「私だって苦手。だからこそ価値を再定義したい」30歳女性CEOが、ハエで“世界を救う”と決めた理由

昆虫テック企業『ムスカ』のCEOは、“昆虫嫌い”の元アロマセラピスト。家に帰れば2児の母。食糧危機の課題と向き合う企業の顔となった理由には、未来の子どもたちへの思いがあった。

日頃から毛嫌いしているハエが、今後は世界を救う救世主になるかもしれない──。

深刻な食糧危機や環境問題を、イエバエを用いた独自のテクノロジーで解決に導こうと邁進するベンチャー企業がある。2016年に創業した株式会社ムスカだ。

大手総合商社銀行と提携し、さらには経済産業省が支援するスタートアップの1つに選定されるなど、2019年は飛躍の年となった。

その代表取締役CEOが、流郷綾乃(りゅうごう・あやの)さん。2017年から経営に参画し、2019年4月に現職に就いた。

昆虫テック企業のCEOという立場でありながら、実はハエを含む虫が“苦手”なのだという。そんな彼女が、なぜハエで“世界を救う”と決めたのか。話を聞いた。

株式会社ムスカのCEO・流郷綾乃さん
株式会社ムスカのCEO・流郷綾乃さん
HARUKA OGASAWARA

ムスカのビジョンは、2025年から30年ごろに訪れると予想される爆発的な人口増加によって生じる肉や魚といった動物性タンパク質の枯渇を、イエバエを使った独自の循環システムの構築することで解決しようというもの。

元々はソ連(現・ロシア)が火星への有人宇宙飛行計画の一環で行ってきた、約45年以上に及ぶ選別交配を重ねたイエバエの幼虫を用いて、家畜が出す排せつ物や有機廃棄物(ゴミ)などを1週間で堆肥化し、さらにその幼虫を乾燥させることで飼料を生成する。

生ゴミや糞尿の肥料にするには、通常、早くても1カ月以上はかかるとされるが、選別交配によってサラブレッド化されたイエバエの幼虫を使うことで1週間という速さで処理できる。

環境に最大限配慮し、かつ一切の無駄のない循環システムを作り出している。

「ハエのネガティブなイメージは払拭できないと思っている。でも、それでいい」

「虫が苦手なのに、よくハエを活用した事業に向き合えるなぁ。何故なんだろう?」

私が抱いた率直な疑問を流郷さんに投げかけてみると、意外な答えが返ってきた。

私だって昆虫は苦手。その辺を飛んでいるハエに対しては、「鬱陶しいなぁ...ハエたたき、ないかな?」と正直思いますよ。抵抗感もありますし。(笑)

ただ、私は虫が苦手でよかったなと思っています。だって、もし虫を好きだったら、この事業に対して、なんの違和感も感じないわけじゃないですか。

大多数の人は、「ハエの幼虫を食べた鶏って実際どうなの?」って考えるだろうし、世間の人が持つハエへのネガティブなイメージは、私も同じように持っている。

そのイメージはまだまだ払拭できないと思っています。でも、それでいいかなと感じています。

──ちょっと諦めが入っているようにも聞こえますが...その意図はどういうことなんですか?

この事業を通じて目指すのは、ハエ自体のイメージを払拭するのではなく、ハエの価値を“再定義”することなんです

ハエに人々がネガティブなイメージを持っていて、それが変わらないとしても、もしハエが作った飼料を食べた鶏が良質でさらに美味しいと感じたら、ハエに新たな価値を感じることができると思います。

そして教育でも、未来を生きる子供たちに、ハエを通じて「地球や自然界がどのように循環しているのか」を伝えることができる。

子どもが抱く、「なぜ、ハエはゴミに集る(たかる)の?」という素朴な疑問も、「ハエがゴミから肥料を作っていて自然界における役割がちゃんとあるからだよ」と教えられれば、子供たちに環境のこともゴミのこともしっかりと伝えることができる。

きっとそういう風に考えるのは、2児の子どもを育てる母だからかな、と思いますけど。

お母さんじゃなかったら、きっとこの会社の代表にはなろうと思わなかったかもしれないです──。

やっぱり、安心・安全であることが不可欠な“食”というものに対して、常日頃から、母として子どもの健康を考えるからこそ、これからの時代は環境にも優しくて、質の良いものを食べてもらいたいと思うからですよね。

CEOである流郷さん。家に帰れば、2児の母でもある。「子どもの存在は、CEOとして経営と向き合う上でも大きい」と話していた
CEOである流郷さん。家に帰れば、2児の母でもある。「子どもの存在は、CEOとして経営と向き合う上でも大きい」と話していた
HARUKA OGASAWARA

「子どもが80歳になった時でも、面白くて語りたい事業かどうか」

ベンチャー企業のCEOでありながら、2児の母でもある流郷さん。

30歳でCEOとなったが、そのキャリアも幅広い。

アロマセラピストとして働いたところから始まり、企業の営業職やフリーランスのPR・広報など、様々な職種・働き方を経験。その後、2017年に彼女は当時フリーランスで請け負っていた企業の1つであった株式会社ムスカの執行役員として経営に参画した。

フリーランスから、CEOといういわば“会社の顔”となることを決めるほどムスカに惹かれた理由は、一体何だったのか──。

会社勤めを一度辞めてフリーランスとして働いていた頃から、仕事を受けさせて頂くかどうかを決める1つの軸があったんです。

それは、「自分の子どもが80歳になった時でも、面白くて語りたいと思える事業であるかどうか」というものでした。

子どもが80歳になれば、当然おじいちゃん・おばあちゃんになっている。その時でさえも社会に必要とされている事業であれば、持続可能性の重要性が叫ばれるこれからの時代に存在意義があるんじゃないかなと思うんです。

事業を進めていく上で「弱みはないんですか?」とよく聞かれるんですけれど、現時点でのムスカの取り組みに関しては、それがないんです。

それは、自然界で行われている循環の流れを、イエバエを使ってそのまま再現すること自体を事業にしているからです。

今の社会を見てみると、経済成長を第一に考えてきてしまった人間たちの“ツケ”みたいなものが、気候変動などへの影響として確実に出てきてしまっています。これを、私たち今を生きる人々は変えていかなくてはいけない。

そう考える時、「地球に住めなくなったら火星に住めるように開発していけばいい」という議論や技術開発があるのかもしれないけど、私はそれが良いとは思えないんです。

今まで住んできた場所に敬意を払い、最低限その場所をきちんと残していくこと、さらには恵みとしてこれまで食べてきたものを枯渇させない。それこそ、これからを生きる人たちが目指すべきことなのではないかとやっぱり信じたいんですよね。

弊社の事業だったら、それが実現できる可能性があるんじゃないか。そして自分の軸にも合っていると。そう感じられたからこそ、チームの一員になる覚悟が持てたんです。

ムスカの事業システム。環境面と経済面が両立された循環を作り出している
ムスカの事業システム。環境面と経済面が両立された循環を作り出している
株式会社ムスカ

日本の課題は「SDGsをベンチマーク化し過ぎること」

世界では今、国連が警鐘を鳴らすほど食糧危機の深刻さが増している。

日本では「SDGs」という言葉を聞くようになった一方、フードロス(まだ食べられるのに廃棄される食品のこと)の問題は根本的な解決に至っていない。

食糧危機の課題に向き合う企業のCEOとして、現状をどう見ているのか?

日本は「もったいない(Mottainai)」という言葉を海外で流行らせておきながら、自分たちの国ではフードロスが深刻な状況になっている。それこそ、“もったいない精神”が薄れている...。

これって、やっぱりちょっと、恥ずかしいですよね。

今の日本が問題なのは、“SDGsをあまりにもベンチマーク化し過ぎていること”だと思っています。

SDGsって17項目あるけれど、「何項目達成しました」みたいに、ただスタンプが押していく的なものになっている企業や個人が多いなという印象は正直あります。

そうではなくて、もっと本質的な部分にフォーカスを当てなければいけない。

「今ある事業がSDGsの何番に当てはまるか」と企業は考えがちだけど、企業に求められるのは、SDGsという目標を材料にして、これまでに替わる新たな産業を創ることだと思います。

そもそも、SDGsのバッジも、何のためにつけているのかを分かっていないのに「付けてください。付けましょう」みたいなキャンペーン的発想で満足している企業も結構多いなと感じています。

その点、本質的なところまで啓蒙するということが日本全体で出来ていない。

だからこそ私たちが、この事業を通じてイエバエという昆虫の価値を改めて定義することで、「自然の循環の中で利益を生み出す」という事を両立させるモデルを示していきたいなと思っています。

――

昆虫が苦手な流郷さんだが、CEOとして経営者として関わっているうちに、「自社のイエバエのことは、好きになれたんです」と笑顔で話してくれた。

今後は、イエバエが作った肥料や飼料を使って作られた肉や野菜・フルーツなどの試食会を開いて、昆虫への新たな価値を感じてもらえる機会を作るという。

株式会社ムスカのCEO・流郷綾乃さん
株式会社ムスカのCEO・流郷綾乃さん
HARUKA OGASAWARA

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