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2019年08月26日 07時42分 JST | 更新 2019年09月26日 12時54分 JST

「どうせ私なんて…」。自己否定でビジネスチャンスを逃しているあなたに伝えたい、たったひとつのこと。

「自己中毒」に陥ってる時間は正直、全く意味のない苦労をしていると思ったほうがいい。

Emma Kim via Getty Images
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ここ1ヶ月ほど、私はある友人の心の葛藤と向き合っている。彼は才能あふれる人物で、ITの分野で活躍し、慕っている人たちもたくさんいる。私も心から尊敬しているし、随分多くのことを教えてもらった。

事の発端は、些細なこと。彼と、私たちの共通の友人との意見の相違から始まった。

二人は同郷の縁である有志の勉強会の運営に関わっていて、そこで折り合いがつかなくなったという。私はその場におらず、後から双方の主張をFacebookのメッセンジャーで聞かされた。第三者として話を聞いていると二人とも目指すゴールは一緒だし、良いパートナーになれると思ったので、なんとか事を収めようと思った。でも結局、双方の意見の相違が大きすぎて、修復は難しかった。

話をややこしくしている原因の一つに、彼のネガティブ思考があるのではないかと私は思った。自信を失った彼は「どうせ俺なんて。」「もう無理だ。」と、後ろ向きな言葉を毎晩のように繰り返すばかり。関係修復ができなかったことよりも、才能溢れる彼が自分を卑下するのを横で見ていることが、私は何より辛かった。もっと自信を持ってほしいし、多くの場で活躍してほしい。

そんなことを考えているうちに、このネガティブ思考で損をしている人は、彼に限らずたくさんいるのではないかと思った。

ネガティブ思考がボタンの掛け違いを大きくする

彼に限らず、「私なんて、どうせ…」と言う人は結構いる。また、繊細すぎるがゆえに物事を深読みしすぎて行動できなくなってしまう人もいる。

これは、謙遜を美徳としがちな日本人の気質的に仕方ないのかもしれない。

でも、そんな心の中での葛藤が何を生み出すのだろう。

昔聞いた話にこんなものがある。

ある女性が男性に食事に誘われた。店を決めたら連絡すると男性側が言って、それっきり連絡がない。

女性は「どうせ私のことなんて忘れているのね」と思って催促するか悩んだ。でも、気になる。悶々としていても埒が明かない。そこで思い切って連絡をしてみたら、なんてことはない、男性はメールを送っていたのに迷惑メールボックスに落ちていただけだった。こうして二人は無事に食事に行くことが出来た。

もし彼女が思い切って連絡を取らなかったら、男性は「誘ったのに返事をくれなかった」「こちらからの連絡を無視された」と受け止めていたかもしれない。催促するなんて図々しいと思われるかも?と逡巡した結果、かえって相手への印象は悪くなっていた可能性もあるわけです。

この話は、「どうせ私なんて」と一人悶々とせずに、行動に移したことで上手くいったケースだけど、ネガティブに考えて損をしている人は、私の周りにたくさんいる。

「どうせ自分なんて。」「無理に決まっている。」

そんな考えが頭の中に蔓延して深い闇にハマっていく状況を、私は「自己中毒」と呼んでいる。他者に危害を加えられたわけではないのに、自分の脳内で負のスパイラルが起きて、自分で自分を貶めてしまうから、こう表現している。

かくいう私も、全く人のことを言えない性格で、特に10代から20代前半まで、この「自己中毒」がひどかった。

自分の内側ある情熱や感情をどう言葉で表現していいかわからず、滑っては自己否定を繰り返し、「私なんて存在する意味がない」というような思考に陥る。随分めんどくさい人間だったと自覚している。

だからこそ、彼をはじめ、すぐに自己否定する人に伝えたいことがある。

oatawa via Getty Images
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あなたは何のために苦労をするのか。あなたの目的は何なのか。

誰だって、好き好んでムダに苦労したがる人はいない。あれを実現したい、この想いを伝えたいなどの目的があって、そのために必要な苦労もする。

でも「自己中毒」の時は、自分にとって全く意味のない苦労をしていると思ったほうがいい。なにしろ、相手や物事とちゃんと向き合っているわけではなく、自分の中で独り相撲をしている状態なのだ。自傷行為に近いと思う。それは、辛いだけで何も生み出さない。

だから、あなたがもし極度のネガティブ思考に囚われたり、執拗に自分を貶めてしまったら、「今の苦しみは、自分の目的を果たす上で必要なものなのか」を考えてほしい。

先程引き合いに出した男女のメールの話で言えば、「食事に行くこと」が目的だった。それを達成するために「私なんかどうせ」というネガティブ思考は、不必要に自分を傷つけているだけ。「食事に行く」という目標を達成する上で、何の役にも立たない。

彼女が勇気を持って問い合わせたからメールの不達問題が分かったし、もし先方が忘れていたらそこからまた日程調整に入れば良い。万が一男性の方が本当に彼女と食事に行く気がないのだったら、確かに一瞬は傷つくかもしれないが、きっぱり忘れた方がいい。いくら「食事に行くこと」が目的でも、嫌がる人と食事に行ってもせっかくのごはんがまずくなるだけだ。

もちろん人間だから、ちょっと心が弱ってしまったり、自分に自信が持てなくなったりするときもあるだろう。そういうときは冷静に、シンプルに、物事を見てほしい。ゆったり構えて、自分と対話してほしい。「わたしは何を実現したいのか?」と。

シンプルに捉えると、世界はちょっと生きやすくなる

「自己中毒」の問題に限らず、ものごとをシンプルに捉えると、自ずと解決することってたくさんあると思う。仕事において成果を出すことも、人間関係を円滑に運ぶことも、迷ったら「自分は何を目指しているのか」を考えると、視界がひらけて気持ちが楽になる。

一番辛いのは、問題に対して暗中模索で、目的も手段も見失ってもがいている状態なのではないか。そういうときは、「目的」と「現状」を整理して、「実現可能な手段」を考えるといい。

もちろん、この世は綺麗事ばかりではない。ときに、目的を果たす上でできる手段が何もないときもある。そういうときは、「どうせ私なんて」と思わずに、思いを手放す勇気も必要です。勝ち目のない戦いに延々と傷つき続ける必要はない。

だって、悲劇のヒロインも、孤独なヒーローも、何も生み出さないし、たとえ上手くいっても、飲み会のネタになるくらいだから。

(編集:榊原すずみ @_suzumi_s