日本とドイツの文化芸術支援は、なぜここまで違う? 背景をベルリンの文化大臣に聞く【新型コロナ】

「自由のない、独裁の日々――。確かにそれは、芸術や文化の自由が、ここまで高く評価されるようになった要因の一つではあるでしょう」。

「アーティストは、いま生きるために必要不可欠な存在である」

3月23日、ドイツの連邦政府文化メディア担大臣、モニカ・グリュッタースは、そう言って、「即時支援(経費などに当てられる)」に500億ユーロ(約5.92兆円)「個人の生活の保護(半年間の生活保護審査の緩和、児童手当の利用など)」に100億ユーロ(約1.2兆円)「法的措置の緩和(家賃や保険料の据え置きなど)」の3本柱からなる、文化分野のための救済策を提案した。

これに対し、実はドイツ国内のアーティストたちからは不満も出ている。

「私を含めフリーランスのアーティストは、ドイツ連邦の提案した「即時支援」の対象となる経費はない」と怒りの声を上げたのは、東部ドイツを拠点にする、カウンターテナー、ダヴィッド・エルナーさんだ。

「即時支援がだめなら半年間の生活保護が生活費をカバーするというが、私たちは失業しているわけでも、仕事を探しているわけでもない。国による「職業の禁止」を受けているのだ!

彼が3月11日に呼びかけたオンライン署名は、すでに30万筆に迫る勢いだ。

ベルリン映画祭の開幕スピーチでは、前日に起きた人種差別事件に触れ、第二次世界大戦後、ドイツが苦労して民主主義を取り戻し、芸術の自由を憲法に謳った意味を説いた、モニカ・グリュッタース大臣
ベルリン映画祭の開幕スピーチでは、前日に起きた人種差別事件に触れ、第二次世界大戦後、ドイツが苦労して民主主義を取り戻し、芸術の自由を憲法に謳った意味を説いた、モニカ・グリュッタース大臣
Annegret Hilse / Reuters

今後も署名を続けるというエルナーさんに、グリュッタース大臣の言葉について質問を送ってみたところ、怒りに燃えたメールが帰ってきた。

「グリュッタース文化大臣の救済政策は、芸術、文化に関わっている人たちの大半が、どういう風に働き、お金をやりくりして暮らしているのかを知らない人が提案したとしか思えません。彼女の言葉は空約束です」

これに対して、エルナーさんほか、アーティストたちから高い評価を受けているのが、ベルリン州政府独自の「即時支援2」だ。

中央に権力を与えすぎないように

その前に、まず、「ドイツ」と「ベルリン」の違いについて、確認しておきたい。

ドイツはベルリンやハンブルク、ブレーメンといった、都市がそのまま州になっている3つの州を含む16の州がある連邦制の国である。

州の権限が大きく、特に文化政策については州に立法権があるため、州に判断が委ねられている。

芸術文化支援においても、国の割合は15%弱、州や自治体が大半だ。

この背景には、国家による芸術への侵害が行われないように、中央に権力を与えすぎないよう、文化政策については州に立法権を持たせているということがある。また、それが文化の多彩さ、豊かさにつながってもいる。

この違いを踏まえて、批判もある国の支援とベルリンの支援の違いを見ていこう。

3月27日から、ベルリン州が行った独自の「即時支援2」。

その内容は「納税者番号を持っていて、コロナ危機によって困窮状態に陥っていれば」5000ユーロの即座支援金が支給されるというものだった。(個人フリーランス、フルタイムの従業員5名まで〜の小企業の場合)

この点だけ見れば、国の支援と大きな違いはないように思える。

違いは、その使い道である。

新しい働き方に対応する、ベルリン州の支援

ベルリン副市長、クラウス・レーデラーさん。自らもバンド活動をする彼のモットーは「文化は贅沢品ではない、労働でもある」
ベルリン副市長、クラウス・レーデラーさん。自らもバンド活動をする彼のモットーは「文化は贅沢品ではない、労働でもある」
(c)SenKultEuropa

最もはっきりした違いは、このベルリンの「即時支援金2」は、自分の暮らしを守るために使うことが認められているところです。ベルリンの支援金からは、家賃や買い物などを払うことも可能です。連邦(国)の「即時支援」では、リースの分割払い、材料費、仕事場の家賃など、経営に関するいくつかのものにしか当てられません」

こう語るのはクラウス・レーデラーさん。ベルリンの副市長であり、文化・欧州を担当する彼は、今回の「即時支援金2」の立役者だ。

ベルリンは、ドイツの中でも最もフリーランス、特に個人のフリーランスの密度が高い街だと、レーデラーさんは言う。

自動車産業など大企業の拠点はベルリンには少なく、その代わりフリーランス人口の割合は、ドイツ全体の9.9%より高い11.9%となっている。

「その多くが、アーティストですが、それだけでなく美容師やタクシー運転手、配管工でも同様です。資金繰りに大きな余裕がなく、即時援助が必要となる職業グループ。ですから、ベルリン州政府は、非常に早く、この援助プログラムに合意しました」。

また、フリーランスのアーティストたちが「即時支援金2」を評価した点はそのスピードにもあった。

現在閉館中のドイツ劇場。入り口手前に置かれたゴミ箱には「アンコール!アンコール!」のメッセージが。
現在閉館中のドイツ劇場。入り口手前に置かれたゴミ箱には「アンコール!アンコール!」のメッセージが。
河内秀子

申請と受給は何よりもスピード重視。

申請受理から「即時支援金2」の振込みまで、2〜3日。

日本だと収入の減少率などを証明する必要があるが、申請を1つずつ審査していては、時間がかかる。

ベルリンの「即時支援金2」の申請書類では、まずは、2020年春の新型コロナ危機の発生により、企業の存続を脅かす経済状況に陥った、ということを宣誓。

そして「事業の存続、または流動性を脅かす経済状況になった」理由として、「部分的な休業、客足の減少のキャンセルなどによる売り上げの減少」「完全な休業」「仕事の受注不足」に申請者がチェックを入れる。

最終的に、この申請が事実であり、虚偽の申請をした場合は、補助金詐欺として、刑罰の対象になることを理解しているか、という点も確認がある。後々に詳細な審査も予定している。

しかし、申請の時点では、自己申告のみだ。

詳細な審査は後にすればいい。生き延びてもらうことが先決だと、レーデラーさんは強調する。

最終的に、約14万件の申請があり、州銀行傘下のベルリン投資銀行から13億ユーロ(約1540億円)が支払われた。(現在は、資金切れのため「即時支援金2」はストップしている)

ドイツの手厚い支援の背景にある、産業化

日本とドイツの文化芸術支援は、なぜここまで違うのか?日本の現状を嘆き、ドイツを称賛する言葉を、数多く耳にする。

しかし、支援の内容だけを比較するのは簡単だが、その背景を理解することが重要だ。そもそも「文化と芸術」の立場が異なるからだ。

まず、ドイツでは文化や芸術が、重要な産業の1つである。

博物館・美術館の数は全国で約6800件にのぼり、年間の来場者数は、約1億1400万人。5年に1度開催されるアートフェスティバル「documenta」には、100日間で世界中から約90万人が訪れる

コンサートだけを開催するホールは30以上。劇場、特にオペラ座は充実しており、ドイツ国内80の舞台で、世界中で開催されているオペラ公演の約3分の1が演じられているというからすごい。映画館の数は4800カ所以上で、ここ数年、右肩上がりになっている。

中でも、人口約380万人のドイツ最大の都市、首都ベルリンには、国立の博物館・美術館を始め、ギャラリー、オペラ座などの劇場やコンサートホールなど、市内に810以上の文化施設がある。映画館は市内に約100件。

また、クラブは数の詳細は不明ながら、ベルリンクラブ委員会(Clubcommission)によれば、2019年は14.8億ユーロ(約1754億円)もの収益をあげているという。

ほかの州や街に比べて、大企業はないが、アートとカルチャーでドイツ、世界中の人を惹きつける街。それがベルリンだ。

ベルリンで閉館中の映画館。「元気でいてね」「お互いに気をつけて」の言葉が看板に。
ベルリンで閉館中の映画館。「元気でいてね」「お互いに気をつけて」の言葉が看板に。
河内秀子

社会に影響する、その自由を芸術に与えるための支援

しかし、経済的な観点からだけでは、ドイツ、ベルリンにおける文化や芸術の重要性、価値観を語ることはできない。

筆者は4年間のベルリン芸術大学での時間や、展覧会、アーティスト・イン・レジデンスなどを通じて、芸術文化、特に現代美術や現代音楽、新しいものへの好奇心の旺盛さや、社会の中での文化芸術の地位の高さがあるように感じていた。

それは、どこに由来するものなのだろう。

それは決して、ドイツの国民の「意識が高いから」という単純なものではないと、クラウス・レーデラーさんは否定する。

「実は、コロナ危機の前に、ベルリンの博物館・美術館を月に1回、日曜日に無料しました。経済的なハードルもありますが、文化や芸術とともに育っていないというハードルも取り払いたくて。数多くの詩人や哲学者を生んだ国だから『ドイツ人は文化的な国民』というのは、あまりに短絡的ですよ」

では、ドイツの歴史を振り返ってみてはどうだろうか。

ドイツには、ナチスが権力を掌握したあと、新しい芸術や文化活動に「退廃芸術」とレッテルを張り、弾圧したという歴史がある。それが、第二次世界大戦後のドイツにおける芸術、特に現代美術へのサポートに関連しているのではないだろうか。

何百万人もの人々を苦しめた、自由のない、独裁の日々――。確かにそれは、芸術や文化の自由が、ここまで高く評価されるようになった要因の一つではあるでしょう。私たちは、民族国家の概念という名のもとに自由が制限された時に、どういう方向に転んでいくのかを目の当たりにしていますからね……。」

1933年5月10日、ここで約2万冊の本が燃やされた。ベルリンの州立歌劇場に隣接する広場の地下には、現在、イスラエルのアーティスト、ミハ・ウルマンによるインスタレーションが設置されている。
1933年5月10日、ここで約2万冊の本が燃やされた。ベルリンの州立歌劇場に隣接する広場の地下には、現在、イスラエルのアーティスト、ミハ・ウルマンによるインスタレーションが設置されている。
ASSOCIATED PRESS

そんな暗黒の時代を経て、いま、芸術は挑発することも、私たちに、「周囲を取り巻く環境ときちんと向き合え」と強要することも許されていると、レーデラーさんは言う。

「でもそれは、芸術が自由でないと出来ないこと。物質的な制約から自由になってこそ、芸術は自由になれる。だから、私たちは芸術を支援するのです。市場に合ったもの、売ることばかり考えずにいられるように、周囲とぶつかっても、制作を続けることができるようにね」

社会に作用する。影響する。凝り固まった社会に波紋を投げかけ、活性化する。

そんな可能性を芸術に与えるための、物質的な自由。

それが、ドイツの芸術、文化支援の背景にある。

金をもらうなら言うことを聞け、という考え方では本末転倒。自由がなにかを制限する理由になってはいけない。

ドイツで「芸術は政治的であるべきだ」と言われる意味

しかしもちろん、アーティストたちにもその意識が必要とされる。

筆者がベルリン芸術大学で初めての講評を受けた時に、言われた言葉がある。「芸術は政治的であるべきだ」。

それを私に言ったのは、ヨーゼフ・ボイスに学んだアーティストだった。

第二次世界大戦後、西ドイツで活動を始め、世界中の現代アート、アートの在り方に多大な影響を与えたヨーゼフ ・ボイス。彼の作品はいまも様々なミュージアムで目にすることができるが、当時の社会の状況など、その作品が生み出された文脈がわかっていないと、掴み所がない。

2019年、日本でも公開されたドキュメンタリー映画「ヨーゼフ ・ボイスは挑発する」で、実際に、動き、語っているボイスを見て初めて、すこしだけボイスの言葉が掴めたように思った。

アーティストは、自分を取り巻く世界、社会と関わって、変えていく存在なのだと、ボイスは主張する。

自ら考え、決めて、行動する。

そうだとするならば「誰だってアーティストだ jeder Mensch ist ein Künstler 」という彼の言葉は、誰もが、自分を取り巻く世界、社会と関わり、変えていく役割があり、変えることができるという、力強いメッセージにほかならない。

なぜ、いまこそ文化、芸術が必要なのか?

今後のベルリン、ドイツの文化芸術の状況については、楽観視はできないとレーデラーさんは言う。緩和は始まっているが、イベントの中止は続く。今後の状況が見えないままに、文化・芸術施設を、またそれに従事する人たちを、本当にどこまで助けることができたか、その予測は難しいところだと。

ただ、こういう危機的状況にあって、社会のシステムに何が必要なのかが、はっきりしてきたと思います。食料品もそうですし、健康管理や都市のインフラ、そして、文化もそれに含まれる

ベルリンでは、食料品店と並び、社会に重要な文化的ビジネスとして書店も営業を許されている。レーデラーさんもそうだと言うが、家にいて、読書の楽しさを再発見したという人は多い。

また、ベルリンでは、外出制限の発令と同時に、Berlin(a)liveというデジタルカレンダーをスタート。

アーティストなら誰でも、自分のイベントをカレンダーに投稿し、デジタルというステージに登壇することができるようになっている。

レーデラーさんのお勧めは、毎日19時からイゴール・レヴィットが配信している自宅コンサートだ。

世界的なピアニスト、イゴール・レヴィットが3月12日から配信を続けている自宅コンサート。毎日2万人以上の人が、世界中から、彼のTwitterアカウントに集まってくる。

自由自在に好きな曲を弾く彼の姿に、ハートが飛びかい、イタリアの看護師からのコメントが入ったかと思うと、ドイツの大統領までが登場する。

その様子を、独メディアは「音楽という光のもとに世界中の人が集まって、体を温め合う。まるでキャンプファイアーのようだ」と賞した。

できるだけ外に出るな、人と触れ合うなー。

心がささくれてしょうがないこの状況の中で、何が私たちの心を支えてくれるのか。そして、その火を消さないように、どうすべきなのか。

私たちは、考え、行動し続けていかなければいけない。

(取材・文:河内秀子@berlinbau 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko

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