「1人1台」なくてもオンライン教育はできる。休校初日から始めた小学校教諭が伝えたいこと

学校が再開されても、すぐに「日常」が戻ってくるわけではない。コロナが可視化した教育の課題をなかったことにして「日常」に戻ったふりをするのか、一歩を踏み出すのか。今が、分水嶺なのかもしれない。
千葉大付属小の小池翔太教諭
千葉大付属小の小池翔太教諭
Teams

一斉休校からもうすぐ3カ月。

全国で緊急事態宣言が解除され、ようやく学校再開の兆しが見えてきたが、新型コロナウイルスは日本の教育を確実に変えつつある。その一つが、オンライン教育だ。

約650人の児童が通う千葉大教育学部付属小学校(千葉市)では、3月2日の臨時休校初日から、マイクロソフトのTeamsを活用して当時としては珍しかったオンライン教育を試験的に導入。4月13日からは本格的にTeamsで “学校” を続けてきた。

ICTの整備状況が決して恵まれているわけではない同小で、なぜこんなにも素早くオンライン授業に舵を切ることができたのか。

ICT活用教育担当の小池翔太教諭は「ソフト面とハード面で少しずつICT教育の準備を重ねてきた」としたうえで、「保護者の協力」と「経験がないことをやろうとする勇気」がポイントだと語る。

Teams導入の立役者でもある小池さんに、オンライン教育の可能性と課題について聞いた。

「見切り発車」で始まったTeams導入

まず、驚くのが導入のスピードだ。

<Teams導入までのスケジュール>

2月26日 アカウント発行申請
2月27日 安倍晋三首相が一斉休校を要請
2月28日 発行完了、保護者向け文書印刷(10時)、15分程度の全校授業(13時)
3月2日 休校スタート。ウェブ課題とTeamsの使用開始

千葉大付属小が児童全員分のTeamsアカウントの発行を千葉大学に申請したのは、北海道で学校の臨時休校の要請が発出された2月26日。いずれ必要になるかもしれないと考えたためだった。

翌27日に安倍晋三首相が全国に一斉休校を要請。最終登校日の28日午前に全校児童のアカウントが配布されると、午後には各教室に設置されたプロジェクターで、児童にサインインや画像・コメントの投稿方法を説明。

小池さんは「見切り発車に近かった」と明かす。当時の投稿には、「力を合わせて、がんばろう!」など、教師らによる励まし合うコメントが並んでいる。

オンライン学習のイメージ
オンライン学習のイメージ
Saha Entertainment via Getty Images

「1人1台」には程遠いICT環境。必要な家庭は個別にフォロー

千葉大付属小は、決してICT環境が突出していたわけではない。教室ごとに天吊のプロジェクターが配備されたのは2019年7月。端末は、全校にWindows10が45台とiPadが80台あるのみで、「1人1台」には程遠い状況だった。

オンライン授業の導入の障壁としては、端末やネット環境など「家庭環境の差」を挙げる声が多いが、これをどうクリアしたのか。

小池さんは「3月時点ではTeamsの利用は任意でした。必ずアクセスしなくてはいけないわけではありません、と入口のハードルを下げたのが良かったのだと思います」と振り返る。

「あくまで基本は学校の公式サイトで公開している課題学習。でも、それだけだと一方的になってしまうので、よかったらTeamsにアカウントを用意したので補助的に使ってね、という形にしました」

4月の本格導入前には、各家庭の端末を所有状況について確認。必要な家庭に学校の端末を貸し出すかたちでフォローした。小池さんは「スマホでTeamsを使う人も多く、保護者の皆さまのご理解とご協力もあり、たくさんのフォローが必要な状況にはなっていない」と語る。

コロナが奪った学校の「日常」、オンライン教育で再現できた

Teamsは、いつでも誰でも会議室を立ててビデオ通話ができ、チャットも残る。教科でチャンネルを分類したうえで、写真やファイルを投稿したりコメントしたりすることが可能だ。カジュアルなコミュニケーションもしやすい。

当初、使用方法を教師があまり制限しなかったことが、思わぬ効果を生み出した。

課題提出の際、先生たちが当初想定していたのは、公式サイトからプリントアウトした課題をスマホで撮影して投稿する、というもの。ところが、実際には課題を手に笑顔を見せる子どもたちの写真が次々と投稿されるようになった。

理科の学習では、自宅で実験や観察をしてみよう、という課題に対してテキストや写真ではなく動画で成果を報告する児童も。「ご視聴ありがとうございました!」などと動画ならではの伝え方を工夫する、ちびっこYouTuberも登場した。

小池さんは「学びは、授業の中だけにあるものではない」と感じたという。Teamsに備わっているチャットなどの機能は、子どもたちが自ら発見し、活用し始めた。

学校でなら当たり前の友だち同士のおしゃべり、授業中の先生のジョークや雑談ーー。新型コロナが奪った教室の日常を、Teamsというグループウェアでほんの少し再現できた。

クラスみんなの顔が見える授業、休み時間のおしゃべり。コロナが奪った学校の日常は再現できるか。
クラスみんなの顔が見える授業、休み時間のおしゃべり。コロナが奪った学校の日常は再現できるか。
recep-bg via Getty Images

コミュニケーションがあるから、モチベーションが上がる

一方、新年度のオンライン授業はハードルが高かった。小池さんは言う。

「学年の最後に人間関係が出来上がったクラスで学習のまとめを行うのと、何もかもが初めての状態で学習をゼロからスタートさせるのは大きく違います。特に1年生は校舎案内から始めるような状態です」

お互いの顔が見える状況で行う45分の授業と異なり、じっくりとしたファシリテーションが必要な内容は取り上げられない。国語なら熟語や漢字など、シンプルな内容がどうしても多くなった。

ただ、オンライン授業を導入していない学校が配布するプリント課題も内容は同じようなものだが、小池さんは「学びの質が違う」と指摘する。

「例えば熟語について学ぶ時、生徒や教師の双方向のやり取りがあるTeamsなら、自分とは違う意見を聞くことができたり、自分の発言にみんなから『いいね』と言ってもらえたり。学習のモチベーションが大きく違います」

オンラインとはいえ、“学校”があることで、子どもたちの生活リズムを整える効果もある。

例えば朝のホームルームは午前9時。必須ではないが、アクセスすれば、クラスメートや先生と顔を合わせて交流もできる。課題のアップは1日2回。リアルの学校と比べて学習の時間や量はどうしても劣るが、少しでも時間割を意識した方法をとっている。

情報モラルやネットマナーを実践的に学ぶ、という挑戦

オンライン教育を進める中で、見えてくる課題もある。

クラス全員に“見られている”状況で課題を提出することに抵抗を感じる子どももいた。「いいね」と言ってもらえる状況がモチベーションとなる子もいれば、「笑われているのではないか」と悩んだり「分からない」と言い出せなかったりする子もいる。

そこで、児童と担任が1対1で繋がる「プライベートチャネル」を設け、学習などの相談が個別にできるような仕組みを作った。

また、教室の日常が再現できるというメリットと背中合わせで、チャットもトラブルの原因となった。

小池さんは「Teamsに慣れてもらうことも大事な学習の一つ。必要があればフォローを入れつつ、あえて見守りたい」と語っていたが、いくつか設けたルールが守れなかったとして、高学年はチャット機能を制限したという。

子ども同士、ネットならではのトラブルもある。
子ども同士、ネットならではのトラブルもある。
Fanatic Studio/Gary Waters/SCIENCE PHOTO LIBRARY via Getty Images

制限をかける際には、「多くの人たちが問題なく使えているところなので、こうしたルールになったのは残念に思っています」と、小池さん自らの言葉で子どもたちに説明した。

こうしたトラブルについて、小池さんは「想定の範囲内」だという。「個人的な考え」と断ったうえで、こう指摘する。

「自転車に乗れるようになるには、ある程度のかすり傷も必要です。今までは、学校で自転車の乗り方を教えないまま中学や高校に入ってスマホを手にし、いきなり大怪我をするというような状況だった」

「教育の捉え方には色々な考え方がありますが、情報モラル教育をオンライン学習の文脈の中で実際にツールを使いながら学ぶのは、これからの教育機関として一つの挑戦ではないでしょうか」

オンライン教育、教師の負担は?

オンライン授業の導入は教師にとっては負担も大きい。

千葉大付属小では、使用する教材をTeamsや動画で使用していいかどうか、教員たちが教科書会社に電話をかけるところから準備を始めた。

慣れない動画作成も、簡単ではない。それでも、先生たちは毎日のオンライン授業で生まれる発見や工夫を楽しんでいるようだ。

日々の学習の様子などを投稿している同小のFacebookでは、先生たちの生き生きした様子が見てとれる。

24時間子どもたちと繋がれる状況だからこそ、働きすぎない工夫も凝らした。

毎日午前10時〜11時と午後2時〜3時にスクールタイムを設定。この時間は、教師がTeamsにオンラインで常駐する。コメントやメッセージの投稿は可能だが、先生の返信は基本的にはスクールタイムに行われる、と子どもたちにも周知してある。

小池さんは「私たち教師にとっても、子どものために授業を作るという日常が奪われた状況。オンラインであっても、子どもと会うための準備はモチベーションになります」と語る。

「でも、早く子どもたちに会いたいです」

在宅ワークをする母親と、向かいに座ってデジタル教材で勉強をする子ども
在宅ワークをする母親と、向かいに座ってデジタル教材で勉強をする子ども
Images By Tang Ming Tung via Getty Images

生活の中に学習がある「テレラーニング」の時代がやってくる

東京都など5都道県でも緊急事態宣言が解除され、長かった休校期間ももうすぐ終わりを迎える。

この期間、オンライン教育に舵を切った自治体もあれば、そうでない自治体もある。住んでいる地域による教育格差を心配し、オンライン授業の導入を望む保護者は多い。

一歩を踏み出すには、何が必要なのか。

同小では、2017年に学習指導要領に情報活用能力の育成が盛り込まれて以来、「1人1台」とはいかないまでも少しずつICT環境の整備を進めてきた。

小池さんは「今の2年生以上にはローマ字のタイピング指導やプログラミング指導も行なうなど、助走期間があった」と前置きしたうえで、「最終的には教育観のマインドセットを変えていくことが必要なのかもしれない」と指摘する。

どういうことなのだろう。

小池さんは「学校も保護者も、私たちには経験がないことをやる経験値が少ない。どうしても無難な方を選んでしまう。経験がないことでもやってみる、という勇気が大事だと思います」と語る。

「学力保障という点でグループウェアが本当に解決策になるのか、家庭環境の差をどうフォローするのか、課題もある。端末の整備も十分でない中、学校や自治体は一足飛びにグループウェアの活用やオンライン授業の導入は言い出しづらいと思います。実際、『やらない言い訳』は次々と出てきます」

千葉大付属小でも、4月からTeamsを本格導入する際、新入生にアカウントをどう伝えるか、という点で悩んだという。

「結局、私たちは郵送という手段をとりました。やる、という前提に立てば方法はいくらでもあるのです」

オンライン教育は家庭で行うため、保護者の協力も欠かせない。

「先生たちも手探りの中、保護者は不安でしかないと思います。ログインやコメント投稿など、文字入力ができない低学年は端末操作を保護者が代行してくれています。保護者の端末を使っている子どもも多い。保護者の理解と協力がなければ、絶対にできません」

学校が再開されても、すぐに「日常」が戻ってくるわけではない。第2波の懸念もある。

コロナが可視化した課題をなかったことにして「日常」に戻ったふりをするのか、一歩を踏み出すのか。今が、日本の公教育の分水嶺にあるのかもしれない。

「大人がテレワークをするように、子どもたちもテレラーニングをする時代になった。コロナは、生活の中に学習がある教育のあり方を考えるきっかけになったのではないでしょうか」

本当にしんどい「家庭学習のこれから」を考える
本当にしんどい「家庭学習のこれから」を考える
MAYA NAKATA / HUFFPOST JAPAN

5月26日(火)21時からハフポストがTwitterで生配信する番組『ハフライブ』では、慣れないことの連続だった「在宅勤務」を振り返り、働く世代に突きつけられた「家庭教育のこれから」について考えます。

▶番組はこちらから

ゲスト:映画「ビリギャル」モデル 小林さやかさん

日本マイクロソフト 山崎善寛さん

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(時間になったら配信が始まります。視聴は無料です)

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