恋愛のこれから
2019年12月06日 11時03分 JST

“恋に落ちた相手が同性”に葛藤しない主人公。綿矢りさが挑む日本文学のアップデート

三島や谷崎文学に登場する同性愛。「彼らは当時の社会意識よりも、はるか先に進んだ小説を書いていた。文学のほうが社会よりも先をいっていた。それは、今の時代に小説を書いている私にとっても誇りです」。

KOOMI KIM/金 玖美

いまでも語り継がれる「歴史」となった芥川賞受賞から15年━━。綿矢りさが送り出した最新長編は、新しい家族ーあるいはパートナーシップーの形を鮮やかに描き出したものになった。女性同士の恋愛をテーマに取り上げ話題になっている『生のみ生のままで』(集英社)だ。

綿矢は「私が子どもだったころと比べて、変化していると感じるのは『家族』に対する考え方。日本文学の伝統に連なって、同性同士の恋愛を描きたかった」という。彼女は、文学の伝統を現代にどう引き継ぎ、アップデートしたのか?

物語はお互いに異性の恋人がいる主人公の逢衣と彩夏が、25歳の夏に、あるリゾート地で出会うことから始まる。芸能活動をしている彩夏と逢衣は、最初は一方から、そして、徐々にお互いに惹かれ合い、共同生活を営むことになる。

「青い日差しは肌を灼き、君の瞳も染め上げて、夜も昼にも滑らかな光沢を放つ。静かに呼吸するその肌は、息をのむほど美しく、私は触れることすらできなくて、自らの指をもてあます」━━。

冒頭から複雑な心の機微を描き出す技法は、キャリアを重ねた作家ならではのものだ。しかし、テーマは同性同士の恋愛と社会的だ。あらたな挑戦だったのではないか。

KOOMI KIM/金 玖美

三島や谷崎が描いた同性愛をアップデート

━━女性同士の恋愛を描くというのは、挑戦でしたか?

前から書いてみたいテーマではありました。私には、今、様々な場で議論されているようなLGBTをめぐる問題についての知識は多くありません。

今回の小説は5、6年前から構想していたのですが、その時から思い描いていたのは、日本文学に登場する同性愛です。中学時代から、例えば三島由紀夫や谷崎潤一郎といった作家の同性愛を描いた文学が好きでした。こうした文学の現代版を書いてみたいと思いました。

彼らの作品には共感できる描写、素敵だなと思う描写はありましたが、私が小説で書くなら違うなというところもあります。ここは劇的に描くよりも、日常を丁寧に描いた方がもっとエロティックなのではないかと思うことがありました。

━━綿矢さんの女性の身体の描写はとても繊細で、細やかです。

書いていて自分自身で感じたのは、視線の動きがゆっくりしていること。同性の身体を見る描写は、ちょっと落ち着いているというかゆったりしていますよね。これは、書いてみて初めて気がついたことでした。それ以外は、かなりオーソドックスな恋愛だと思って書いていましたね。

2人の性格は勝気で、喋り方も似ている。背も高いといった共通点もあって、外見も近しい。もし教室にいたなら、友達同士で同じグループにいそうな2人だと思っています。

━━どうして似たような性格に?

うーん、そうやなぁ。女性同士の恋愛を描いた作品は漫画でもありますよね。よくあるのは、「クール」と「かわいい」といったように、キャラクターの描き分けですよね。それも好きなんですけど、今回はキャラクターを記号化したくないと思いました。

両極端だから惹かれ合うのではなく、この2人は少しだけナルシストなんです。お互いに自分と近いところに惹かれ合う。そうした関係を描きたいと思ったんです。

そしてもう1つ、描いてみたかったのが、引き裂かれた愛情がどう持続するのかという問題です。

━━ネタバレにならない程度に話すと、2人は外部の圧力で別れさせられます。ここが物語における1つの山場になっていますね。

ここで描きたかったのは、2人が別れている間の時間です。彼女たちには別れている時間はありますが、お互いにお互いのことを忘れてはいない。長い時間が経過して、再会したとき逢衣が彩夏にみせる愛情が1つのテーマですね。ここが描いてみたかった場面です。別れた後に、彼女たちにどのような変化が生まれるのか。再会後に、どう変化するのかを丁寧に描きました。

KOOMI KIM/金 玖美

時代とともに、家族観も結婚観も変化している

━━主人公は同性のパートナーと一緒に暮らしていることを、電話口で両親に伝えます。最初は戸惑いながらも、受け入れようとする彼女の両親は言うなれば「普通」の人たちです。

そうですね。どこにでもいるような普通の親で、主人公を普通に育ててきた。様々な国の同性愛の小説でも、親への告白は重要な局面です。昔の小説なら親に「ひた隠す」か、親が「引き剥がす」という役回りでした。

時代が移り変わると、今度は親がショックを受ける役回りになります。告げられた瞬間に泣いたり、入院したりといった感じです。

じゃあ、今の時代ってどうだろうと。時代にあった両親像を描いてみたいと思い、たどり着いたのが主人公の親でした。綺麗事ばかりをいうこともなく、しかし、頭ごなしに2人を否定もしない。時間をかけて受け入れていくだろうと思いました。もっとリアルな戸惑いや、受け止め方を描いてみたかった。

主人公と同年代の私の親世代は、自分たちが「保守的」とか「古いタイプ」だと考える人は少ないんじゃないでしょうか。しかし、いざ、娘が同性のパートナーを連れてきたら、それはそれで、受け入れるのに時間がかかると思います。

大事にしたのは、私の体感です。私が子どもの頃は、いまでは「個性」と呼ばれている部分を茶化したり、笑いの対象にしたりする番組が普通に流れていました。シリアスな描写か笑いの対象にするか、どちらかの表現が好まれていたように記憶しています。でも、今は違います。社会は変化していますよね。

家族に対する考え方、家族観も同様で、大きく変化しています。結婚についても、個人がどうしたら幸せになれるかを第一に考えるように変化してきていると思うんです。

この小説は現代が舞台なので、時代の変化には大きく影響を受けています。愛する人が同性か異性かは関係なく、恋愛で大事なのは一緒にいて平穏な環境であるかどうかなのではないか、と書いていて感じました。

小説の終盤で、2人は大きな決断をします。彼女たちは徹底して自分たちがどうしたら幸せになれるかを第一に考えています。みんなが納得する結末かどうかはわかりませんが、今の時代の空気を反映していると思っています。

KOOMI KIM/金 玖美

「好きな相手が同性だった」ことに葛藤しない主人公

━━今回の小説はとてもポップだと思いました。彼女たちの恋愛は、これまでの日本文学で描かれてきたものとは違って、とても軽やかです。

そうですね。良質なエンタメ小説は弾んでいて、ポップなので、それを目標にしました。逢衣と彩夏は同性愛であることを、昔の小説のように悩まない。「意味」を見出すのではなく、好きな人が誰でもいいじゃないかという感覚です。彼女たちは「好きな相手が女性だった」ということに、わりと早く納得します。葛藤しないんです。

そこにもまた、今の時代が映し出されていると思います。「あっさりしている」という声もありましたが、2人の性格を考えると、悩む前に行動するタイプかもなと思いました。

生まれながらにして同性しか好きになれない主人公ではなく、お互いに異性との恋愛も経験しながら、だけど好きになっていく女性同士の恋愛。描きたかったのは、そこまで思う相手がいるからこそ、自分の価値観も変化するという主題です。

━━彼女たちは、とても自然な流れで家族として生きていくこと選びますよね。気持ちの移り変わりを、これまでの作品以上に丁寧に追いかけている気がします。

昔ならもっとセンセーショナルに取り上げられたかもしれませんが、いまはこのような作品に対する取材を受けていても、読者の反応を読んでいても、家族を選ぶことが自然なものとして受け止められているなぁと感じることが多いですね。

小説のテーマを真正面から受け止めてくれる読者が本当に多くて、批判も含めて嬉しいですね。

私自身もじっくりとテーマに取り組んで、大切な話を長い物語として書けるようになりました。10代の時のような鋭く物事を捉える感性は衰えてきたかもしれませんが、じっくりと書く力はついてきたと思います。昔は性急に物語を展開させようとしていたのですが、今回のような恋愛には性急さはなじまないと思い、展開の激しさより心の動きを重視しました。

━━ところで小説の中に、噂好きな小説家が登場しますね。やたらリアルなのですが、どなたかモデルはいるんですか?

あっ、これは私ですね(笑)。小説家の名前をよく見たら、私だとわかるようになっています。私、あだち充さんの漫画が好きなんです。あだちさんの作品にはご本人がよく出てくるじゃないですか。ああいうのが好きだったので、一度やってみたかったんです。

小ネタなので、誰か気づいてくれると嬉しいなぁと思っていました。

━━書き終えてみて、あらためて思うことはありますか。

個人的には、どう受け止められるかドキドキしながら送り出した小説でした。でも、同時に誇りに思っていました。

私は文豪と呼ばれる先人たちが書いた優れた小説を読んで、小説家になりたいと思った。同性愛の描写1つとっても、彼らは当時の社会意識よりも、はるか先に進んだ小説を描いたわけです。日本文学のほうが、社会よりも先をいっていたんです。

それは、今の時代に小説を書いている私にとっても誇りです。今回の小説は、今の社会ともつながっていますが、日本文学を読んで学んできた自分自身の経験ともつながっていると思っています。先人たちが、今よりもはるかに命がけで書いてきた挑戦の先にあるものを見れたら嬉しいですね。

文学の真の力は、社会のなかで少数でひっそりと生きている人々に、言葉を届けることにある。日本文学にもそうした伝統がある。綿矢りさが意識的に受け継ぐことで、バトンはつながった。この小説に力をもらえる人は確実にいる。

(文:石戸諭 @satoruishido/編集:毛谷村真木 @sou0126

KOOMI KIM/金 玖美
綿矢りさ『生(き)のみ生(き)のままで(上下)』(集英社)

時代とともに変わる恋愛のかたち。年齢や性別、世間の常識にとらわれず、私たちは自由になった?それとも、まだまだ変わらない?

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