氷河期世代が救われる日は来るのか? ロスジェネを取り巻く動きに期待すること

「今さら遅い」の声を払いのけて...。今現在、氷河期世代が人生の再設計に必要な支援とは?
イメージ画像
イメージ画像
Getty Creative

1月10日、「就職氷河期世代当事者全国ネットワーク」(氷河期ネット)の結成集会が四谷区民センターで開催された。その名の通り、バブル崩壊後の雇用環境が厳しい時期に社会に出た世代によるグループである。結成集会への参加を呼びかけるチラシには、以下のようにある。

「新卒時の厳しい雇用情勢により不本意な就労を余儀なくされ、正規・非正規を問わず、過酷な労働環境を生き抜いてきた就職氷河期世代は、現在、30代半ばから40代後半の年代に達しており、その数1700万人と言われています。これは有権者の約6分の1を占めると言われ、政治的な影響力は決して小さいものではありません。そんな当事者たちが自らの窮状を訴えるべく結成したのが、就職氷河期当事者全国ネットワークです。『今更遅い』『もう無理でしょ』そんな声もあります。しかし、このままこの世代を放置すれば、将来もっと大きな禍根を残すことになるでしょう。当事者たちの奪われた人生を取り戻し、より良い社会を築いていくために、私たちは立ち上がります」

「就職氷河期世代当事者全国ネットワーク」結成集会の様子
「就職氷河期世代当事者全国ネットワーク」結成集会の様子
写真提供:雨宮処凛

「人生再設計第一世代」と名付けられた氷河期世代

この集会から遡ること4ヶ月。2019年9月、あるニュースが日本をざわつかせた。

それは兵庫県・宝塚市の市職員募集に1800人が殺到したこと。たった3人の募集に2000人近くが応募し、倍率は600倍となったのだ。理由は、求人が就職氷河期世代に限っていたこと。具体的には1974年4月2日から84年4月1日生まれで、求人の時点での年齢が36歳から45歳。職務経験は問わず。学歴は高卒以上。

バブル崩壊後の就職氷河期で正社員になれない人が多い層を救済するために設けられた枠に、それだけの応募が集まったのだ。ちなみに応募は兵庫県や近隣県からだけでなく、北海道から沖縄まで全国から来たという。結果、4人が採用となった。

さらに遡ること2ヶ月。19年6月、政府は30代なかばから40代なかばの就職氷河期世代を「人生再設計第一世代」と名付けた。具体的には93~04年に学校卒業期を迎えた世代で、この層は1700万人にのぼり、うち400万人が非正規やフリーター、無職ということだ。

政府は「就職氷河期世代支援プログラム」で、今後3年間に30代なかばから40代なかばの正規雇用者を30万人増やすという数値目標を立てた。このプログラムがあったからこそ、宝塚市は氷河期世代を募集したのである。これには和歌山、茨城などの自治体も続き、この春から1~数人程度の採用を始める方針だ。また、12月には厚労省が氷河期世代に限って10人を正規職員として採用することを発表した。

友人知人に必ず一人は「将来、大丈夫か?」と心配になる同世代がいる

いいことだとは、思う。しかし、「遅すぎた」という思いもある。なぜなら、バブル崩壊後の就職氷河期の中、正社員になれなかった者が多い氷河期世代=ロスジェネの多くは、既に40代に突入しているからだ。ロスジェネの一人である私ももうすぐ45歳を迎える。

まさか40代になってまで「氷河期世代」と呼ばれ続けるなんて、同世代の苦境が続くなんて、想像もしてなかった。20代から40代までが「失われた20年」ときっちり重なった私たちは、多くの可能性や機会を失った。安定した仕事。安定した収入。3ヶ月先に自分が何をしているかわかる生活。結婚。出産。子ども。家庭。ローンを組んで家を買うなどという行為。仕事を続けているとスキルがつくという蓄積。社会的信頼。貯金。将来の見通し、などなど。

「非正規第一世代」と言われ、不安定雇用や貧困とセットで語られがちなロスジェネだが、正社員だって安泰とは言い難い。

ロスジェネが社会に出てからの20年で流行った言葉と言えば、「なんちゃって正社員」「名ばかり管理職」「パワハラ」「自爆営業」「ワーキングプア」「ブラック企業」「ブラックバイト」などなど。その間、仕事を原因とした精神障害の労災請求数、認定数は増え続け、2000年度は請求212件、認定36件。これが18年度になると請求1820件、認定465件と激増している

厳しい雇用環境の中、「自己責任」を刷り込まれ、同世代がネットカフェ難民化するのを見てきたロスジェネ。自分はまだ大丈夫だとしても、友人知人に必ず一人は「将来、大丈夫か?」と心配になる同世代がいるロスジェネ。現在、35~44歳で未婚で親元にいるのは約300万人ほど。ひと昔前はほとんどいなかった層だろう。この層は、このまま親の介護に突入し、「介護離職」当事者となる可能性もある。介護離職だったらまだいい。介護殺人や介護心中をどう防ぐかも大きな課題だ。

40~64歳までの中高年ひきこもりは61万人

京アニ/放火された京都アニメーション第1スタジオ
京アニ/放火された京都アニメーション第1スタジオ
時事通信社

2019年、そんなロスジェネの一人が凄惨な事件を起こした。7月、京都アニメーション第1スタジオが放火され、36人が死亡した事件だ。逮捕された41歳の青葉真司容疑者は、定時制高校を出たあと非常勤で働くものの雇い止め。その後、コンビニや新聞販売店でアルバイトするがリーマンショックが起きた08年暮れに派遣先を雇い止めに遭い、住まいを失って雇用促進住宅に入居。その後、生活保護を受けている。コンビニ強盗の前科もあるらしい。事件の4日前には隣に住む男性の胸ぐらをつかみ、「うるせえ、殺すぞ。こっちは余裕ねえんだ。失うものねえんだ」と迫っている(朝日新聞2019-8-19)。

青葉容疑者のしたことは、何があろうと断じて許されない。しかし、彼の経歴には、ロスジェネ特有の悲惨が詰まっているのもまた事実だ。

事件が起きる1ヶ月半前には、別のロスジェネが命を落としている。東京・練馬区で元農水事務次官の父親が44歳の長男を殺した事件だ。事件数日前、登戸でひきこもり男性が無差別殺傷事件を起こしていたことから、父親は長らくひきこもり生活をする長男が「人に危害を加えるかもしれない」と思って殺害したと供述。裁判では、長男による家庭内暴力の詳細も明らかになった。長男は殺害される数日前、「俺の人生、なんだったんだ」と机に突っ伏して泣いていたという。判決は、懲役6年。が、驚くことに父親は高齢などを理由に数日で釈放されている。

長男のひきこもりの背景に何があったのか、詳しいことはわからない。しかし、この20年間、労働市場が過酷になるにつれ、ひきこもりが増加、長期化、高齢化していったのも事実だ。40~64歳までの中高年ひきこもりが61万人という状況の背景には、「失われた20年」の雇用破壊も大きな影を落としている。

ロスジェネ貯蓄ゼロ世帯の多さも問題

イメージ写真
イメージ写真
Getty Creative

さて、ここでロスジェネをめぐるデータを改めて見ていこう。

35~44歳の非正規雇用率は28・8%。全体の37・9%と比較すれば低いが、働き盛りで、一般には子育て世代と言われる層である。

国税庁の「平成30年分民間給与実態統計調査結果」によると、正規の平均年収504万円に対して、非正規は179万円。ちなみに非正規男性236万円に対して、非正規女性は154万円。

非正規だと、給料が上がることもない。逆に加齢によって仕事は見つかりづらくなってしまうことも多い。それを裏付けるように、貯蓄ゼロ世帯の多さも問題だ。

家計の金融行動に関する世論調査によると、17年の30代単身の貯蓄ゼロ世帯は40・4%。40代単身では45・9%。

民間の調査も見てみよう。19年3月、SMBCコンシューマーファイナンスが発表した結果によると、30~40代の「現在の貯蓄額がゼロ」は前年比6ポイント増の23・1%。平均貯蓄額も前年比52万円減の195万円だったという。

貯蓄ゼロだと、ある意味、いつ生活保護を利用することになってもおかくない状態だ。

NIRA総合研究開発機構のレポートによると、就職氷河期におけるフリーターが増加することによって、今後77万4000人の潜在的な生活保護受給者が生まれると試算されているそうだ

ロスジェネは、未婚率も高い。

15年の国勢調査によると、35~39歳の男性の未婚率は34.5%。40~44歳だと29.3%。一方、女性は35~39歳で23.3%。40~44歳で19.1%。05年の調査と比較して、35~39歳の未婚率は5ポイント、40~44歳の未婚率は7ポイント上昇している。団塊女性は30代前半の時点で未婚率10%程度だったことを考えると、より違いがはっきりするだろう。

必要なのは安定した雇用や使い勝手のいいセーフティネット

さて、私は毎年、年末に都内を中心に炊き出しを回っている。炊き出しとは、役所が閉まる年末年始、ホームレス状態だったり生活に困っている人たちに食事をふるまい、生活相談や健康相談に乗るという取り組みだ。そんな現場をまわっていて感じたのは、「10年前と比較して、炊き出しに並ぶ人に同世代がどんどん増えている」ということだ。池袋で炊き出しを続けるTENOHASIの清野賢司氏も、この年末年始は「30、40のロスジェネが多いのが特徴」と述べていた。国は3年以内に30万人を正規に、と言っている。しかし、じわじわとホームレス化を始めているロスジェネに必要なのは何よりもまず底上げだ。そのために必要なのは安定した雇用、安い公的住宅や使い勝手のいいセーフティネットである。例えば家賃補助という形で家賃がタダになれば一気に生活が楽になるという人はたくさんいるだろう。それによってネットカフェ生活や路上生活から脱出できる人もいる。現在、最低賃金は全国平均で901円。この額で1日8時間、月に20日働いても14万4160円。これだと家賃負担は重すぎるが、補助によって家賃負担がゼロ、もしくは半額なんかになれば暮らしていけるという人はたくさんいるはずだ。

ロスジェネ世代が老後を迎え、生活保護を利用する人が増えることによる追加費用は17・7~19・3兆円に達すると言われている(朝日新聞2019-5-27)。だからこそ、一刻も早い支援が必要なのだ。

奪われた人生を取り戻す思いで

冒頭で紹介した氷河期ネットは、今後、以下の3つのことをしていくという。

「世代間の機会の不平等や待遇の格差に関する研究や調査」「イベントの開催や各種メディアを活用した啓発活動」「研究調査の結果や当事者の声を参考に行政に対する政策提言」。

そんな氷河期ネットは結成集会に先駆けた19年12月、内閣官房の「就職氷河期世代支援推進室」に申し入れを行っている。参加したのは37~44歳の6人。介護士や社労士、以前から「就職氷河期世代ユニオン」を作って活動していた人などで、以下のことを申し入れた。

・特定求職者雇用開発助成金の適用範囲を広げること

・年収300万円以下の労働者に給付付き税額控除を導入すること

・病気や介護などで1日8時間の勤務が難しい人に対しての短時間正社員制度の創設

・在宅介護を行う者に1日8千円程度の介護手当を支給すること

・ワークシェアや在宅勤務など多様な働き方に応じた法律の整備

「今さら遅い、もう中年だしという諦めがありますけど、その声を払いのけて、奪われてきた人生をこれから取り戻す思いで頑張っていきたいです」

代表の増山麗奈さんは結成集会でそう述べた。

そんな氷河期ネット、1月24日には東京・飯田橋で18時から「ロスジェネ食堂」を開催する。この食堂では労働相談もできるそうだ。

40代になっても苦境が続くロスジェネたちが、今、こうして声を上げたことの意味は大きい。ロスジェネの一人として、この取り組みを見守っていきたい。

(編集:榊原すずみ @_suzumi_s

注目記事