共通テスト記述式の採点を大学生アルバイトには任せられない理由

「学力の診断という記述式の採点が素人にもできるというのは、医師の診断は素人にでもできると言っているのと同じである」。
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「大学入試共通テスト」に関する報道が続いている。11月1日に文部科学省が英語の民間試験活用延期を発表し、話題は国語と数学の記述式の採点に移行した。11月5日の文科委員会で、採点業務を受託した業者が採点スタッフに大学生アルバイトが加わる可能性を否定しなかった。大学生に大学入試の採点をさせるなど愚の骨頂である。


高校入試の採点業務を十数年も経験し、県下統一高校生模試の問題作成と採点統括業務経験もある筆者から、国語の記述式答案の採点の難しさをお伝えし、共通テストの問題点を皆様に共有したいと思う。

筆者は公立高国語科教諭として十数年間、高校入試の採点業務に携わった。高校入試の国語には、記述式の問題もいくつか含まれる。高校入試では数百人分の答案を一日で採点し終えなければならないので、体育や音楽など入試教科を持たない先生方にも採点をお手伝いいただくのだが、依頼するのは必ず記号問題など疑義の出ない部分と合計点の計算などの処理業務に限っていた。記述式問題は、国語科教員のみで担当し、全員が輪になって机を囲んで行う。公立高の入試問題は県下統一問題なので、出題者は本校教員ではない。つまり、別の人物が作成した問題を採点するのだが、出題者がそこに居ないというのは、けっこう面倒なものである。


もちろん、出題者はできるだけ疑義の出ない、明快な採点基準を準備するし、採点時のことも考えて問題作成を行う。それでも疑義が出てしまうのが国語の記述式問題の特徴である。だから、模擬試験の作成時には、まず回収した生徒の答案から数冊(数百人分)を抜き出し、問題作成者チームで模擬採点をして採点時に出てきそうな疑義を洗い出し、あらかじめ作成しておいた採点要領の不備を訂正した上で、アルバイト採点者に依頼をかけていた。

しかし、入試問題となると、そうした手順を踏むわけにはいかない。当然、採点には想定外の疑義が出てくることになる。筆者が体験した入試採点業務の際には、毎年、まず国語科教員全員が、「この記述式問題」と焦点化して答案一冊ずつ(約30人分)を採点する。少しでも疑問をもった答案が出たら、必ず声をあげて国語科全員(約8名)で議論する。それを黒板に書き出していつでも確認できるよう共有する。そうして、疑義を出し切って、問題作成チームから出された採点基準よりもはるかに詳細な採点基準を作ってから、実際の採点業務に入るのだ。それでも、採点していくうちに、「あれ? この場合はどうだったっけ?」と混乱することもままある。


採点後には再検をして、必ず複数回の採点をするのだが、再検の段階で「これって・・・」と再確認が入ることも多い。高校入試、一校数百人分の答案でさえ、そして、ふだん高校生に国語を教えているプロ集団でさえ、入試の採点業務となるとほぼ丸一日かかるのが、記述式答案の採点である。ちなみに、採点時に出された疑義は、教育委員会を通じて問題作成チームにすべて報告され、その日のうちに集約されて翌日、各校に疑義の統一見解が下ろされる。各校はその統一見解に従って、再度、前日の自分たちの採点を点検する。高校入試の場合、問題は全県統一であっても受験と採点はそれぞれの受験した高校で行うので、県下で採点要領を統一する必要は薄いのだが、それでもこれほどの念を入れて行っているのである。

定期テストや校内の実力テストは複数人で採点したりはしないが、学年統一問題で、教科担任が複数人いる場合には、やはり互いに疑義を共有する。採点分担をする際に、記述式の部分は出題担当者が採点を担当して残りの部分をそれ以外の教員が担当するといった措置をとることもある。定期テストや校内テストは生徒の成績にかかわるものであるので、入試同様に、採点に不公平が出ないよう、細心の注意を払っているのである。逆に言えば、毎月のようにそうした大切な採点業務を担っている国語科のプロ集団でさえ、入試となると、上記のように疑義の山に頭を悩ませるものなのである。

そうした対応を当たり前とする我々教育業界の者にとって、大学生のアルバイトに入試業務を担当させるなどということは、冗談でもあってはならないことである。

前述のとおり、筆者はかつて、県下統一模試の出題と採点も経験した。模試の採点は、非常勤講師に依頼するのが常であった。非常勤講師は授業回数で給与が支払われる時給制なので、授業が少ない学期末には模試の採点業務を請け負ってもらっていたのである。話を記述式問題の採点に戻す。非常勤講師とはいえ、該当教科の教員免許を取得し、ふだんは授業を担当している人たちである。それでも、指導経験の浅い非常勤講師たちの採点には不備も多く、とくに記述式問題は、国語のみならず数学や社会でも、出題担当者が採点をし直す姿を見かけたこともあった。だからこそ、入試では、若い先生達を経験豊富な教員がフォローしながら採点業務にあたっていたのである。

筆者の言いたいことは、もうおわかりいただけると思う。入試の、記述式の採点は、プロが行ってもそう簡単にはいかないものなのである。それを、大学生のアルバイトだとか、採点の経験が浅い人たちにお任せするというのは、あり得ない話なのである。生徒を送り出す高校教員は皆、憤っている。筆者は今、博士課程の大学院生なのであるが、学会でお会いする大学教員達も同様に憤っていた。「大学生の採点を、我々に信用しろと言うのか」と。それは、試験を受ける受験生の声でもある。

考えていただきたい。入学試験は、学力の診断である。学力の診断という記述式の採点が素人にもできるというのは、医師の診断は素人にでもできると言っているのと同じである。診断は、マニュアルがあれば素人にもできると本気で考えているのか? 人の人生を左右する入試。その学力の診断を、この国は大学生のアルバイトにさせるのか?

大学入試は、生徒を選抜する大学が「欲しい人材」を適切に選抜できる形であるべきだ。受験生が努力の成果を適切に評価される形であるべきだ。入試に関わるすべての人の良識が今、問われていると筆者は思う。

黒田麻衣子
十数年の公立高国語科教諭を経て、現在は兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科 言語系教育講座博士課程在籍。経営する高校国語専門塾では、毎年通塾生の大半を難関大に合格させている現役の指導者でもある。

この記事は 2019年11月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会