30代で、リクルートHD取締役に。「自信が持てない」と悩む女性たちに、瀬名波文野さんが伝えたいこと。

仕事で成果を出して、良い妻で、母で――。そんな「完璧」な存在を目指さなくたっていい。

2019年12月、世界経済フォーラム(WEF)が発表したジェンダーギャップ指数で、過去最低の121位に沈んだ日本。要因の一つは、経済の分野で指導的地位に立つ女性が少ないことだ。

そんな中、6月30日、30代にして大企業の取締役になった女性がいる。リクルートホールディングスの瀬名波文野さん。取締役候補となった時からその抜擢はネット上でも話題を呼んだ。これまでどんなキャリアを歩んできたのか。

瀬名波さん
瀬名波さん
Aiko Kato

新人時代に飛び込み営業をした回数。思うようにいかず、立ち寄ったカフェの名前。初めて商談をまとめた日付……。入社は2006年だから、すべては15年近く前の出来事。それなのに瀬名波さんは、まるで昨日のことのように鮮やかに語る。一つひとつの仕事にありったけの情熱を注いでいる証拠だろう。

だが、意外にも入社前に描いていたキャリアプランは3年で寿退社」だった。

「将来は可愛いおばあちゃんになりたい、と思っていたんです。こう言うとよく驚かれますが、両親は共働きで、家族みんな仲良しなので、女性が働き続けることについて特にネガティブな印象を持っていたわけではありません。ただ、学生時代は『働く』って本当のところ面白いのか、そうでもないのか、よく分からないじゃないですか。だから、ある程度頑張ったなと思えるところまで働いたら、楽しい家庭をつくってワイワイ過ごしたいなと素直に思い描いていました」

就職活動では、隠さずにその本音を伝えた。戸惑いをあらわにする企業も少なくなかったが、リクルートは違った。面接担当者はむしろ興味津々な様子で「どういうこと?」「なぜそう思うの?」と掘り下げる質問が次々に飛んできたという。

「『10年後、当社でどういう仕事をしていたいか』というような、会社へのロイヤリティー(忠誠心)を試す質問もなかったと記憶しています。私という人間そのものを面白がってくれていて、個人と企業の関係がとてもフラットだと感じました。当時は『3年ほどで退社』を目指していたわけなので、入社したらすぐさま活躍できないといけない(笑)。年功序列ではない組織ならそれも実現できると考え、入社を決めました」

だが、入社後1カ月で「仕事はめちゃくちゃ面白い」と確信することになる。当時のリクルートでは、新入社員50人ほどが一斉に社内スタートアップの営業支援に入り、4カ月間、飛び込みで新規顧客の開拓をし続けるという「試練」が課された。

ビジネスの最前線は真剣勝負の連続だ。誰かに教えてもらえる正攻法などない世界で、「負け」が込めば動けなくなる人もいる。でも、瀬名波さんにとっては、目標を達成するためにさまざまなトライ&エラーを繰り返すプロセス自体が楽しいと感じられた。

「だって別に、私なんて『何者』でもないじゃないですか。失うほどのものなんて持っていないのに、守ってもしかたがないですよね」

「失敗を怖がる」という感覚は、元来あまり持ち合わせていないようだ。

瀬名波さん
瀬名波さん
Aiko Kato

その挑戦心に会社側も応えた、象徴的なエピソードがある。リクルートが買収したイギリスの派遣会社への駐在に、立候補したときのことだ。募集要項には「マネジメント経験」や「ファイナンスの知識」といった条件が連ねられていた。だが、当時入社7年目だった瀬名波さんは、そのいずれも満たしていなかった。

「リクルートは元々ベンチャー企業。性別はもちろん、年齢や経歴にとらわれず、個人の『これがやりたい』という思いを尊重する風土があります。そもそも経営の仕事をしてみたいと強く思うようになったきっかけも、事業経営の経験者とじっくり話すことができる機会を会社が設けてくれたから。20代にして、雷に打たれたように経営者への憧れが生まれたんですよ」

「駐在についても、『条件に全く当てはまらないけど、何で応募したの?』なんて面接では聞かれつつ(笑)、最終的に会社側は私の情熱に賭けてくれたと感じています」

単身、渡英。ここまで聞けば、恵まれた勇気と大胆さで、道を切り開いてきた強い女性だと感じるだろう。しかし、イギリスで壁にぶつかった経験について語る瀬名波さんの言葉からは、むしろ「何者でもない自分の弱さ」を受け止め、それでも前を向くと決めた「覚悟」の跡がにじむ。いつも、後ろを向きそうになる寸前のところで、地面を踏みしめてきた。

「現地の社員たちにとってみれば、私なんてよく知らない買収元の企業からやってきた『20代のお姉ちゃん』ですよ。歓迎されませんでしたし、組織にとってプラスになることを真摯に提案しても、フェアではない評価をされていると感じたこともあります」

気持ちに整理がつかず、一晩中泣き明かしたこともあった。

「金曜日の夜に泣き疲れて寝て。目が覚めたら土曜日のお昼前で、お腹が空いたから何か食べなくちゃ、と思って家を出ました。そうしたら、木漏れ日が差していて、気持ちのよい風が吹いていて」

「そのとき、ふと思ったんです。ああ、私がどれだけ泣いても、へこんでも、地球はいつも通り回っている。私なんて初めから何者でもないのだから、また『力が足りないね』という現実から歩きだせばいいじゃないか、と」

「身の丈以上」を求められる環境に飛び込むとき、立ちはだかるのは「完璧にならなければならない」という自分の中の呪いだ。

とりわけ、女性が管理職などチャレンジングな職務に登用された場合、理由もなく「自分にはふさわしくない」などという感情にさいなまれやすい。それは、フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグも自著の中で告白し、さらにそれが多くの女性に共通する現象であることを指摘している。

それを「女性側の意欲に問題がある」とする声もある。2020年3月8日付の朝日新聞によると、国内主要企業のうち「女性役員ゼロ」の14社に朝日新聞が調査した結果では、経営トップよりも女性本人の意識改革が必要だと考えている企業が多かったという。

こうした状況を踏まえ、瀬名波さんは次のように強調する。

「女性は、確かにいろいろな背景から負荷の大きな仕事に手を挙げない傾向があるかもしれない。自信が足りない傾向にあるかもしれない。では、そういう現実があることを前提とした上で、どうするか。そこでこそ、企業側の采配とセンスが求められるのではないでしょうか」

「上司は『今、自信を持てないとしても君なら絶対にできるんだ』と何度でも伝える。出産や育児で働く時間をセーブせざるを得ない状況があるのなら、カバーできる体制づくりに組織として力を尽くす。ダイバーシティー&インクルージョンは、『美しいから』やるのではない。『課題に対するソリューションとして必要不可欠』だという本気が必要なんです」

瀬名波さん
瀬名波さん
Aiko Kato

家事や育児の役割負担が、なおも女性の側に偏りがちな状況の中で、女性たちはともすれば学生時代から「しっかりとライフプランを立てましょう」などと言われ続ける。職場で確実な成果を出して、良い妻で、母で――。そんな「完璧」なロールモデルを皆が目指さなくたっていい。自分の意志に従って決めた道の先は、時に泣いて眠る夜があったとしても、楽しいし、ハッピーだ。そんな確信が、瀬名波さんからは伝わってくる。

「迷ったときは、ワクワクする方を選べばいいって思っています。私から同じ女性に対して伝えられることがあるとすれば、自信がなくたっていいよ、能力が足りなくたっていいよ、ということ。準備ができていないと打席に立てない決まりなんてありません。むしろ、打席に立ってからが勝負。至らない自分に気付いたところから、始められること、できることは必ずあるはず。いつもそんなふうに、自分に言い聞かせています」

瀬名波さんは6月30日の株主総会で正式にリクルートホールディングス取締役兼常務執行役員となった。

「リクルートが、私の弱いところではなく強いところ、ユニークなところに注目して、大きな仕事を任せ続けてくれたことに感謝しています。だからこそ私も、『変わっているね』が誉め言葉になり、一人ひとりの違いが価値を生むような組織をつくっていきたいです」

(取材・文:加藤藍子@aikowork521 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko

なんとなく受け入れてきた日常の中のできごと。本当はモヤモヤ、イライラしている…ということはありませんか?「お盆にパートナーの実家に帰る?帰らない?」「満員電車に乗ってまで出社する必要って?」「東京に住み続ける意味あるのかな?」今日の小さな気づきから、新しい明日が生まれるはず。日頃思っていたことを「#Rethinkしよう」で声に出してみませんか。

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