日本の殺人事件での死亡者は、女性が男性を上回る。「フェミサイド」の実態は?

仮に、日本で100件の「女性が女性であるがゆえに、男性によって殺されるフェミサイド」が発生したとして、日本政府は迅速な対応を取ることができるだろうか。
Angry placard protests against sexism and gender violence.
Angry placard protests against sexism and gender violence.
「フェミサイド」のイメージ写真

読者は、「femicide(フェミサイド)」と言う言葉をお聞きになったことがあるだろうか。直訳すれば、「女性殺人」である。

英語で「殺人」を「homicide(ホミサイド)」と言うが、この「homi」はラテン語の「homo(人間)」が語源である。

しかし、人類の歴史を見てみると、長きにわたり社会は男性優位であり、言語においても人間≒男が当然であった。そしていまでも英語の「man」は「男と人間」を意味し、「mankind」は人類を意味している。

これはフランス語でも同様で、「homme」は男性と人類(「l’hommes」)を意味する。それゆえ、男女には関係なく、人が人に殺されれば「homicide(殺人)」という言葉が使われてきたわけである。

女性が女性だからゆえに殺される事件

そもそも「femicide」という言葉は、1970年代に活躍したアメリカのフェミニストであるダイアナ・ラッセルによって広められたといわれる。今回の記事では、「femicide」を、「女性(少女を含む)が女性であるがゆえに、男性によって殺されること」と定義する。またその背景には女性への差別意識があると筆者は考えている。

この「femicide(フェミサイド)」と言う言葉が、話題になることが増えてきているようだ。

世界では大きな問題と認識されていて、「femicide」の多い地域としては中南米、南アフリカ、ロシアがあげられているが、インドでも凄惨な「femicide」が行われていることが報じられている。男性が見知らぬ人に殺されるケースが多い一方、女性は知り合いによって殺される確率が高いことが「femicide」の特徴である。

国連もことの重大さを認識しており、「Gender-related killing of women and girls」というレポートを出している

欧州でもこの「femicide」は問題視されている。欧州での国際女性デーでの集会・デモでは、「femicide」は重要な抗議テーマだ。筆者は、今年の国際女性デーの日にスペインのマドリッドにいたのだが、女性のゼネストも同日に行われ大規模であったが、「femicide」に抗議するプラカードを見かけた。イタリアでも同様であったそうである。

そして、EU統計局(European Statistical Office)の2017年のデータによると、女性10万人あたりのパートナーによる殺害率は、ドイツが0.23人、フランスが0.18人、スイスが0.13人、スペインが0.12人、イタリアが0.11人とある。

「fémicide」対策に500万ユーロを投じるフランス

実は、私が住んでいるフランスでも、つい最近この言葉が話題になった。「femicide」はフランス語では「fémicide(フェミシド)」という。

きっかけは9月1日に南フランスで21歳の女性がパートナーに殺害され、その遺体が発見された事件である。

この事件が2019年になって100件目の「fémicide」であったため、「fémicide」への抗議運動が活発化。犠牲者となった100人の女性の名前を書いたプラカードを掲げ、その名を一人ずつ読み上げるデモを行ったり、トゥルーズではデモ行進の後、犠牲者一人一人の名前を書いた紫の布を橋の欄干に結び付けたりした。紫は、「女性への暴力根絶を訴える」シンボルカラーである。国際女性デーにスペインで行われたデモのシンボルカラーも紫であった。

この様子はテレビでも連日報道され、議論されていた。

9月初めから省庁やパリを筆頭に都市の象徴的な建物(パリではルーブル美術館)に「fémicide」を取り上げたポスターを貼る運動が続けられている。

こうした一連の動きに対し、フランスのフィリップ首相は9月3日に、DVに関連した女性殺害に対する緊急措置を講じると発表。

具体的には、「fémicide」対策に500万ユーロ(約5億8200万円)を投じ、緊急宿泊施設、警察の迅速な対応など「fémicide」の脅威に晒されている女性の安全を迅速に確保する環境を整えることを検討するとしている。

また、パートナーである女性に危害を加える恐れの男性を早期に女性から引き離すための取り組みを行うほか、DVで有罪判決を受けた、もしくは接近禁止命令を受けている男性には、女性に接近すると電気ショックを受けるブレスレットを装着させ、男性の接近を女性に知らせることで、さらなる暴力から女性を守るという案を打ち出した。

そしてフィリップ首相は「DVは我々の意識や慣習に深く根ざしている性差別的支配という社会環境の中で起こる。慣習故に、一部の男性は処罰を受けずに済んできただけだ」という趣旨の発言をした。

かなり踏み込んだ対策案であるが、マクロン大統領が性差別の解消に非常に積極的であるので驚くにはあたらないかもしれない。政府の最終的な決定は11月に発表される見込みである。

果たして同じことが日本で起きた場合、これほどまでスピーディーな対策がなされるだろうか。筆者は甚だ疑問である。

日本は女性にとって安全な国なのか

日本でも最近は、DVがマスコミで日常的に取り上げられるようになったが、この「femicide」という言葉はあまりなじみがないのではなかろうか。メディアでは、本来は「femicide」にあたる事件も「homicide(殺人)」として一括りにされている状況であろう。

もしかしたら、日本は殺人の少ない安全な国なので大きな問題ではないとお考えの読者もいるかもしれない。

確かに日本の犯罪率は極めて低い。2017年の国際比較では、日本の10万人当たりの殺人発生件数(殺人の定義は「非合法かつ意図的に他人を死に至らしめたもの」とし、殺人未遂、過失致死、正当防衛による死亡、法的介入による死亡、戦争・武力紛争による殺害は含まない)は0.24であり、174国中168位である。ちなみにフランスは、1.27で121位である。

それでは、日本の犯罪死亡者数(殺人に加えて傷害致死、業務上等過失致死傷などを含む)の推移をみてみよう。犯罪死亡者は着実に減ってきている。2011年に969人と1000人を切り、以降毎年減少し、2018年には690人となった。こうしたデータを見てみると、確かに日本は安全な国であるようだ。

では、別の見方をしてみよう。前述の国連の報告書にもある通り、殺人の大多数(8割とも言われる)の被害者は男性だと言われている。では、日本の場合はどうであろう。

警察庁発表のデータによると2018年は、男性が404人、女性は286人であり、男性の方が1.5倍ほど多く、約6割である。フランスでみると8割以上が男性である(※1)。 これはフランスに限ったことではなく、世界標準的な数字であることから、日本は女性が犯罪被害者として殺される確率は高いと言えるのではないだろうか。

さらに、犯罪死亡者数を殺人罪の刑法犯被害死亡者に限定してみてみよう。2018年のデータでは、690人のうち殺人による死亡者は334人、業務上等過失致死傷が196人、傷害が67人、過失致死傷が14人となる。これを女性の死亡者数でみると殺人が179人、業務上等過失致死傷が34人、傷害が29人、過失致死傷が8人となり、圧倒的に殺人が多い。ここで着目すべきは、殺人による男性の死亡者は155人と女性の179人よりも少ないのである。この傾向は、2017年では、133人対173人、2016年では、165人対197人と傾向は変わることなく、女性が男性を上回っている。

刑法上の殺人罪は相手を殺す意図が前提にあり、明白な殺意なく、結果的に人を死に至らしめた場合は殺人には含まれていないので、女性は殺害の意図を持った相手に殺される場合が男性よりも多いということである。

そして2013年のデータであるが、検挙された殺人犯の女性比率は23%である(

これらのデータ上の数字からは、女性が被害者となる殺人事件の加害者における男性の割合まではわからないが、少なくとも殺人による被害者は女性の方が多い、つまり日本は男性にとっては安全な国かもしれないが、女性にとっては危険な国なのかもしれない、ということがいえるのではないだろうか。女性が被害に遭う確率が高いことが問題として取り上げられるべき国だといえるだろう。その事実を踏まえ、国は早急な対策を講じるべきであるのはもちろんのこと、日本の女性こそが、大きな声をあげていくべきなのではないだろうか。

日本の場合は、殺人による死亡者に介護殺人が含まれているのではないかというご意見があろう。確かに、急激な超高齢社会を迎えている日本にあって介護殺人は大きな問題だ。その件数を見ていると厚労省のデータによると、2012年から2015年まで、毎年概ね40件の介護殺人が発生している。配偶者間の殺害の場合、72%は夫が妻を殺害するケースである。こうしたデータから、介護殺人においても男性より女性が被害にあう確率が高いということができるであろう。ちなみにフランスでも、9月に94歳の夫が92歳の妻を殺害する事件があった。

「femicide」という新しい概念で社会をみることで、隠されたものが見えてくる。

まずは、今年5月にフランスで開催されたG7男女共同参画担当大臣会合の各国の代表の中で、日本は男性(イタリアも男性)という状況だった。ちなみに2017年にイタリアで開かれた同会議では男性代表は日本だけである。世界「男女平等ランキング2018」(2018年版「ジェンダー・ギャップ指数(Gender Gap Index:GGI)」)で日本は110位と、G7の中でダントツの最下位であるのはうなずける。

このような政治の感度の低さからも滲み出てくる日本社会の日常意識が、日本における女性の安全を脅かすことに繋がっているのではないだろうか。

※1 この数字は、フランスの人口約6500万人と上記のフランスの殺人事件発生率1.27%から死亡者数825人を筆者が算出。そのうえで2018年のフランスにおける女性の死亡者数約121名から男性比率を同じく筆者算出している

(編集:榊原すずみ @_suzumi_s

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