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2019年12月14日 17時00分 JST | 更新 2019年12月16日 10時56分 JST

名匠ケン・ローチが『家族を想うとき』で問う「私たちにとって仕事とは何なのか」

『わたしは、ダニエル・ブレイク』で二度目のパルム・ドール受賞、是枝裕和監督が師と仰ぐ、名匠ケン・ローチ。その右腕ともいえる脚本家、ポール・ラヴァティ氏に話を聞いた。

Joss Barratt, Sixteen Films 2019/© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019
映画『家族を想うとき』

先日、飲食店の宅配代行サービス「ウーバーイーツ」の配達員らの労働組合が、会社から報酬を一方的に引き下げられたとして団体交渉を申し入れるというニュースがあった。 

近年、インターネットなどを通じて単発で仕事を請け負う「ギグ・エコノミー」と呼ばれる業務形態が日本でも拡大している。好きな時間に働いて報酬が得られる利便性の一方で、低賃金であるにもかかわらず個人事業主扱いのため、待遇の悪さが指摘されている。 

イギリスでは、このような就労時間が保証されず、雇用者が欲する時のみ就労する「ゼロ時間契約」と呼ばれる雇用形態が、日本以上に普及している。それは、ウーバーやアマゾン倉庫のようなネット関連企業にとどまらず、飲食業や健康産業、はてはバッキンガム宮殿の職員の一部でも採用されている。

12月13日より公開されるイギリスの巨匠ケン・ローチ監督の最新作『家族を想うとき』は、そんな不規則な労働形態によって苦しむ人々の姿を描いた作品だ。

フランチャイズの配送事業主となった主人公が、過酷な労働環境によって身を崩し、家族仲をも崩壊させてゆく。個人事業主であるがゆえに業務中に怪我を負っても保証を受けられず、むしろ配送に穴を開けたことを契約違反であるととがめられる。賃金は安く留められ、夫婦で共働きをしているにもかかわらずワーキングプアに追い詰められていく。

1960年代にデビューして以来、一貫してイギリスの労働者を見つめ続けてきたケン・ローチ監督。テクノロジーや新たな雇用システムが、いかに労働者を追い詰めているのかを本作で示す。

そんなケン・ローチ監督作品で脚本を20年以上担当、巨匠の右腕とも言える存在のポール・ラヴァティ氏に、本作とイギリス社会の20年の変化について話を聞いた。 

Joss Barratt, Sixteen Films 2019/© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019
ケン・ローチ映画で脚本を20年以上担当する、ポール・ラヴァティ氏。『スイート・シクスティーン』(02)ではカンヌ映画祭脚本賞を受賞

仕事があるのにフードバンクに通う人々

ケン・ローチ監督と脚本家のポール・ラヴァティ氏は前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』で「官僚主義的な行政に翻弄される個人の悲哀(ラヴァティ氏)」を描き、カンヌ国際映画祭で監督二度目の最高賞パルム・ドールに輝いた。

「ダニエル・ブレイク」には、主人公たちがフードバンク(賞味期限内にもかかわらず廃棄される食品を、生活困窮者などに提供する取り組み)を訪れるシーンがある。それまで気丈に振る舞い続けてきたシングルマザーの女性が突然堰を切ったようにフードバンクの食事をむさぼるという、強い印象を残す場面だ。

しかし、ポール・ラヴァティ氏とケン・ローチ監督は、リサーチで訪れたフードバンクで、あることが印象に残ったと言う。

「職があるにもかかわらず、フードバンクを利用している人が多かったことです。

イギリスではワーキングプアが蔓延しており、子どもの4人に3人が貧困状態にあるとも言われているのですが、そうした子どもたちの親は一応職にはついていることが多いのです。

にもかかわらず、食べる物にすら困る状態が蔓延しているというのは、明らかに労働条件や環境に問題があると思ったんです」

Joss Barratt, Sixteen Films 2019/© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019
映画『家族を想うとき』

リスクと労働時間だけが増大する、偽りの個人事業主

本作『家族を想うとき』の主人公リッキーは、長年、建設業の下働きとして安い賃金で雇われてきたが、よりよい報酬とやりがいを求めてフランチャイズの配達事業を始めることを決める。しかし、個人事業主として配達の仕事をするには、荷物を運ぶ大きな車が必要。フランチャイズ本社から車をレンタルするには1000ポンド(約15万円弱)の預り金が必要で、日々の給料からレンタル料も差し引かれるため、リッキーは車の購入を決意する。

手元に資金のない一家は、妻のアビーが仕事に行くために使っている車を売ることに。「仕事に使う車」のために、「仕事で使っている車」を売るのは一見矛盾しているかのように見えるが、彼らにはほかに選択肢がないのだ。

こうしたエピソードは、実際に配送フランチャイズに従事しているドライバーから聞いた話を基にしているという。個人で仕事を請け負っているドライバーたちはリスクを恐れてなかなか業務の話をしたがらないことも多かったそうだが、ラヴァティ氏は車に同乗し、ドライバーたちの仕事を手伝いながら話を聞き出したという。 

「車を売ってバンに買い替えたのは実際にドライバーから聞いた話ですし、レンタルの預り金が1000ポンドであるのも当時の事実に基づいています。

映画の中でリッキーは1日14時間働いていますが、私が手伝ったドライバーたちもほぼ同時間仕事する日もありました。実際それがどのくらい身体的負担になるのか、身を持って体験しましたよ」

リッキーは個人事業主なので、本来なら労働時間も業務形態も自由に決められるはずだ。しかし、実際にはシステムによって一日の配達量や配送ルートが管理され、ほとんど自由な裁量が残されていないことが映画で描かれる。 

それを端的に表すのが、リッキーが、学校を休んだ娘を連れて配達に行くシーンだ。ただでさえ労働時間が大幅に増えて、家族と過ごす時間を失ってしまったリッキーは、仕事の時間に家族との交流を持とうとしているのだ。 

Joss Barratt, Sixteen Films 2019/© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019
映画『家族を想うとき』

しかし、配送先の住人がそのことをフランチャイズ元にクレームを入れてしまい、リッキーは厳重注意を受けることになる。

「あのエピソードも配送ドライバーから教えてもらったものです。これは非常に興味深いことだと思いました。

フランチャイズの契約元は、リッキーを個人事業主だと言いますが、実際、彼には何の自由もありません。個人事業主が自分の責任で娘を同乗させて、何の問題があるでしょうか?

結局、個人事業主と言いながら、実際には責任やコストだけが増大し、支配されている状況なのです」 

フランチャイズを統括するマロニーは、事業を始めるリッキーに向かって「勝つも負けるも全てお前次第だ」と言う。 

しかし、怪我をしても配送スケジュールに穴を開けることは許されず、自分の責任で代わりのドライバーを見つけねばならない、なぜなら個人事業主だから。

配送ルートも管理され、娘を連れて行くことすら規約違反だと言われる、なぜならフランチャイズのコンプライアンスに抵触するから。

この雇用形態ではリッキーは自由になるどころか、賃金は上がらず、増えたのはリスクと労働時間だけなのだ。 

私たちにとって仕事とは何なのか

ポール・ラヴァティ氏は20年以上、ケン・ローチ監督の映画の脚本を担当し、彼とともにイギリスの労働者を見つめ続けてきた。この20年間、イギリス社会はどのように変化したのだろうか。

「専門的なスキルを持ったエリートにとって、この20年間は良い変化があったと言えるでしょう。 

しかし、社会を構成する多くの人々は、この映画で描いたような介護士や配送ドライバーなどの一般職に就いているわけです。そういう人々にとっては、この20年間はますます悪い方向に変化したと思います。

Joss Barratt, Sixteen Films 2019/© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019
映画『家族を想うとき』

かつてはアビーやリッキーのような人々も8時間労働で生きていくことができたのです。このような変化は、この20年の間だけに起こったのではありません。

サッチャー政権時代の民営化政策や労組解体によって人々の生活が脅かされるようになった結果、1日に14時間働いてもフードバンクに頼らざるを得ないような人々がたくさんいる状況を生んだのです」

この映画は新たな労働システムに翻弄される家族の物語だ。

しかし、単なる社会の理不尽さへの告発にとどまらず、人間の生きる姿を見つめる作品でもある。本作を通じてケン・ローチ監督と脚本家であるポール・ラヴァティ氏は、何を伝えようとしているのだろうか。

「家族があって子どもがいる、そのために我々は仕事をする。しかし、その仕事が家族を崩壊に追い込むのなら、我々は何のために仕事をするのでしょうか。

同様に、家族も健康も犠牲にしながら仕事をしていると、今度は逆に家族や子どもを持つことに何の意味があるのかと問い始めてしまうでしょう。

この映画は、そんな実存主義的な問いを投げかけているのです」 

(編集:毛谷村真木 @sou0126