうか?

<Question>
2015年から2060年までの間に、日本の生産年齢人口(15歳~64歳)はどのくらい減るのか?

① 約1260万人
② 約2260万人
③ 約3260万人

日本の生産年齢人口は、2015年の7681万8000人から2060年には4418万3000人になると推計されています。約3264万人も減ることになります。正解は③です。2015年からの減少率は42.5%です。
一方で、65歳以上の高齢者人口は減りません。65歳以上の高齢者人口は2015年に3395万2000人、3464万2000万人と微増になっています。
最低賃金引き上げを、少子高齢社会を迎える日本の経済政策の要とすべきだと提唱するデービッド・アトキンソン氏は、「世界第5位の経済規模を誇るイギリスの労働者人口は約3211万人です。そのイギリスの労働者人口を上回る数の生産年齢人口が、世界第3位の経済からいなくなるのです」として、規模と影響の大きさを強く懸念しています。また、同氏は、「将来の生産年齢人口の生産性が今のままだと仮定し、現状の社会保障額を横ばいのまま推移させたとしても、64歳以下の人の収入に対する社会保障の負担率は、2015年の36.8%から2060年に64.1%になります。もちろんこんなに重い負担に耐えられるはずはありません。年金制度などを「微調整」しただけで何とかなる問題でもありません。だからこそ、生産年齢層の生産性を高めるしか、対応する方法がないのです」と警鐘を鳴らしています(デービッド・アトキンソン『日本人の勝算』65~66ページ)※13)。

(2)生産性向上を主導する最低賃金引き上げ政策
同氏は、日本が人口減少下でも経済規模(GDP)を維持するためには、生産性を年1.29%高める必要があるとしています(同書216ページ)。最低賃金制度は強制力があり、全ての企業への影響があるため、生産性を向上させるための実効性ある政策として位置づけることができます。
最低賃金が一人当たりGDPの50%が妥当であることが世界的な共通認識であるとすると、日本が今のGDPを維持するために必要な最低賃金額の理論値は、2020年が1291円、2025年が1338円、2030年が1399円、2035年が1494円、2040年が1638円となると試算しています。2020年の段階で政府目標の1000円を上回りますが、野党側が目標とする1500円は2035年ころまでに達成すれば良いということになります。

現在894円の最低賃金額を2020年に政府目標の最低賃金1000円にするためには、年6%の引き上げが必要です。実は、年6%の引き上げを毎年継続すると2025年に1339円となり、理論値を超えることになります。年6%の引き上げは、現状の年3%程度の引き上げ率に比べると2倍ですが、実現可能な政策目標だと言えます。
最低賃金引き上げに関しては、韓国の失敗例が挙げられます。韓国は2018年に年16%という大幅な引き上げを行いました。このような大幅な引き上げには強い副作用が伴います。韓国の場合、失業者の増加など引き上げによる悪影響も出ています。これに対して、年6%の引き上げは現実的な数字だと考えてもよいのではないでしょうか

最低賃金に関する政治の責任

(1)影響が大きく、わかりやすい政策
最低賃金は、全ての企業、全ての労働者に適用されるもので、一人ひとりの生活や経済全体への影響が大きいものです。しかも最低賃金額という数値で示されるため、わかりやすい政策です。そのような意味で、参議院選挙を前に改めて「最低賃金引き上げ」に光があてられているように思われます。

(2)「最低賃金引き上げ」をどのように実施するかが争点
アベノミクスに対する賛否にかかわらず、政府与党も野党も最低賃金を引き上げるという方向性では一致しています。
そこで問題となるのは、最低賃金引き上げをどのように実施するのかということです。具体的な引き上げ率や将来の最低賃金額の目標値をどのように設定するかということが問題になります。
一方で、雇用者側にとっては、最低賃金引き上げに伴う人件費の上昇は経営を圧迫する材料にもなりかねません。日本商工会議所など中小企業3団体は5月28日、政府が進める最低賃金引き上げの議論に反対する緊急提言を発表しています(※14)。最低賃金引き上げに伴う悪影響に対して、どのような施策をとるかもより緻密に議論する必要があります。

(3)最低賃金法を改正して政治責任を明確化する
最低賃金額の決め方についても、経済政策として位置づけるのであれば議論が必要です。現在は、最低賃金法に基づき、厚生労働大臣が中央最低賃金審議会に対し、地域別最低賃金額改定の目安についての諮問を行います。毎年、厚生労働大臣からの諮問が6月頃、中央最低賃金審議会の答申が7月頃に行われています。中央最低賃金審議会の答申を受けて、各都道府県の審議会において各地域別最低賃金が決定されるという流れとなっています。
既に、政府が骨太の方針に明記し、事実上経済政策として位置づけられている以上、最低賃金額の決定について、政治の責任を明確にすべきです。たとえば、各都道府県の審議会の意見を参考にして、中央最低賃金審議会が厚生労働大臣に答申して、厚生労働大臣が提案し、閣議で決定するという形も考えられます。また、経済政策としての比重をより高くするのであれば、所管を厚生労働省から経済産業省または内閣府に移すということも考えられます。
参議院選挙を前に、より踏み込んだ議論を行い、実効性の高い政策となるように期待したいと思います。

以上

※10

最低賃金には、地域別最低賃金と特定最低賃金の2種類があります。地域別最低賃金は、産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に対して適用される最低賃金として、各都道府県に1つずつ、全部で47件の最低賃金が定められています。特定最低賃金は、特定の産業について設定されている最低賃金です。特定最低賃金が地域別最低賃金を下回る場合には地域別最低賃金が適用されます。ここでは広く適用され、影響力の大きい地域別最低賃金を中心に考えていきます。

この記事は

LAWYER SATORU OSHIRO 弁護士 大城 聡さんブログ『「最低賃金引き上げ」がなぜ必要か? 』より転載しました。

注目記事