「SDGs」への関心の高まりを前に、長期投資家は何に注目しているのか?

「長期の投資家になればなるほど、見えない価値をどう見える化するかに関心を持っている」
サステナブル・ブランド ジャパン

国内でもESG投資が拡大し、企業価値の根本を有形資産ではなく無形資産で計る動きが拡がっている。そんな中、「ESG経営と長期ビジョン」をテーマに11月、サステナブル・ブランドジャパンは会員向けにSB-Jフォーラムを開催した。パネルセッションには、りそな銀行アセットマネジメント部責任投資グループリーダーの松原稔氏、MS&ADインシュアランスグループホールディングス広報・IR部課長の能勢恵美氏、大阪ガスCSR・環境部長の津田恵氏、サンメッセ総合研究所(Sinc)所長/首席研究員の川村雅彦氏が登壇した。

いま企業に求められているESG経営とは

ESG経営(統合思考経営)とは、地球環境や社会、企業経営のサステナビリティを目的にした、企業と社会の価値創造・毀損防止を目指す長期戦略的な企業経営のことだ。

これは、長期視点に立った「統合思考」に基づき、CSR/CSVの本質を踏まえながら、国内外の経営環境の変化などメガトレンドを反映し、長期的なESG金融(投融資など)に対応したものである必要がある。

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川村氏は、企業が発行する統合報告書について、「CSR報告書や財務報告書を作った上で統合しなさいというもの。CSR/CSVを忘れた統合報告書はない。また長期的に価値創造していくために、経営者の関与が必要だ。統合思考には、企業自身の価値のほかに企業価値を創るステークホルダーの価値を高めることが求められる。こうしたことを踏まえ、長期的視点に立って価値創造を考える統合思考を行っていく必要がある」と話す。

統合報告書には、ストーリー性のある内容要素(マテリアリティやリスク・機会、パフォーマンスなど)が求められる。そのために重要となるのが、経済状況や技術の進化、環境・社会的課題といったメガトレンドを読むことだ。これは「何かおかしいけど、自分は大丈夫だろう」という正常性バイアスに陥ることで時代や社会に取り残されることを避けるためだ、と川村氏は話す。

現在、日本の統合報告書の評価は世界的には高いとは言えない。オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールのロバート・ G・エクルズ教授などが 2019年 3月に発表した報告書によると、英米仏独など 10カ国の国際比較で日本は下から 3番目だった。川村氏は「日本企業は出すべき情報を出していない。『長期にわたる価値創造に影響しうる事項の明示的な説明』といったマテリアリティの評価基準に必要な情報を開示せず、的を外して考えているのではないか」と指摘する。

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ESG投資家は何を見ているか

長期投資家は何に注目しているのか――。りそな銀行アセットマネジメント部責任投資グループリーダーの松原稔氏は、「最後は企業文化。将来にわたる存続基盤として何が大切かを見ていくと、そこに行き着く。長期の投資家になればなるほど、見えない価値をどう見える化するかに関心を持っている。見える資産と見えない資産の統合が大事になる」と話した。

SDGsについては、「一つの道しるべ。企業には、最終的にありたい姿をシェアしていただきたい。SDGsの世界に照らし合わせた時に、企業はどういう活躍をしているのか。2030年の世界から自社を見ると、どれだけのギャップがあるか。そのギャップがいつの時点でどういったストーリーで戦略的に埋まっていくかがとても知りたいところ。そのことが全体の話の流れの根幹に入っていれば、投資家はとてもわくわくする。『私たちは社会に対して貢献している』というだけでは響かない」と語った。

そして松原氏は、長期投資家がアウトプット、アウトカムの先に求める「インパクト」について、「切実性:その問題が切実な問題であるか」「波及性:波及効果を有するものか否か」「相反性:その問題を解決する中で深刻な副作用が生まれないか」「持続性:継続的な技術革新などによる活動持続性の有無」「範囲性:社会構成員のどの範囲まで関連しているか」の5つの点から考えると説明した。

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統合思考にもとづく長期ビジョンのストーリー

統合報告に取り組む企業として、MS&ADインシュアランスグループホールディングス(以下、MS&AD)と大阪ガスの担当者が登壇した。前者は統合レポートを、後者はCSRレポートと統合報告書を意識したアニュアルレポートを発行しており、将来的には統合報告書の発行を目指している。

2010年に誕生したMS&ADでは、機能別再編されたグループ全体をまとめるために価値創造ストーリーが生まれた。その根幹となるのはミッション「保険・金融サービス事業を通じて活力ある社会の発展と地球の健やかな未来を支える」だ。

同社は、気候変動や資源の枯渇、増加する災害、高齢化による介護・医療費の負担増、格差拡大など変化と不確実性の高まる社会の中で、2030年に事業を通して「レジリエントでサステナブルな社会」を構築することを目指している。2019年6月には、ESG・サステナビリティに配慮して、商品、サービスのほか投融資、保険引き受けを含めたあらゆる事業活動を行うと発表。広報・IR部課長の能勢氏は「社会だけでなく、自社も同じくレジリエントでサステナブルにならなければならない」と語った。

ストーリーについては、「ミッションを具現化するために価値創造ストーリーが役に立ってくる。ミッションは未来永劫続いていく長期ビジョンだが、大きい目標であるために、日々の業務に結び付きにくい。価値創造ストーリーが上手く回っていくことで、自分の業務がどう社会に影響をもたらしているかが分かるようになる」と話した。

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どの企業においても気候変動対策が喫緊の課題となる中、エネルギー企業はより大きな転換点を迎えている。大阪ガスCSR・環境部長の津田氏は、エネルギー企業は国の施策、電源構成と二人三脚であるがゆえに、2030年以後の長期ビジョンを掲げる難しさがあると説明した。

大阪ガスが目指すのは「暮らしとビジネスの“さらなる進化”のお役に立つ企業グループ」だ。背景には、明治時代、石油ランプの転倒による火事の発生を減らそうと「地域の安全性向上」を目的にガス燈の販売を始めたという創業の起源がある。その後も、薪のかまどで火を起こす大変さや健康被害を解決するためにガスのかまどの販売を行うなど、その時々の社会の課題を解決することでビジネスを発展させてきた。

現在、大阪ガスの事業のうちガス事業は利益ベースで約半分、残りは国内電力事業、海外エネルギー事業、都市開発や情報ソリューションなどのライフ・ビジネスソリューション事業が占めている。2017年3月に掲げた「2030年ビジョン」では、海外事業比率を3分の1にすることを目指しており、ガス事業以外の事業をさらに拡大展開していく方針だ。

同社が「長期経営ビジョン2030」で最も力を入れるのが気候変動対策。2017-2030年度までに、技術革新や再生可能エネルギーなどを通して、約7000万トンのCO2排出量の削減を目指している。

津田氏は、ストーリーについて「ずっとお客様を見続けて、その課題を解決するという事業を行ってきた分、自分たちのストーリーでどんな社会をつくりたいかが言いきれていない部分はあるかもしれない。しかし、社会の中で気候変動が一番大きな課題。これは大阪ガスにとって、マテリアリティの中でも最優先の課題であり大きな数値目標を掲げている。事業行うことで、CO2が地球上から減っていくというのが一つのストーリーになっている」と説明した。

松原氏は、統合報告における経営者のあり方について、「経営者の資質は企業価値の中で2割を占める、といわれている。あるべき姿についてのメッセージや情報開示、経営者の声というものはインパクトがある。金融というのはグローバル化が進んできており、そこを意識しないと正しく企業価値が評価されなくなってしまう。この会社のためというよりは、未来の発展のためという風に考えてもらい、少しでも対話を通じた将来、次世代に向けたメッセージを寄せてもらえたら嬉しい」と語った。

そして、「色々な投資家がいる。投資家のトリセツ、図鑑を作った方が良いかもしれない」と笑い、「スチュワードシップコードの原則7にあるように、投資家も知見を深めることが大切。企業とはもっと対話をしていきたい。対話をネガティブに捉えるのではなく、情報収集としての有効性も含めて、投資家を上手く巻き込んでいって欲しい」と呼びかけた。

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