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2019年10月05日 10時03分 JST | 更新 2019年10月05日 10時03分 JST

夫亡き後、第2の人生を謳歌するのが幸せなのか? それとも…。トシコ、その愛

我が母・トシコは、24歳で知り合い、結婚したマサルを、愛し続けたまま死んでいく。

育児や夫婦関係に関するコラムを偉そうに書いているが、いつも、ある夫婦の存在が僕の頭のなかにある。それは、オヤジとオフクロだ。多くの人が「親」という名の夫婦に育てられるわけで、自身が結婚するまで「一番よく知る夫婦」は親だろう。それだけに多分に影響を受けるもので、僕の場合はまた強烈だった。

写真提供:村橋ゴロー
村橋ゴローさんのご両親

息子の久しぶりの帰還よりも、相撲が大事!

オヤジの名前はマサル、オフクロはトシコ。ともに昭和11年生まれで、オヤジは13年前に69歳で死んだ。残されたトシコは、現在82歳になる。とにかくこのふたりは、仲がよかった。僕ら子どもの前でも四六時中イチャイチャしてたし、平日休日かまわず映画などのデートに出かけ、夜は夜で2人揃ってスナックに足しげく通っていた。

その昔、僕がまだ独身だったころ、連絡を入れることなく、ふらりと実家に寄ったときのことだった。玄関も施錠されてなかったので、ピンポンもせず実家のなかへ。リビングに行くも誰もいない。すると寝室のほうから、中高年の男女がキャッキャはしゃぐ声が聞こえてきた。嫌な予感しかしない。そちらのほうをこっそり覗いてみると、2組の敷布団を土俵に見立て、両親が相撲を取って遊んでいたのだ。

当時ふたりは、すでに65歳! しかもマサルはわざと負け、倒れ込みながら「うわ、強いな~。ただいまの決まり手ははたきこみ、はたきこみでトシコ山の勝ち~」とご機嫌MAXの様子。

まったくこちらの存在に気づいてないため、そもそも息子としてこの乱痴気をやめさせたい一心で「俺だよ!」と大きな声で言うも、マサルは「おう」と一瞬振り返っただけ。続けて「よし、トシコ! もう一番だ!」、「は~い!」。

トシコに至っては、まったくオレに気づいてない! 大事な息子の久しぶりのご帰還だというのに……。

最愛の夫を亡くし、トシコは言った

それから4年後、マサルが死んだ。くも膜下出血で倒れ、1か月間意識が戻らないまま逝った。

その知らせを聞き病院に駆けつけると、トシコは我を忘れて泣いていた。そりゃ45年近く連れ添った最愛の人を失くした直後なのだから、当然だ。病室に集まった僕ら3人の兄弟は、かける言葉も思いつかずその姿を見つめるしかなかった。しばらくして落ち着いたのか、とりあえずの涙が枯れ果てたのか、トシコが静かになった。頃合いをみて、僕は声をかけた。

「こんなときのためにさ、兄弟が3人もいるんじゃん」

だから頑張っていこう、と言う意味をこめて言った。「そうね、私たち遺されたみんなで頑張らないとね」的な返事が当然返ってくると思いきや、トシコは真っ赤に泣き腫らした目で僕を見ると、こう叫んだのだった。

「いやよ! アタシ、あんたら子どもよりマサルさんがいい!!」

腹を痛めて産んだ我が子より、私は夫を愛してるのーー。

いい悪いは別にして、いったい何人の人がそう言い切れるのだろう? だからトシコは3人の子の母親というより、マサルの妻として生きてきたのだろう。そのマサルに愛された証として、僕ら3人がいるに過ぎないのかもしれない。

写真提供:村橋ゴロー
村橋ゴローさんのご両親

夫が亡くなってからが、第2の人生?

顔を寄せる大きな背中と胸を失ったトシコは、しばらくして、いくつものパートを掛け持ちし働くようになった。まるで忙しさで、マサルの不在を埋めているかのようだった。

それでも彼女は彼女なりの方法で、何とか普通の生活を取り戻していったのだった。それからしばらくして、趣味で社交ダンス教室に通うようになった。そんなさなか、トシコからある衝撃的な告白を受けた。

「ねえちょっと、聞いてよ。ダンス教室でさ、お母さんプロポーズされちゃったの」

「え!? 相手は?」

「78歳の方なんだけど……」

当時トシコは77歳。

「おお、いいじゃんいいじゃん! 付き合っちゃいなよ!」

半分冗談だったけど、オヤジが死んで8年も経つのに、未だ「マサルさん、マサルさん」と事あるごとにいうオフクロが、見るに忍びなかったからだ。すると、

「何言ってるの!丁重にお断りしたわよ。そんな目で見られていたなんて、イヤになっちゃう!!」

と言い出したのだ。

「そんな目」って、おい…。

さらに続けて

「アタシにはマサルさんがいるのに!!」

いや、オフクロ、いないから! まぁ、いたとしても、遥か遠いお空の上だから!

時を同じくして、こんなこともあった。オフクロが1人で暮らすアパートに寄り一緒にテレビを観ていると、当時ブレイクしたての斎藤工の姿がテレビに映った。すると、

「お母さん、この人好きなんだー。だって唇がいいじゃない。ちょっとぼてっとして艶っぽいのよー。この人の唇……マサルさん、そっくり」

いや、似てねーし、知らん知らん知らん!! 息子として、母親のこの発言には正直引いたが、反面、切なくもあった。死んでかれこれ10年弱も経つというのにトシコは有名人の顔に、マサルの面影を探しているのだから。

写真提供:村橋ゴロー
村橋ゴローさんの結婚式の際のご両親。この2年後、お父様が亡くなった

 幸せなのは、どっちなのだろうか

女性の方が平均寿命は長い。そのせいか、ご主人を亡くした中高年女性が、元気を取り戻して第二の人生を謳歌している、という話をよく聞く。

「『風呂、メシ』しか言わず、やさしい言葉のひとつもかけてくれない。やっと逝ってくれてよかった、これからは私の人生を取り戻す」とばかりに、趣味や新たな恋に励む、女性たち。

片や、40数年連れ添った夫に愛され、夫亡き後も愛し続けるトシコ。きっと明日も明後日もずっと、亡霊を愛したまま生きていくのだろう。

夫を亡くした後の人生、いったい、どちらが幸せなのか、それはわからない。ただひとついえることは、我が母・トシコは24歳で知り合い、結婚したマサルを、愛し続けたまま死んでいくということだけだ。トシコ、その愛――。

(編集:榊原すずみ @_suzumi_s

■村橋ゴローの育児連載

第1回 妻はきっと知らない。ボクが家事・育児の“ワンオペ夫“を14年続けられる理由。

第2回 不妊治療の末に授かった赤ちゃん。出ないおっぱい。ボクたちが経験した「産後うつ」

第3回 「この子捨てていい?」――地獄のような「産後うつ」乗り越え、ふたりで涙した夜

第4回 【週5で銭湯】子どもに社会を知ってもらう「湯育」(とういく)のススメ

第5回 結婚のきっかけは「あなたの子どもが産みたい」。借金地獄を救ってくれた妻のために、ボクができること

第6回 男の子がピンクを選んだっていい。4歳の息子が感じた「性別と色」の世界

第7回 「子育てやめます」妻に宛てた一通の手紙。ボクはあの時、育児うつになっていた

第8回 親にとって最高の「ぷじぇれんと」 言い間違いは、子どもが成長している証だ

第9回  42歳おっさんの「孤育て」 平日の昼間、公園にいたらヘンですか?

第10回 「ちゅんちゅんこわい」気弱な息子と動物園に出かけたら……?

第11回 保育園で“バズ“ったら、何が起きる? ワンオペパパが見た、園児が過ごす大人の世界

第12回 お友だちに怪我をさせられて、傷ついた息子の心。我が子をどうやって守るのか?

第13回 小さな彼氏を見るように息子を見る妻。「じゃあオレは?」といじける僕。きっと愛は努力なんだ!

第14回 親が行きたいところに行くのがベスト。 僕がオススメする、子連れお出かけスポット3選

第15回 嫁さん、奥さん、妻…。呼び方を見れば、パートナーから自分がどう思われているかが、見えてくる

親も、子どもも、ひとりの人間。

100人いたら100通りの子育てがあり、正解はありません。

初めての子育てで不安。子どもの教育はどうしよう。

つい眉間にしわを寄せながら、慌ただしく世話してしまう。

そんな声もよく聞こえてきます。

親が安心して子育てできて、子どもの時間を大切にする地域や社会にーー。

ハッシュタグ #子どものじかん で、みなさんの声を聞かせてください。