「強制転勤は生産性が落ちる」サントリーHD新浪社長語る 男性育休義務化とパタハラ

【タエが行く!第4回 サントリーホールディングス株式会社編】「本当はどうなの?男性の家庭進出」新浪剛史・代表取締役社長に聞きました。
Eriko Kaji / HuffPost Japan

男性の家庭進出や育休義務化について考えようとこの企画を始めた私たち。

しかし、な・ん・と!

世の中の流れは思ったより早く、自民党の議員連盟が、企業に「男性従業員の育休取得を義務化させる」ことを目指すと言い始めました。一方、育児を理由に嫌がらせを受ける「パタニティハラスメント」があったとして男性社員が会社を告発する例も相次いで…。

そこで、第4回目となる今回は、サントリーホールディングス(以下サントリー)の新浪剛史・代表取締役社長(60)にお話を聞くことにしました。

サントリーは「子育てしやすい企業」で表彰されたりもしている。けど新浪さんって、眼光鋭く、仕事バリバリ、マッチョな豪腕経営者!っていうイメージじゃありませんか?

新浪さん自身はこうした世間の流れをどう見ているのでしょうか?男性育休の義務化には賛成?それとも、もしかして「甘っちょろいな〜」なんて思ってたり???

恐る恐る、お話を聞いてきました…。

(聞き手は「みらい子育て全国ネットワーク」代表の天野妙さん、執筆・編集:ハフポスト日本版ニュースエディター泉谷由梨子)

Eriko Kaji / HuffPost Japan

「サントリーさんは大企業だから良いよね、ではダメ」

――男性の育休取得を促進するため、企業に対して従業員の取得「義務化」をしようという自民党の議員連盟が誕生しました。どう思われますか?

社会としていい方向にありますね。ダイバーシティや新しい生活の仕組みづくりは、会社にとってもすごくいいこと。社員が体感したことがまた会社に返ってきて、会社のビジョンに影響を与える。単一的なものの考え方だけでなく、育児で経験したことが色々なことに活かされる。そして、女性にもっと活躍してもらうためにも、男性が家で活躍しようと。こういうことが本当のダイバーシティだと思うんです。社員が家で幸せになって帰ってきたら、その方が絶対に職場は良くなりますよ。

――では義務化には大賛成なんですか?

ただし、サントリーなんかは男性の育休取得をもっと推進しても耐えられる企業です。でも中小企業でまだレディではない(準備ができていない)会社もあるでしょう。そういう企業がどういう仕組みでこの実現を図っていくか。

というのは、プレミアムフライデーを始めた時に、お取引先からは「サントリーさんは大企業だから良いよね」と言われてしまったんです。それではいけない。

日本のほとんどは中小企業ですから、どんな企業であっても社員が育休を取得できる仕組み作りがとても重要で、大企業だけをフォーカスしてはまずい。例えば、ある1人の社員が休んだとしても仕事が回るように、仕事を標準化するといった仕組みをどう作っていくのか。

Eriko Kaji / HuffPost Japan

「目先の収益第一、で企業は生き残れない」

――例えば新浪さんご自身はどういうものが必要だと思いますか?

人材の流動化と最低賃金の引き上げ。そして、IT活用への投資やそれに伴う助成金なども。中小企業庁などが仕組みづくりを支援していくべきだと思います。

――しかし、日本の男性育休取得率はまだ6.16%です。「義務化」議連は、民間企業に任せていてはもうムリなので、政治が動き出したというものです。

でも本当は企業が、自ら考えて動かないといけないんじゃないでしょうか。社員を働かせすぎて「ブラック企業」になったら、みんなが不幸になってしまう。本来はわれわれ自身が、それぞれ解決していかなきゃいけないこと。それが経営者の役割。政府に本当はあまり言われないほうがいいと思うんです。

――どうすればいいんですかね?

目先の収益が第一、という企業は確かにある。でも、残念ながらそれでいいのかもしれないです。僕らの時代と違って、社員は転職して、自分が求める企業に行ける時代にもなっていますから。そういう企業には良い人材はステイして(残って)くれません。そういうことが、目の前で起こっています。そういう企業は生き残れないですよ。間違いなく、良い人材はますます抜ける。若い経営者ほど、それではいけないと気づき始めていますよ。その辺は、日本の経営者を信じてもらったほうがいいような感じがします。捨てたもんじゃないですよ。上場企業の場合、株主、投資家も変わってきています。それが、僕が信じているものですから。

Eriko Kaji / HuffPost Japan

「強制転勤は生産性が落ちる」

――最近、「パタハラ」があったと従業員が訴える問題が相次いで浮上しました。育休明けの男性社員が突然転勤を命じられた、育児ができないので退職したという例もありました。サントリーでも転勤はあると思うのですが。

サントリーの場合は、年4回個人面談をして、人事担当がそれぞれの要望を聞いています。家族の状況を聞いているので、突然「あなた転勤ね」というのはない。例えば僕であれば、役員でこの人は今転勤はムリだな、と把握していて、それを前提に人事をやります。無理矢理に強制すると生産性が落ちてしまいます。社員の方々の状況を理解して、最適なものを組んでいくほうが全体のモチベーションは上がりますよね。これはむしろ、ビームサントリー(※)から学んでいったことです。グローバル企業になるためには、日本古来の企業文化も変えなくてはいけないんです。
(※)2014年にサントリーが米大手ウィスキー会社だったビーム社を買収して誕生した、グループ企業

――新浪さんのような経営トップは理解している方も多いように感じます。しかし、中間管理職を含む現場の社員まで浸透していないというのが実感です。浸透させるには「義務化」というある種の劇薬的なラディカルな手法を用いるのもわかる気がします

企業というよりも、義務化ということで男性の意識を思い切り変えるというところにはとても意味があると思うんです。確かに、現場に伝わっていないと言われたら…。うちなんかも営業部門はそうかもしれないです。育休取得率でも出遅れました。

なぜかというと営業部門はお客様あってのものだから難しいんですね。お客様から「あの人がいい」とか「この人に担当してほしい」など色々な要望があるわけです。目標も達成しなくてはいけない、しかし哲学は必要。そのバランス感覚に欠けるマネージャーがいる可能性もあるので、それは否定できないなと思います。

――サントリーの男性育休取得率は49%で平均取得日数は7日間(2018年)とお聞きしています。世間的には比較的高いと思いますが、取得初日からの連続5日間を有給にする制度がある事を踏まえると、まだまだ取りづらい部門もあるのでは?という印象も受けてしまいます。

確かに、今頑張っているところです。ただ、取得率が上昇しつつある(2017年は36%)ということは言っておきたい。社員同士で協力しながら取得していこうという指示はしているのですが。困難は伴うんですが、われわれとしては断固としてそれをやってもらいたいと思っています。逆に、上司や先輩が不在の間、若手が仕事をカバーすると若手が育つというメリットもある。道半ばですが、進めていくしかない。

おっしゃるように、「取ってみないとわからない」と各自不安があるんですよね。ただ、育休取得でパタハラはもちろん、評価が不当に下がったりしていないか、それはきちんと見ています。マネージャーも360度で評価を受ける制度になっています。

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ビームサントリーには「忖度」がない

――御社に限りませんが、経営者と現場で意識の断絶があるのは、日本の企業に「忖度」があるのではないでしょうか?「俺は君が育休とってもいいと思うけど、でも社長はどう言うかな?」なんて。

そこの忖度をどうなくすかはすごく難しいですよね。ただ、ビームサントリーには、忖度って本当にないです。例えばカラオケ行ったって僕にマイク来ないですよ(笑)。日本では、必ず回ってきますけどね。

僕は寂しいですけど(笑)、でもそこがいい。そうであるべきです。企業のグローバル化が進むと、そういう忖度文化も自然となくなっていく。そういう点もビーム社を買収して非常に良かったことの一つだと思っています。

「面白いから、何時間も働かせてくれ」はダメ

――実は私、新浪さんのイメージは「マッチョな経営者」。失礼ながら、心の底では本当は「男は育休なんて本当はとらなくてもいいんだ、もっと働け!」と思ってらっしゃるかな?なんて想像もありました。

マッチョですか…?トレーニングはしてますけど(笑)。

いやいや、働きすぎるって絶対ダメだと思います。

Eriko Kaji / HuffPost Japan
Eriko Kaji / HuffPost Japan

――でも新浪さんは働きすぎですよね?

僕はね。でも休みも取れるようになってきたんですよ。先日、横浜の営業の部署が、サバティカルという制度を導入して1週間休んだんです。僕はそれがすごくいいなと思って。実はその時期、僕も軽井沢に行って、2日間だけだけど「サバティカル」をやったんです。

ただ、そうは言いながら電話会議を3、4回しましたけど…。でも、ベストよりベターなんで。心の中で最初は、「社長が働いてない会社ってよくないんじゃないか?」とか後ろめたい気持ちもあったんですけど。電話会議で、軽井沢町の町内アナウンスが入っちゃったりして…。でも、徐々に「まあいいかな?」と思えてきました。僕なりのサバティカルをやって、それはそれで満足感があって良かったです。気持ちもおおらかに喋っているし、会議でも「まあいいんじゃないの?」なんてね。

働き方改革で重要なのは、働くときは一生懸命働いて、必ずその間にも1日2日はフルで休みをとって、このプロジェクト終わったら1週間なり2週間なり長期の休みをとる。それがものすごく重要だというのが僕の基本的な考え方です。

面白いから、やりたいから何時間も働かせてくれというのは実はダメで、間違いなく生産性が落ちます。そこは強制的に、上長としては土日しっかり休ませる、ということはしようと思ってます。やっちゃう人もいるんですが、それはいいとは思いません。どうしても継続的に見なければいけない仕事もあるかもしれませんが、少なくともオフィスでやるべきじゃなくて、温泉にでも行って少しノンビリと。ベストが出来ない場合もそれがベターになるかなと。

――自分のマインドセットを変えるためにも休みを体験されたんですね。意外です。

これは舞台裏ですから。あまり舞台裏は見せないようにしてますが(笑)、なるべく休むようには努力しております。でもそれやらないと、経営は続けられない。25年間社長をやっていますが、学んだことの一つが、止まって考えないと必ず間違えるということ。ずっと仕事が流れてたら、判断がおかしくなるんです。だから、経営者だけではない、皆さんも休むことって大事ですよ。

マッチョな体育会系経営者のイメージが強い新浪社長。「反対」とは言わないまでも、男の育休なんて甘っちょろいと思っているかなぁ。と思いこんでいたが、このインタビューで「マッチョ」な言説が垣間見える事は無かった。 むしろ、マインドセットが変わらない日本人経営者に嘆くような言葉もみられ、明らかに経営のプロとして、変化の波を受け止めているようだった。次は新浪社長が危惧されている中小企業のトップに男性育休のあり方について聞きたい。(天野)

新浪剛史(にいなみ・たけし)

サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長

1959年横浜市生まれ。81年三菱商事入社。91年ハーバードビジネススクール修了(MBA取得)。02年ローソン代表取締役社長。14年から現職。

Shinya Akiwa / HuffPost Japan

【タエが行く!本当はどうなの?男性の家庭進出】

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