「継続は力なり」は、もう時代遅れ? 1つのことを極めるよりも、いま必要なこと

経済学者の安田洋祐さんが指摘する、働き方の「落とし穴」
経済学者、大阪大准教授・安田洋祐さん
経済学者、大阪大准教授・安田洋祐さん
ハフポスト日本版

「継続は力なり」は、よく聞く言葉だ。学生時代の部活も、仕事も、ずっと同じ事を続けることが正しいとされる。

「でも、これからの時代は、そうでもないんです…」と問題提起をするのが経済学者の安田洋祐・大阪大准教授だ。どういうことだろう?大阪の梅田 蔦屋書店で開かれたトークイベントで理由を語ってくれた。

安田洋祐さん
安田洋祐さん
ハフポスト日本版

コツコツ、じっくり「一芸を極める」は本当に偉い?

「終身雇用が崩壊していくなか、長く同じところで仕事をするという働き方がどんどん少数派になっています」。安田さんはまずそう指摘した。

転職や副業が当たり前の時代になり、終身雇用タイプの組織ではもう持たないことは、日本の経済界のトップたちが相次いで発言しているぐらいだ。

会社の寿命自体も短くなっている。1983年に日経ビジネス誌が唱えたのは「会社の寿命30年説」。東京商工リサーチによると、2018年に倒産した企業の平均寿命は23.9歳だった。人生100年時代、「継続は力なり」という言葉が意味を持つ前に、入社した会社そのものが消えてしまう可能性があるのだ。

潰れた会社のイメージ写真
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Sproetniek via Getty Images

「社会の不確実性が高まり、今いる組織が明日あるか分からない時代に、個人はどう生きるべきか。3つのスキルを組み合わせた人になった方がいいと僕は思っています」と安田さん。

「ある分野でトップの10%に入ることは、頑張れば何とか達成できます。そこまで行ったら、また別の分野でトップ10%になり、さらに違う分野でもトップ10%をめざす。そんな風に『上位10%クラスに行けるスキル』を3つ組み合わせれば、レアな人材になれます」

たとえば英語の力が業界の上位10%ぐらいのレベルになれば、10分の1の人材になれる。さらにプログラミングの知識が上位10%、文章を書く力が上位10%なら、10分の1を3度かけ算して「1000分の1」、つまり1000人の1人の人材になれるというわけだ。

「1つのことだけを続ける」をやめてみる

「もちろん上位10%になるだけでも大変です。でも、相当な努力と運が必要な『上位1%』や『上位0.1%』と比べたらまだ狙える範囲のはず。一芸を極めるのに必要な時間や集中力を、どのスキルの組み合わせが自分に向いているのかを考えるために使うこともできます」

安田さんは同時に、あえて1つのことに執着し過ぎないことの重要性を唱える。同じ分野をずっと極めるのも大切だが、上位10%まで上達したら、思い切って違う分野にトライしてみるということだ。会社に長く働くことがまだまだ「良いこと」とされ、学校の部活では同じ競技を3年間続けることが当たり前の日本では、なかなか馴染みがない考えかもしれない。

「1つの分野にとどまっていると、他の分野や世の中の動きが見えにくくなります。スキルの組み合わせを意識することで、世の中をみる目も変わってくるはずです」

イベントの様子
イベントの様子
ハフポスト日本版

安田さん自身も経済学者でありながら、研究室にこもりっぱなしではなく、メディアに出演して経済学の知識を分かりやすく広めたり、政策提言にも関わったりしている。新しい分野に挑戦する度に本人の「希少性」が増す。

元リクルートで教育者の藤原和博さんも「100人に一人の領域を3つ作ろう」と呼びかけているように、「組み合わせ思考」の重要性は様々な分野で指摘されはじめている。

「努力した分を取り返す」思考は危ない

「組み合わせ思考」を見つけるために大事なのは「サンクコスト」を惜しまないことだ、と安田さんはいう。

サンクコストというのは「埋没費用」という経済用語。これまでにかけてきた労力やお金など、もう回収できないコストのことを指す。

あるプロジェクトを続けるべきか、やめるべきかを迷ったとき、「せっかくここまで来たのだから」と方向転換をためらうのが人間だ。でも、過去に投下してきたコストは、その先どう行動しても実は変わらない。

「今までの努力を無駄にしないために頑張ろう」と思って、見込みのない仕事を続けることほどもったいないことはない。そんなことを戒めるために「サンクコスト」という言葉に立ち返ってみる。

安田さんは、言う。

「サンクコストの罠から抜け出すのは難しいです。だからこそ、勇気を持って『やりたいこと』を変えていく戦略が重要になるのです。これだ、と決めて努力し続けた経験は、別の分野で勝負する際の自信にもつながると思います。『努力が無駄だった』と過去を振り返るのではなく、『これからはより有効に時間を使える』と未来に目を向けてみてはどうでしょう」

イメージ写真
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最先端の「マッチング理論」が描く、匿名社会の終わり

職人のように1本の道を追求するだけでなく、そこそこ上手になったら「別の得意」なことを探す。それらを組み合わせて新しい価値を生む——。実はこうした「組み合わせる力」を発揮しやすくなっている背景には、経済環境の変化がある。かつてに比べて「個人が好きな人やモノを見つけやすい時代になっている」のだと安田さんはいう。

安田さんの専門は最先端の経済学で注目されている「マッチング理論」だ。パートナーに出会いたい男女、受験生と学校、医師と患者、就活生と企業。別のグループのメンバー間で、どのような仕組みをつくれば「良い組み合わせ」実現できるのかを研究している。

2012年にこの分野で業績を挙げたアルビン・ロス氏とロイド・シャプレー氏にノーベル経済学賞が与えられたことで有名になった。

ノーベル賞のイメージ写真
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「これまでの市場は『匿名市場』でした。買い手と売り手が、お互いのことをよく分かっていなかったんです。これを象徴しているのがテレビCMでしょう。たとえば自動車メーカーがテレビで宣伝をする場合、大多数のお客さんに向けて同じ情報を流すわけです。そのCMを誰がどういう風に見ているか、細かくは分かりません。潜在的な買い手と売り手とをきめ細かくマッチングさせようとするのではなく、とにかく目立つCMを大量に届ける。そうすれば、結果的に車を買ってくれるお客さんに当たるだろう、という発想です」

「かつての就職活動もそうでした。学生は今みたいに細かく企業分析をしたうえで会社を選ぶことは少なかったですし、企業側もインターンシップなどはせず、大量に新人を雇えばその中に『優秀な人が一定の割合はいるだろう』という発想でした。適材適所で職場に向いている人材を探すという『マッチング思考』ではなく、平均的なスペックが高い新入社員がとにかく欲しい『匿名思考』に陥っていた、と言えるかもしれません」

市場(マーケット)に参加している「生産者と消費者」あるいは「会社と就活生」は、お互いのことを詳しくは知らない『匿名』だったというわけだ。行き当たりばったりで動き回り、マッチングが成功する人と成功しない人が出てきてしまう。

「ところがインターネットの登場やSNSの普及によって、今は『匿名市場』が『マッチング市場』へと徐々に変わってきているんです。情報が得やすくなり、人と人がつながりやすくなったので、本当に相手のことを知った上で取引ができるようになってきました。お昼にカレーを食べたくなったら、味が保証されているチェーン店に行くのではなく、SNSで評判の誰々さんが作っているお店にいってみよう、といった具合に、これまでの市場(マーケット)では実現が難しかった『つながり』に惹かれる消費者が増えているのです」

安田洋祐さん
安田洋祐さん
ハフポスト日本版

確かに、ある会社で働いていたとしても、SNSを見ていれば、他の職場の情報が目に入ってくる。自分の会社の欠点にも気づく。色々な人がTwitterやnoteなどで発信している時代だ。一緒に働きたいような人がいれば、検索をしてSNSアカウントを探し、DMを送れば会ってくれる。

一度入った会社の「次」が見つけやすく、本当の自分の関心と職場が「マッチング」されやくなったのだろう。今後はAIで就活生と企業を繋げるサービスも増えそうだ。「暗闇」の中にジャンプするように、一大決心をして会社を辞める「転職」と違い、相手のことをよく分かったうえで安心して仕事を変えられるということだ。「終身雇用」の意義が薄れていく理由がここでも補強される。

安田さんは最後にこう言った。

「今は、失敗しても『次に』行きやすい時代です。一生懸命ひとつの道を極めて1000人に1人になろうというのは険しい道ですし、せっかく極めたスキルが陳腐化してしまうリスクもあります。そういうときは、違う分野で再挑戦して『10人に1人』ぐらいを目指せばいい。ズブの素人の状態からだんだん上達していくのって、すごい楽しいじゃないですか。転職先で新しい仕事を始めた人は好奇心や吸収力があって、ベテラン社員よりも活躍するケースもあります。既存のルールにしばられず、柔軟なアイデアを出してくれるかもしれません。そうした仲間や働き方が増えると、組織はどんどん活性化していくでしょう。もちろん一芸を極めるのは尊いことですが、みんなが一つの分野・場所にとどまり続けるのではなく、組織を移りながら様々なオンリーワンを目指していく人も増えていく。そうすれば、異なる価値観同士が出会って、日本が今よりもっと『活力に満ちた多様な社会』になるのではないかな、と期待しています」

この記事は、ハフポストブックスから好評発売中の『内向的な人のための スタンフォード流 ピンポイント人脈術』(竹下隆一郎)の刊行記念イベントでのトークを元に、内容を再構成しました。

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