「愛してる」と家族に電話するテロリスト…。加害者側の世界にも目を向ける『ホテル・ムンバイ』

「加害者側の世界を知ること」と「事件報道のあり方」━━。今作にはオリンピックを目前に控えた私たちが知るべき、2つの視点が描かれている。
映画『ホテル・ムンバイ』
映画『ホテル・ムンバイ』
©2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM

2008年に世界を震撼させた「ムンバイ同時多発テロ」を題材にした映画『ホテル・ムンバイ』が9月27日から公開される。

インド最大の都市であるムンバイの駅やレストラン、高級ホテルなど複数の場所で同時多発的に起きたこの事件では170人以上が死亡、多くの人間が人質となり、事件解決に3日を要した。そのテロの標的の一つとなったムンバイの五つ星ホテル「タージマハル・ホテル」では、500人以上の従業員と宿泊客がホテルに閉じ込められたが、人々は協力しあい、32人の死者を出したものの多くが無事に生還することができた。本作は、その実話を膨大な資料を基に再構成し、リアリティあふれるタッチで描いた作品だ。

本作は、テロに立ち向かった勇気ある市民を描く一方、従来のテロを題材にした映画にありがちな、「英雄VS悪魔のテロリスト」のような単純な図式に物語を当てはめず、実行犯の若者たちの人間性も克明に描いている。ムンバイの綺羅びやかなホテルには一生縁がなかったであろう、貧しい暮らしを強いられてきた若者たちがテロの最中にどのような会話を交わし、何を動機にしていたのかをも詳細にあぶり出している。

テロに立ち向かう勇気とともに、加害者のテロリストの人間性にもスポットを当てているのはなぜなのか、本作の監督を務めたアンソニー・マラス氏に話を聞いた。

撮影風景。中央がアンソニー・マラス監督
撮影風景。中央がアンソニー・マラス監督

実行犯もまた、同じ人間であるということ

今までにも実際のテロ事件を題材にした映画は、数多く製作されている。マースク・アラバマ号事件で人質となった船長をトム・ハンクスが演じた『キャプテン・フィリップス』(2013年)や、タリス銃乱射事件を題材にしたクリント・イーストウッド監督の『15時17分、パリ行き』(2018年)など、その多くはテロに立ち向かった英雄たちの物語だ。

本作の主人公も、タージマハル・ホテルに務める従業員や料理長、偶然居合わせた宿泊客といった一般人だ。人種も国籍も異なる人々が危機に直面し、一致団結して恐怖に立ち向かう様は、本作を観る者に感動を与える。

しかしながら一方で、本作はテロリストたちの人間性を描くことをおろそかにしていない。ホテルに乗り込んだ若い実行犯の1人が豪華なロビーを見上げ、目を輝かせて感嘆の声を上げる。「こんなの初めてだ。まるで楽園だ」と素直な感激を漏らす若者の目はあどけない少年のようだ。

テロの最中、実行犯の1人はホテルの電話から家族に連絡し、涙ながらに「愛してる」と告げる。この映画に登場するテロリストたちは狂信者には見えないのだ。

テロを生き延びた人々の勇気を描くことを第一義としながら、テロリストたちの人間性も詳細に描いたのはなぜのか、アンソニー監督はこう語る。

「この映画のプロデューサーの1人は、ムンバイ出身で弁護士資格を持っているのですが、彼はムンバイのテロ事件の裁判に関わった判事や検事たちとも知り合いで、事件についての膨大な資料を手に入れることができました。

その資料を読み進めてわかったことは、実行犯たちは、貧困層出身で、生まれた土地の外のことは何も知らないようなナイーブな若者たちだったということです。

確かに、テロを題材にした映画では、テロリストは敵役で血迷った悪人として描かれることが多いですが、私には彼らも我々と同じ人間であると思えたんです。そして、そのように人間的な存在として描いた方が作品もより重層的になると考えました」

テロの首謀者は、現地におらず携帯電話を通じて実行犯たちに指示を送っている。アンソニー監督はこの通信記録も徹底的に研究し、犯人像をリアルに作り上げたという。

生まれ育った土地から遠く離れた地で凶行に及んでいる若者たちの脳裏にあるのは、貧しい暮らしをしている家族の姿だ。犯行中に実行犯が家族に電話するシーンがある。電話口の向こうで実行犯の父は「訓練は上手くいっているのか。お前は家族の誇りだ」と告げる。そしてまだ、金は受け取っていないとも。この若者たちは、貧しい家族のために戦っているのだ。

「テロという悲劇は加害者がいるから起きるのです。加害者たちがなぜ犯行に及んだのかを理解することなしにテロを撲滅することはできません。彼らは皆、貧困に苦しんでいて、満足な教育を受けられず無知なのです。

私達は自分たちが暮らしている世界の外について知る必要があります。若く貧しかった彼らは広い世界を知る術がありませんでした。しかし、我々もまた、自分たちの世界ばかりでなく彼らの世界を知る必要があるのではないでしょうか」

映画『ホテル・ムンバイ』では、テロ実行犯の人間性も詳細に描かれる
映画『ホテル・ムンバイ』では、テロ実行犯の人間性も詳細に描かれる
©2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM

事件報道がテロ被害を拡大させた?

本作は、そんなテロを起こす人々の背景への想像力を喚起させるだけでなく、事件報道のあり方についても一石を投じている。

首謀者と思しき人物は電話越しに実行犯たちに指示をするが、現場にいないにもかかわらず妙に指示が的確だ。

「建物の入り口に人が集まってきている。手榴弾を使え」━━。

なぜ首謀者は詳細な状況を把握しているのか。それは、逐次報じられる事件のニュースを見ているから。これも犯人たちの携帯電話の通信記録からわかったことだという。

「ムンバイのテロ事件では、事件報道が犯行グループ側に有利に働いたと言っていいと思います。報道によって被害が拡大した可能性すらあるでしょう。

報道の自由は民主主義の根幹ですから、最大限認められなければなりませんが、多くの人命が危険にさらされているような状況においては、情報規制が必要ではないでしょうか。私はそういう議論もこの映画によって喚起したかったのです」

ムンバイのテロ事件は2008年の出来事だ。当時はスマートフォンやSNSが普及し始めた頃で、Twitterやflickrなどで事件情報を発信する一般人がすでにこの頃から存在していたが、事件から11年が経った今、事件情報の扱いについては一層難しい時代に突入している。スマートフォンとSNSの普及は11年前の比ではないからだ。

「今はマスメディアだけでなく、誰もが情報を発信しています。このような重大事件が起きた時にこれは大きな問題になりえます。つい先日起きた、カリフォルニア州のデパートでの強盗事件でもこのようなツイートをしている人を見かけました」

これは8月25日(現地時間)に、ロサンゼルスのデパートで発生した強盗事件の最中、デパート内に隠れていた人物によるツイートだ。

この事件は単なる強盗事件で被害者は出なかったようだが、これが強盗でなく殺人を目的にした犯行で、犯人がスマートフォンで情報を得ていたらと思うとぞっとする。

写真の使用許可を求めるメディアからのリプライや、こういう情報を安易にツイートすべきでないと諌めるリプライが散見される。だが、非常時に全ての人間が冷静に対応できるわけではないし、一刻も早い助けを求めてツイートする人もいるだろう。事件情報の統制はほとんど不可能な時代になってしまったのかもしれない。

本作は、名もなき英雄たちの勇気だけでなく、事件報道についての重大な問題提起とともに、テロが起きてしまう世界の格差の不均衡への想像力を観る人に与えてくれる。アンソニー監督はテロとの戦いに根本的に必要なのは、基本的人権の尊重と教育の充実だと語る。

「人は誰しも奪われたら戦うしかなくなるのです。家族を持ち、夢を見ることが許され、安心して暮らせる環境を増やすことがテロの撲滅に最も有効なことだと私は信じています」

映画『ホテル・ムンバイ』
映画『ホテル・ムンバイ』
©2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM

(編集:毛谷村真木 @sou0126

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