一人称の表現だからこそ伝わる、発達障害。反響を呼んだCM『見えない障害と生きる。』はどう生まれたか

一見しただけではわかりづらい「障害」が、伝わりやすく表現されたCM『見えない障害と生きる。』。制作者の東海テレビ・桑山知之さん、CMにも登場する当事者のラッパー・GOMESSさん2人が語る、その意図や思いとは━━。
左・東海テレビ報道局報道部ディレクターの桑山知之さん、右・ラッパーのGOMESSさん
左・東海テレビ報道局報道部ディレクターの桑山知之さん、右・ラッパーのGOMESSさん
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

僕は誰だ

人間

でも僕はフツウじゃないらしい

だから何だ障害者

健常者

違う

僕は僕だ

東海テレビが制作した公共キャンペーンCM「見えない障害と生きる。」が、JAA広告賞・消費者が選んだ広告コンクールで経済産業大臣賞を受賞した。

本作に映し出されるのは、片付けが苦手で離婚に至った、教師だが文字が読めない、こだわりが強いといった特性を持つ人々。彼らは皆、発達障害の当事者だ。一見しただけではわかりづらいような彼らにとっての「障害」が、伝わりやすく表現されている。

5分の映像は、自身も自閉症(発達障害の一種)の当事者であるラッパー・GOMESSさんが90秒のラップで締めくくる。記事冒頭の詞は、「いつまでも個人的でいたい」と望む彼が、ポエトリーリーディングで語り始める言葉だ。

本作プロデューサーの桑山知之さんは、ドキュメンタリー映画『さよならテレビ』の現場にもなった東海テレビ報道部に所属している。発達障害を扱うにあたっては、「知ったような口を利かないこと」を念頭に置いたという。

JAA広告賞のほか、日本民間放送連盟賞のCM部門最優秀賞受賞、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSではゴールド受賞、そしてYouTubeでは100万回再生を突破するなど大きな反響を呼んでいる本作。今、制作の意図や思いを、2人に聞いた。

当事者一人ひとりの現実を映し出す

桑山知之さんとGOMESSさん
桑山知之さんとGOMESSさん
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

発達障害についての認知は、近年急速に広がってきている。社会生活のなかで「ふつう」から外れることにより生じる彼らの困難は、決して他人事ではない。自分自身や周囲の人々のなかで身近に存在していることを、人々は認識し始めている。

一方で、特定の当事者をメディアが取り上げることにより、例えば「発達障害のある人は『天才』だから、もっとできるはずだ」といった誤解もまだまだ根強い。当事者のなかで「自分は当事者の彼とも違う」と疎外されるような意識が生じることもある。

桑山さんは、あえて発達障害の具体的な説明をしたり、一般化して伝えたりはしなかった。

「人の深いところを掘り下げて、ミクロな世界を見せることでマクロが見えてくる。今回で言えば、当事者一人ひとりの現実を映し出すことで、より広く、発達障害について見えてくることってあるだろうなと考えていました。

特性の説明はCMの尺では描き切れない。なるべく削ぎ落とし、最小限の情報で最大限の衝撃を与える。最終的に映像化できなくても、それはそれでよし、と開き直って取材を始めました」

本作に登場する人々は皆、「自分」を伝えている。映画『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督が、アカデミー賞の授賞式で「最も個人的なことが最もクリエイティブなことだ」というマーティン・スコセッシの言葉を引いたことは、私たちの記憶に新しい。

「一人称の表現」を届けるラッパーGOMESSの技法

GOMESSさん
GOMESSさん
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

GOMESSさんのラップもまた、個人の現実だ。彼はこれまでも一人称の表現にこだわり、『人間失格』や『LIFE』といった楽曲を発表してきた。CM内の楽曲でも根幹は変わらない。その上で、テレビで流れる作品であることを意識していたと言う。

「そもそも障害に興味関心のない人に興味を持ってもらいたい。だからと言って、何かをなぞったような大衆に寄せるような作り方は、やりたくない。

僕は自分が顔を出して自分が歌う作品としては、いつまでも個人的でいたいと思っています。

今回目指したのは、ちゃんと言葉の意味まで噛み砕いてもらえるラップでした。ラップって早口になりがちだから、聴き慣れていない人には伝わりづらいんですよね。

だから、人が情報を頭に取っておける時間とか、聴く人の脳みそがどのぐらいのスピードだったら処理できるかとか。言葉の数を減らしたり、間(ま)をどのくらい入れたらいいのかといったことを、聴く人の気持ちを想像しながら丁寧に書きました」

当事者でないからこそ、知ったような口を利かないこと

桑山知之さん
桑山知之さん
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

桑山さんは「僕は、発達障害の当事者でない」という前提に立ち、彼らの領域に土足で入らないように心がけた。

「もちろんいっぱい勉強をしたつもりではあるんですけど、どう頑張っても当事者の気持ちをわかりきることはできない。制作チームで共有していたのは『知ったような口を利かない』ということです。

当事者の皆さんの姿をそのまま活かしている作品なので、制作側があえて彼らの目線に立たず、客観的でいい。

GOMESSさんのパートで見る人の心に直接訴えかけるから、それまでのパートはあくまで客観的に、最小限にまで要素を削ぎ落としていきました」

本作では「片付けられない。」「彼の苦しみは見えない。」といったシンプルなコピーが特徴的だ。

発達障害は、いわゆるグレーゾーンの人も含めて、言ってみれば“1%から99%まで”グラデーション状に広がっている。特性の種類や濃淡は個別に異なるからこそ、教科書的な説明よりも個人の「ミクロな世界」を深掘りすることで、視聴者は、彼らを遠くの誰かではなく、地続きの存在として実感しやすくなるのだろう。

個人的でありながら、聴く人に伝わる言葉を

桑山知之さんとGOMESSさん
桑山知之さんとGOMESSさん
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

GOMESSさんは言葉の用い方や置き方、ニュアンスを通して伝わる表現を模索した。

「僕は、例えばいま受けている取材が音楽のインタビューだったら格好つけて『俺』って絶対言うんですけど。自分なりの基準を持って、使い分けてるんです。それで、この作品では『僕』を使いました。『僕』には老若男女どんな人も『自分』を当てはめやすい気がしていて。

今回は『あなた』という表現も、聴く人それぞれの受け取り方ができるように使ってるんですけど、他の曲やライブでは『君』や『お前』も使い分けます。

温度感が合ってないと届かないと思うんですよね。同じ相手を指す言葉であっても、微妙に違うんですよね。その温度感を相手と揃えることが、メッセージを伝えるためにすごく大事だと思ってます」

「障害」という言葉もまた、多様な捉え方を受け入れる設計になっている。

「例えば『発達障害』や『自閉症』といった言葉をこの曲で僕は使ってません。視聴者によって本当に様々な障害があるから、限定的にならないように気をつけました。

それと、個人的には病気と障害の線引きって難しいなと思っていて。例えばドライアイとか、便秘とか、慢性的な病気ってたくさんあると思うんですけど、それらも生活の上で障害ですよね。生き辛さになりうると思います。でもそれらは病気の中でも比較的軽い扱いを受けているような気がしませんか。

一方、障害を持つ僕たちは障害者というカテゴライズを受けて、『よくわからないけど生き辛そうな人』という目で見られるのは変だなと思っています。

今回のCMでは、診断名としての『障害』じゃなくて、本当の意味で障害となっているものは何か、ということを訴えたかったんです」

医学的に障害は、「個人モデル」と「社会モデル」に分類されることがある。「個人モデル」とは、個人のなかに障害があるとする考え方だ。

一方の「社会モデル」は、障害が社会や、社会との接点にあるとする考え方である。コミュニケーションのスタイルが多数派と異なることなどから生活に困難が生じる発達障害は、昨今「社会モデル」として考えられることが多い。

GOMESSさんの詞は「社会モデル」的な考え方の上に立脚しているものの、そうした分類さえ超えて、受け手の多様な解釈による「障害」を受け止める。象徴的に表れる詞がある。

言葉に騙されないで

障害は確かにあるけど

僕とあなたの間にあるその障害は

僕だけのものじゃないと思うんだよ

温度感を合わせて“伝える”だけでなく“伝わる”表現を

桑山知之さんとGOMESSさん
桑山知之さんとGOMESSさん
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

「温度感」とGOMESSさんが発言すると、桑山さんは大きく頷いた。

「僕も温度感はテレビの報道で大切にしています。『伝えてても、伝わってない』っていう状態にしないために、大きな要素が温度感かな、と。

広告用語の『トンマナ(トーン&マナー)』を合わせにいくことに近いと思います。質感というか。和室に洋風のテーブルって合わないよね、みたいな。

今作で言えば、最初の広野ゆいさんがおっしゃった『パッと見、フツウに見えるので、わかってもらえないですね』という言葉は、僕らが伝えたいことの大事な部分で、ほかにもいくつか理由はありますが、彼女が最初にくるのがナチュラルだと考えました」

理解することのできない他者と共存していくためにどうしたいか、と問いを投げた。桑山さんは、まず知ってもらうことを重視する。

「『深い理解を』というのは難しくて、まずは『ふーん』でいいと思うんですよね。『こういう人がいる』と知ってるか、知らないかでだいぶ違うんじゃないかなと。まず僕らができることは、知ってもらうこと」

本作の詞にあるように、GOMESSさんは理解はできないしされないと思っていると言うが、それでも人を諦めない。

桑山さんの「報道」、GOMESSさんの「ラップ」と「当事者性」というそれぞれのバックボーンを強く反映し、融合させたCM全編は、YouTubeで見ることができる。

(文:遠藤光太/編集:毛谷村真木

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