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2019年07月04日 07時41分 JST | 更新 2019年07月04日 07時41分 JST

アトピーを1歳で発症し、スクールカースト「常に低め」だった私。コンプレックスを克服することないまま40代に

同窓会には一生出ないし、何かあっても地元に生活の拠点を移すことはないだろう。自分がどれほど経済的に困窮しても、親が病気になったり介護が必要になっても、自分自身が重い病になったとしても、その選択肢は最初から消されている。

maroke via Getty Images
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自分は汚く、醜く、人より劣っていると思っていた子供時代

 声がデカい人が怖い。

テンションが高い人も、いわゆるヤンキー的オーラを放つ人も、スクールカースト高めだったっぽい人も、「アウトドア」とか「アクティブ」なんて単語が似合う人も、過剰に前向きな人も、そして何より「ウェーイ」とか言う人なんて怖くて怖くて仕方ない。

安心できるのは、挙動不審な人、おどおどしてる人、弱気そうな人、「イエーイ」とか言ってハイタッチとかしそうにもない人、ハイタッチしようとしてもタイミングが悪くて誰ともできない人、どこから見てもインドアで後ろ向きなオーラを放つ人――などだ。

なぜ、そのような傾向となったのか。現在44歳の私だが、原因は30年前、中学生の頃に遡る。まぁ、話は簡単だ。よくあることだ。いじめに遭っていたのである。

小学生の頃から、カースト低めとして過ごしていた。というか物心もつかないような頃から、引っ込み思案で隠れるようにして生きていた。それには明確な理由がある。一歳でアトピー性皮膚炎を発症したことだ。幼き頃、誰かに腕や足、顔にある発疹について何かを言われたとか明確な記憶はない。けれど、小学校低学年頃には、自分は汚く、醜く、人より劣っていて、そのような人間が目立つようなことをしては決していけないのだと思っていた。いわば率先して、「日陰の人生」を歩んでいたのである。

そうすることによって、いじめをあらかじめ回避していた部分もあった。目立ちさえしなければ、調子にさえ乗らなければ、学校というトラップだらけの場所でも生きていけるのでは。時に手に包帯を巻き、顔には一目でアトピーとわかる赤みや荒れがあり、それらが季節の変わり目には決まって悪化し、常に身体のどこかを掻きこわして血を滲ませている自分が生きていくには、片隅で息を潜めているしかないと思っていた。

 

中学時代には、いじめのターゲットに

小学生までは、この作戦はそれなりに成功した。しかし、常にカーストは低めだった。率先して目立たないようにし、誰の言うことにもニコニコしていたのだから当然といえば当然だろう。とにかく、人が不快にならないよう精一杯笑顔でいるようにしていた。理不尽なことを言われてもされても、笑っていた。よって、私はいつも誰かのパシリのような存在だった。

「お菓子買ってきて」と言えば笑顔で買いに走り、「漫画貸して」と言われて貸せば返ってくることはなく、「これ払っといてー」とマイルドなカツアゲは日常。みんなで遊ぶ約束をしても私だけが別の待ち合わせ場所を指定されて合流できず、だけど、友達関係というのはそういうものだと思っていた。「ひどいよー」と言いながらも笑っていた。時々、笑っていると涙が出そうになったけれど、ここで泣いたらすべてが終わりだと思って唇を噛み締めていた。

友人たちは、私が少しでもはしゃいだりすると「◯◯(本名の苗字)のくせに」と諌めた。◯◯なんだから、楽しそうにしてはいけない。みんなでお前の醜さを見逃してやってるんだから、その恩を忘れて調子に乗ってはいけない。そう言われてる気がした。「◯◯のくせに」という言葉は私を縛り付ける呪いの言葉で、今もどこかで引きずっている。

そんな人間が、弱肉強食を地でいく「80年代後半の中学校」という「野生の王国」に放り込まれたらどうなるか。当然、いじめのターゲットになる。オドオドして、いつも人の目ばかり気にして、しかも一目でわかるコンプレックスを晒して歩いているのだ。誰かの「あいつ、ちょっとアレじゃない?」の一言で、教室の、部活の、グループ内の空気は一気に変わる。こいつがターゲットとなりました、というアナウンスとともにゴングが高らかに鳴る瞬間だ。その度に、死刑宣告を受けたような気持ちで自分の心をフリーズさせた。今考えても、あんな日々をよく生き延びたと思う。

 

「冴えない誰か」は踏みつけていいと思っている人たち

 そんな10代を経て、私は人が怖くて怖くて仕方なくなった。特に声がデカかったり、堂々としてたり、ヤンキー臭を漂わせた人たちだ。それはそのまま、私をいじめた人たちの特徴だった。いじめられなくても、学校にいるその手の人々が心底苦手だった。例えば朝、教室のドアを開けるところから緊張を強いられる。たまにカースト上位生徒たちが、教室の真ん中に集まって楽しそうにおしゃべりしているからだ。そのうちの一人は、私の机の上に腰掛けている。動悸が激しくなり、全身から嫌な汗が滲む瞬間だ。もちろん、身分が最下位の私が上位生徒に声をかけることなど許されない。上位生徒は私がオロオロしていても視界になど入らない。入ったとしても、そもそも「人間」にカウントされていないので事態はひとつも動かない。

学校を出ても、その手の人たちはどこにでもいた。自分たちが「世界の中心」で、「冴えない誰か」はいくらでも踏みつけていいと思っている人たち。自分がここにいていいのかな、とか生きていていいのかな、とかその手の疑問に蝕まれてないっぽい人たち。そんな人たちを前にすると、私はたちまち挙動不審になってしまい、そのことが彼らの無神経な言葉や態度を誘発した。

 

「克服」しようとすることは一切やめた

ある時期までは、「テンション高めの人が怖い」というコンプレックスを克服しようとしていた。しなくちゃいけないと思っていた。昭和の根性論満載の時期に義務教育を受けた人間の宿命だろう。「恐怖」や「苦手」は「打ち勝たなければならないもの」「乗り越えなければならないもの」と刷り込まれていた。よって、私は自らに「苦手人種と関わる」ことを強いた。「恐怖にあえて突入する」という特攻作戦だ。しかし、当然のように玉砕した。上位の人間が、下位の人間の身分制度を無視した振る舞いを見逃すはずなどないのだ。

ということで、ある時期から、「克服」しようとすることは一切やめた。諦めたのだ。人が怖い。この場合、もっとも簡単で有効な解決策は「そもそも人と関わらない」ということである。するとどうだろう。そこには湖面のような平安が広がっていた。が、孤独は容易に人を追い詰める。そこから私は、「過去、いじめられてそうな人」「自分と同じように弱い人」「カースト低めの人」とばかり付き合うようにした。そこに広がっていたのは、平和で平穏で、ハイタッチや「ウエーイ」やバーベキューや真夏の海などとは無縁の世界だった。生まれて初めて、私は「傷つかないコミュニケーション」を手に入れた。以来、声のデカい人やテンション高めの人からはダッシュで逃走するという方法で生きている。

 

「一生付き合っていく」と決めたら、どうでもよくなった

もうひとつ、自分に自信を失うきっかけとなったアトピーについても、克服しようとすることをやめた。小学生の頃は「中学生になれば治る」、中学生の頃は「高校生になれば治る」、高校生では「大人になれば治る」と言われたアトピー。が、私のアトピーは今も治っていない。そんなアトピー業界に、90年代、激震が走った。私が20代の頃だ。アトピーの治療に使われる「ステロイド」への大きなバッシングが起きたのだ。副作用や、ステロイドを使っている限りアトピーは治らないと言われるようになり、「完治」を目指す人たちが様々な民間療法的なものにハマって「脱ステロイド」する人が続出した。

のちに「アトピービジネス」と名付けられたそれらの多くは医学的根拠のないものだったのだが、1歳からさんざんアトピーに悩まされた私も「完治できるなら」と様々な療法にハマり、結局は症状を悪化させ、お金と時間を膨大に無駄にした。

そのようなことを経て、私はアトピーを克服することもやめた。克服を目指そうとすることも。今も皮膚科に通い、ステロイドをもらってコントロールしている。もちろん完治はしていない。しかし、完治を目ざさなくなって、大分楽になった。小さな頃から「治る」「治る」と言われてきたから辛かったのだ。もう「一生付き合っていく」と決めてしまったら、いろいろどうでもよくなった。アトピービジネスに多くの患者が騙された背景には、「完治」「完全克服」への狂おしい欲求があったのだと思う。だけどその熱狂的な思いは、怪しげな民間療法にとっては絶好のカモなのだ。

 

実家に帰ると、今でも残る恐怖心

さて、アトピーのみならずいじめもまったく克服していない私は、44歳になった今も、実家に帰ると家からほとんど出ない。絶対に、一人では外出しない。なぜなら、地元には同級生がいるからだ。30年経っても、「自分をいじめた相手に偶然遭遇したらどうしよう」という恐怖心からまったく解放されていないのである。18歳で実家を出て上京してから、帰省するたびにずっとそうだ。一人で出歩いていじめっ子に会ってしまった瞬間、すべてが崩れてしまう気がするのだ。

だから私は、同窓会には一生出ないし、何かあっても地元に生活の拠点を移すことはないだろう。自分がどれほど経済的に困窮しても、親が病気になったり介護が必要になっても、自分自身が重い病になったとしても、その選択肢は最初から消されている。そう思うと、いじめとは、どれほど罪なものかとも思う。そういうことは不便だけど、そういうものと諦めてしまえば、克服しようとしていた時より気分的には楽だ。

ということで、コンプレックスを克服せず、ごまかしながら生きている人間もいるということを、何かのついでに思い出してくれたら嬉しい。

コンプレックスとの向き合い方は人それぞれ。
乗り越えようとする人。
コンプレックスを突きつけられるような場所、人から逃げる人。
自分の一部として「愛そう」と努力する人。
お金を使って「解決」する人…。

それぞれの人がコンプレックスとちょうどいい距離感を築けたなら…。そんな願いを込めて、「コンプレックスと私の距離」という企画をはじめます。

ぜひ、皆さんの「コンプレックスとの距離」を教えてください。

現在、ハフポスト日本版では「コンプレックス」にまつわるアンケートを実施中です。ご協力お願いします。