あいちトリエンナーレで展示変更、モニカ・メイヤーさんは語っていた。「対話を続けていくことが大事」

モニカ・メイヤーさんの『The Clothesline』は、時代や国境を越え、対話と連帯を生み出してきた。津田大介さんとの対談時に打ち明けた思いとは?

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」は、開幕から20日が過ぎた。わずか3日で中止となった企画展「表現の不自由展・その後」をめぐる問題は、トリエンナーレに参加している海外作家の一部が展示内容の変更を求めるなど飛び火している。

すでに展示を中止している韓国人作家2組と米国の非営利報道機関「CIR(調査報道センター)」の他に、20日からは、スイス出身のウーゴ・ロンディノーネさんやメキシコ出身のモニカ・メイヤーさんら9組の作品も展示内容が変更されたり展示が取りやめになったりした

中でも、メキシコにおけるフェミニズムアートのパイオニア的存在であるメイヤーさんは、ジェンダー間の不均衡を可視化する作品に定評があるアーティストで、芸術監督の津田大介さんが掲げる『参加作家のジェンダー平等』という主要テーマの柱のような存在だった。

ハフポスト日本版はトリエンナーレ開催前に、メイヤーさんと津田さんの対談を取材した。

アートやフェミニズムについて語り合った2人の対話は、考え方や価値観が異なる相手とどう向き合うかという内容にまで及び、今回の騒動に対しても示唆に富んだ内容だった。

モニカ・メイヤーさん(左)と津田大介さん(右)
モニカ・メイヤーさん(左)と津田大介さん(右)
Huffpost Japan

時代や国境を越え、対話と連帯を生み出してきた『The Clothesline』シリーズ

今回、メイヤーさんが出展していたのは『The Clothesline(クローズライン)』という作品。ピンクや薄紫色のカードに、参加者が日常生活の中で感じる女性ならではの抑圧やハラスメントについて書いてもらい、ショッキングピンクが印象的な枠組みにロープが張られたものに吊るす参加型のアートプロジェクトだ。

カラフルなカードに書かれた告発はもちろん匿名で、記入するのは無数の声なき声に囲まれた安全なスペースとなっている。現在進行形で増えていく小さな声の集合体は、社会が生み出してきた矛盾や抑圧を可視化するとともに、見る者に新しい気づきを与えてくれる。

あいちトリエンナーレ、展示変更前の『The Clothesline2019』
あいちトリエンナーレ、展示変更前の『The Clothesline2019』
Photo: Ito Tetsuo

だが、『The Clothesline』という作品の醍醐味はこれだけではない。

モニカさんが初めて『The Clothesline』という作品を作ったのは1978年にまでさかのぼる。当時はフェミニズムアートといえば、性暴力やリプロダクティブヘルス/ライツ(性と生殖と健康に関する権利)をテーマとした作品が主流だったが、モニカさんは敢えて街を歩くメキシコの女性たちに、それぞれが抱えている憤りや生きづらさの背景を聞き出した。

一つ一つの声は、ピンク色のカードの上に文字として落とし込み、洗濯物を干すロープをイメージした展示台に吊るした。『The Clothesline』という作品タイトルは、洗濯物が吊るされている様子を意味する。そこには、女性を象徴する仕事や色として軽視されていた“洗濯”や“ピンク”をアートとして昇華させようというポジティブな意図が隠れている。

以来、モニカさんは40年にわたってアルゼンチンやコロンビア、アメリカなど各地で『The Clothesline』を続けてきた。毎回、展示前にワークショップや下取材などを行い、その地域ごとの特徴をあぶり出し、投げかける質問は変えている。例えば、ある地域では性暴力への恐怖がテーマになり、ある地域では男女の教育格差がテーマとなった。

その時代、その場所で生きる女性たちが抱える不安や抑圧を浮き彫りにし、対話や連帯が始まるきっかけを作り出してきたのが『The Clothesline』であり、あいちトリエンナーレの作品は、初めての日本バージョンだった。

あいちトリエンナーレ、展示変更前の『The Clothesline 2019』
あいちトリエンナーレ、展示変更前の『The Clothesline 2019』
Photo: Ito Tetsuo

津田大介さん(以下、津田)
78年に『The Clothesline』を発表されて以来、世界中で展開する過程で作品そのものはどう成長したんですか?

モニカ・メイヤーさん(以下、メイヤー)
『The Clothesline』というのは、例えばあいちトリエンナーレに出展する展示が単体の作品というわけではないのです。私にとっては、『The Clothesline』が歩んできたこれまでの経緯、ストーリーそのものが作品だと思っているんです。

例えば、アルゼンチンでは、ある学校の教師と生徒を対象に『The Clothesline』をやりました。すると、その後、その教師が独自の『The Clothesline』をクラスでやりたいと言ってくれたんです。さらには、その授業を受けた生徒の一人が、トランスジェンダーの友人が自殺した経験があって、トランスジェンダーに関する『The Clothesline』をやりたいと言ってくれた。

アーティストとしても、アクティビスト(活動家)としても、作品が一人歩きして命を持ったことを、とても嬉しく思っています。今後『The Clothesline』がどういう展開していくのか非常に楽しみです。

津田
作品がモニカさんの手を離れて大きくなっていくプロセス自体がアートなんですね。作者が死んだ後も美術館に残り、歴史の一部になって永遠に生き続けることができるのが芸術ですが、『The Clothesline』は美術館の外にも展開している作品ですね。

メイヤー
インスピレーションを受けた他の人が、場所で展開したいと思ってくれることが、私にとって一番の褒め言葉。光栄です。

モニカ・メイヤーさん
モニカ・メイヤーさん
Huffpost Japan

空っぽのロープ、破られたカード

『表現の不自由展・その後』の中止を受け、社会的・政治的な抑圧への告発と連帯をテーマに作品を作ってきたメイヤーさんは、8月12日に他の作家らとともに「表現の自由は、いかなる文脈からも独立して擁護される必要がある、奪うことのできない権利である」とする声明を発表。

20日には、『沈黙の Clothesline』と名付けられた別の作品へと姿を変えた。

ロープからは来場者の「声」が全て撤去され、床には「声」が記されるはずだった未記入のカードが破られた状態で散らばる。鮮やかなショッキングピンクが虚しい空っぽのロープには、新たにメイヤーさんの“声”が吊るされている。

『沈黙の Clothesline』『表現の不自由展・その後』の中止に抗議して展示内容が変更された
『沈黙の Clothesline』
『表現の不自由展・その後』の中止に抗議して展示内容が変更された
Photo: Yorita Akane

<異なる価値観や考えを持つ相手に対してどう向き合うか>

メイヤー
私がよく言うのは、自分が貧困で苦しんだことがなくても貧困の問題を考えられないということはないでしょう? 私の経験上、抵抗を示す人ほど、その問題を理解するまで、あとほんの一歩という人も多いのです。どうしても理解しようとしない人もいますし、どうしても相容れない人もいる。でもディスカッション(対話)を続けていくのが大事かなと思います。

津田
フェミニズム=闘争というイメージを持ち、批判的に攻めること自体を嫌う傾向が男女問わず若い世代にはあります。

メイヤー
フェミニズムは、家父長制のシステムや考え方、家父長制が作り上げてきた神話に対して、物を申す運動です。本来は、対男性でもなければ、誰かと戦うものではないはずなんです。すべての人が平等に、ハッピーに暮らせるより良い社会を目指しています。
人種や階級など色々な差別をめぐる運動がありますが、フェミニズムだけが、他者を他者として設定しない運動だと思うんです。なぜかと言うと、フェミニズムにとっての他者とは、自分の夫であり、父親であり、兄弟であって、敵として捉えることができない身近な相手だからです。性差別者でなければ全員がフェミニスト。フェミニズムは、すべての人と手を取り合って行える運動だという信念があります。

津田
あらゆる差別の問題を解決するための処方箋のコアな部分を、フェミニズムが内包しているということでしょうね。

ところで、僕が驚いたのは40年もフェミニストとして活動しているモニカさんが、現状について非常にポジティブだったことです。僕はジェンダーの問題を勉強し始めたばかりですが、調べれば調べるほど、女性が置かれている状況は大変だし、特にメキシコの女性は抑圧されている状況があると思います。ネガティブになることもあると思うのですが、ポジティブな理由は?

メイヤー
私がフェミニストアーティストとして活動を始めた時は、3年ですべてが変わると思っていたんです(笑)

でもすぐに、家父長制を壊すには1万年かかると分かりました。法律を変えればいいと言う問題ではない。すべての人が、人間として変わらなくてはいけないような、とても根深い問題。なので、40年はまだまだですよ。まだまだ先は長いんです。だからこそ、私はアートの力が重要だと思っています。後世に残るし、心の深いところに訴えかける力がありますから。

津田
作品を見て、モニカさんの思いを受け取った人が新しく動き始めるわけですね。僕もやっぱりその一人で、僕はディレクターとしてやれることをやります。モニカさんは決して一人じゃない。これで美術業界が変わるかもしれません。

『表現の不自由展』が再び開かれるまで…

『沈黙のClothesline』に掲出されているメイヤーさんのステートメントには、こうある。

「『The Clothesline』は『表現の不自由展・その後』が再び開かれるまで、沈黙を続けます。今後、質問カードの回答が受け付けられることはなく、また、すでに集まっている回答は片付けられました」

「『あいちトリエンナーレ2019』の一部であるこの展示は、テロの脅威と脅迫によって閉ざされました。トリエンナーレの参加者として、人々が彼らの体験を共有し声を上げるための場所を開くアーティストとして、私は、作品が検閲されている仲間のそばにいます。そしてこの困難な状況に直面しているトリエンナーレで働く人々と連帯します」

メイヤーさんらが抗議の声明を発表した後、事務局は作家一人一人と交渉を重ね、作家の意向に沿うような展示継続のあり方を探ってきた。メイヤーさんは『表現の不自由展・その後』が再開されれば、元の展示に戻す予定という。

あいちトリエンナーレの関係者は、『表現の不自由展』の中止について、「防衛措置だったが、モニカさんの意志は尊重し、対話は続けてゆきます」と語る。

現在の状況は、時代や国境を越えて40年続いた『The Clothesline』シリーズにとって不本意な展開のかたちであることは想像に難くない。

『沈黙のClothesline』
『沈黙のClothesline』
Photo: Yorita Akane

メイヤー
実は、最初の頃の『The Clothesline』は一過性のものだと思っていたので、集まったメモは捨てちゃったんです。

津田
笑。

メイヤー
今は国や年代で書かれた内容がどう変化したか、比較分析をしています。例えばメキシコでは、メモの中で一番よく使われる言葉は「Fear(恐怖)」なんです。でもアルゼンチンでは「Shame(恥ずかしい)」。同じ南米でも、これだけ違うのは面白いですね。
デジタル化してネットで見えるようにしていこうと思っています。ただ、日本語が分からないのでどうしようかな…。Google翻訳かしら(笑)。言語がわからない環境でやるのはこれが初めてです。

津田
これは相談なんですが、ジェンダーの悩みを受け付けているWebサービスもあるので、ここに書かれた匿名の告発をツイッターなどでシェアしていく取り組みもしてみたいのですが、どうでしょうか?もちろん匿名性は守ります。

メイヤー
アノニマス性が保たれるのなら、それもいいですね。日本の研究者やフェミニストの方が内容を研究に使いたいということがあれば、協力していただくことも考えています。

『表現の不自由展・その後』は、現在は「展示中止」を知らせる立て看板が入口に置かれているが、室内は元の状態のままとなっている。

今後は企画展の実行委員会と事務局の協議や、「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」の見解などを元に判断するという。

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