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2019年10月25日 07時26分 JST | 更新 2019年10月28日 15時49分 JST

寿司のとりこになり、アメリカで寿司屋を開いた私から、日本にお願いしたいこと。

東京五輪が、アメリカ人と「日本の寿司」との距離を近づけるきっかけになってほしい。

写真提供:ライアン・ゴールドスティン
ライアンさんが営む寿司屋

暖簾をくぐると、季節を感じさせる花々や寿司ネタが私を迎えてくれる。しなやかに寿司を握る板前に「おまかせ」し、その時の旬を楽しむ。ゆったりとした時間の中で、日本酒や板前との会話を楽しむ贅沢はこの上ない。 

私は日本を愛する者として、この贅沢をアメリカ人にも味わってほしいと、2013年にロサンゼルスに寿司店を開いた。本格的な江戸前寿司を出す店だ。装飾にもこだわり日本の古美術品も飾っている。日本文化を肴に会話を弾ませてもらえるようにこしらえたつもりだ。おかげさまでLAタイムズ、LAウィークリーではトップ10にもランクインするまでに成長した。そして、今年6月、ミシュランから一つ星をいただいた。まさか自分が店を構えるまでになったとは。私の寿司人生は、寿司シェフ・ヒロとの出会いから始まった。

「海苔=ビーチで足につく海草」だと思っていた

私の育ったシカゴには寿司店はなかったし、大学生の時、アメリカで初めて寿司を見た時にはそもそも海苔が気持ち悪いと感じていた。 

「ビーチで足にまとわりつくあの海藻でしょ?あれを食べるの?」と、思っていたくらいである。 

後になってから、ビーチのそれと海苔は全くの別物だと知ったけれど、そもそも海藻に種類があることすら知らなかったのだ。

そんな私が大学時代に日本の歴史を学び、日本に大いに興味をもって来日。

学生時代は高価で手が出なかったが、法律事務所に勤務して本格的な江戸前寿司を食べる機会を得ることとなった。

ヒロとの出会いはこの時である。過去に経験した寿司とは味も出され方もまるでちがった。まず、しょうゆの皿がなかった。これまではしょうゆの小皿に自分でしょうゆを入れて、ワサビを使った。しかし、ヒロの寿司はネタごとにしょうゆがあらかじめ塗られていたり、味付けもそのネタに合わせて施されていた。
ヒロは、寿司の中でも一番苦手だったウニを目の前に、躊躇していた私をみて、「おいしいと思うネタから食べ始め、徐々に美味しいネタに触れるようになれれば一年くらいできっと好きになると教えてくれた。これはアメリカでもよく言われる「最初は苦手な味でも、経験を重ねていくとその味わいがわかってくる」という意味なのだろうと私は素直に従った。ヒロの言葉通り、本当に一年余りで寿司の虜になった。
食べている時は日本の伝統を感じるし、寿司を握る食の神の技術の高さにも感動する。

写真提供:ライアン・ゴールドスティン
ライアンさんが営む寿司屋

本格的な江戸前寿司をアメリカへ

東日本大震災以降、放射能によって魚が汚染されたのではという風評被害もあったという。先を憂いていたヒロを見て、私は思い切ってロサンゼルスに移ることを打診した。

当時、ロサンゼルスにはあったのはいわゆるフュージョン系の寿司屋がほとんどで、オーセンティックとは言い難い店ばかりだった。

一説には1960年代にすでにロサンゼルスに寿司が紹介されていたようだが、カリフォルニアロールが日本に逆輸入されるほど、ロサンゼルスのフュージョン系の寿司は日常に浸透していた。寿司が市民権を得たいまだからこそ、本格的な江戸前寿司を紹介するにはいい機会だと私は考えたのだ。

ヒロがロサンゼルスに移ることを承諾してくれて、いざ開店してみると苦労の連続だった。

本物のワサビを手に入れることは難しく、魚も質や種類を安定的に仕入れるためには努力が必要になるなど、日本で寿司店を営業するのと大きな違いもあった。
しかし、ワサビも日本から輸入して鮫皮でおろしているし、シャリもアメリカっぽい甘さではなく、品よく仕上げられている。本格的な江戸前寿司を楽しもうという冒険心をもったアメリカ人のお客には満足していただいているようだ。

アメリカ人は板前と話したがっている

東京オリンピックやインバウンドで、外国人が寿司を楽しみたいと寿司屋の暖簾をくぐることはますます多くなるだろう。事実、観光庁の調べによれば、7割以上の人が日本食や日本酒を楽しみに来日しているという。

だからこそ、日米両国で寿司に親しんでいる私から、寿司店にぜひお願いしたいことがある。日本食の代表格である寿司の食べ方を、さりげなく教えてやっていただけないだろうか。

例えば、寿司は手で食べてよいのか。
手で食べた時に指を拭うおしぼりの使い方や醤油のつけ方…些細なことだが、これらのことをスマートにできると寿司がよりおいしく食べられる。

インターネットで調べればある程度の知識は得られるけれど、アメリカ人は板前と話すのも楽しみの一つと考えている人も多い。

アメリカ本土で食べているのでネタには詳しいと豪語するアメリカ人にとってはネタについてのうんちくの披露も楽しみかもしれない。(…白子が何であるかは食べた後に話されることをお勧めする)

「モノよりコト」を手伝ってほしい

2020年の東京オリンピックを控え、東京都内は再開発が進んでいる。
街並みも私が初めて日本に降り立った20年前とはずいぶん様変わりした。
当時は気軽にコーヒーを飲めるチェーン店もすくなく、かといって喫茶店の一杯500円ほどのコーヒーは、苦学生だった私にとってなかなか手の届かない存在だった。ところが、いまでは400円前後でアメリカの味とそう変わらないコーヒーを飲むことができるようになり、私と日本のコーヒーの距離はグッと近くなっている。
こうしたことが、私が愛して止まない寿司にも起きて欲しい、というのが私の願いだ。

アメリカ人にとって、いまだに本格的な寿司はコーヒーほど身近な存在ではないし、マグロやサーモン以外の生魚を食べるという行為はまだハードルが高いともいえよう。

しかし寿司には、数日間の滞在中に格式の高い日本文化に触れたいという期待が込められている。だからこそ、寿司店は、日本における貴重な体験、思い出作りに寄り添って欲しいのだ。「モノよりコト」は万国共通の意識である。

(編集:榊原すずみ @_suzumi_s